∥007-27 決着
#前回のあらすじ:勝った・・・っぽい?
[マル視点]
「あーちゃんの身体が、透けて―――!?」
事の推移を見守っていたぼくの足下で、すやすやと眠りこけていた後輩に変化が生じる。
先程のエリザベス達のように、身体全体がゆっくりと半透明になってゆく。
突然の出来事に目を丸くするぼくの目の前で、彼女のほっそりとした身体はみるみるうちに背景と同化してしまった。
―――時は、上空に開いた漆黒の円盤より、ひときわ強い光が放たれた後。
思わず伸ばしたぼくの手の先で、眠れる少女はあっという間に輪郭を失うと、空中に溶けるようにして消えた。
後輩の居た地点を前に呆然としていると、ふっ、と急に空が陰る。
視線を上げてみれば、晴れ晴れとした青空を背負い、サマードレス姿の少女がにっこりと微笑んでいた。
『どうやら無事、梓さんも現世へ帰れたようですねー』
「ヘレンちゃん・・・」
ぼくはそう一人ごちると、再び後輩の居た場所を見下ろす。
怪人・『怪力博士』の手によって行方知れずとなり、洗脳を施されていた彼女。
『パラケルススの剣』によって、精神を蝕むモノは取り除いた筈であったが、何故かそのまま眠りこけたままであった。
だがしかし、よく考えてみれば、それもまたおかしな話なのである。
【学園】において眠りに就いた者の肉体は、即座に現世へ送還される筈。
にも関わらず、彼女は一向に目を覚まさず、現世へ送還される気配も無かった。
しかし今、彼女の意識は現世へと帰還したという。
そこから導き出される答え、それは何らかの妨害によってこれまで現世へ帰れずに居た、そういう事ではないだろうか。
もしかすると、あちら側で目を覚まさなくなる前、彼女が体調を崩していたのも同じ原因かもしれない。
ぼくは小首を傾げると、ヘレンに対し疑問を投げかけるのだった。
「それって、あーちゃんをこちら側に縛り付けていた、『何か』から解放された・・・って事?」
『ですです』
「そっか、よかった・・・」
ぼくの問いかけに、ヘレンはこくりと頷きを返す。
予想通りとはいえ、後輩にとっては朗報だ。
ぼくは彼女の無事に、そっと胸を撫で下ろすのだった。
『今頃、あちら側では何日ぶりかの目覚めを満喫している頃かと思いますよー』
「随分長い間、寝込んだままだったしね・・・」
ここ最近の後輩は、随分長い事床に伏せったまま、学校では病欠扱いとなっている。
普段、風邪一つひかない彼女の変事に、校内では鬼の霍乱かとちょっとした騒ぎとなっていたのだ。
どうやらそれも今夜まで、明日からは元気いっぱいの姿を拝めそうだ。
密かに安どの息をつく傍ら、しかしぼくの胸の内に新たな疑念が生じる。
後輩の意識を、こちら側へ縛り付けていたという存在。
その正体は彼女が送還されたタイミングから考えて、十中八九、ヘレンちゃんが"色欲"と呼ぶ存在であろう。
つい先程まで、この場にて神代の戦いを繰り広げていた『何か』。
ヒトを象った異形の身体、そして圧倒的な異質さ。
それを思い出し、ぼくは人知れずぶるりと震え上がるのだった。
「それで。あの、"色欲"とかいうヤツは倒せたんですか―――?」
『逃げられました』
「えぇ!?」
彼女の言が正しければ、神に等しき力を持った不穏分子が未だ、野放しという事になる。
冗談では済まない事態に思わず声を上げると、夏空少女は困ったような笑顔を浮かべた。
「でも、あーちゃんは現世に帰還できてるじゃないですか!なのに倒せてないって、一体・・・?」
『・・・弱らせはしましたが、倒せてはいないかと。限界近くまで化身を削った感覚はありますので、梓さんが帰還できたのはそのお陰じゃないですかねー』
「それって・・・大丈夫なの?」
『う~~~ん・・・』
ふわり、と高度を落とし、目線の高さを合わせたまま少女は器用に回転を続ける。
眉根を寄せて可愛らしく唸ると、ヘレンはからりと笑うのだった。
『まあ、しばらくは大丈夫じゃないですかね?』
「まーたアバウトな・・・」
『まぁまぁ。細かいコトは置いておいて、まずは今日の無事を喜びましょうよー。・・・あ、でもその前に。戦闘の痕をササッと片しちゃいますか』
「痕、って言うと・・・」
彼女の言葉につられ、周囲の様子を見回してみる。
ぼくが居るのは【学園】の東側、湖岸に面した倉庫街の一角、だった筈だ。
大小様々な建物が立ち並ぶ、少々ゴミゴミとした町並み。
それが今や、市街地にぽっかり口を開ける巨大な空洞へと変貌していた。
当初、隕石落下によって形作られた広大なクレーター。
ざっと見、直径数百mはあろうかというそれも、今や内部の岩盤と土砂が跡形も無く消し飛び、綺麗な断面を見せていた。
無事な町並みと空洞を隔てているのは、ヘレンが張った球状の障壁である。
周囲に戦闘の余波を出さぬよう設けられた障壁、その内部に存在した建物が跡形も無く消し飛ぶ事によって、この奇妙な光景が形成されたのだった。
空洞の内部では、今も上空よりぱらぱらと細かいガラス状の砂が降り注いでいる。
ヘレンが呼び出した灼熱のプラズマにより、変性した建造物の成れの果てであった。
空洞の底には降り積もる砂が堆積し、砂漠めいた光景を造り出している。
その中で一点、ぼくの居る地点だけがぽっかりと宙に浮かび、足下の地面ごと球状の障壁によって取り残されていた。
なんともまあ、よくぞここまで景気よくブッ壊したものである。
この惨状を一体、どうやって修復する気だろうか?
そんな疑問をよそに、早速ヘレンは行動を開始するのだった。
『ほいっと』
「・・・!?」
軽い掛け声と共に、空洞の内側より次々と物が消える。
クレーターの底に溜まる砂、降り注ぐ砂粒は大気丸ごと。
瞬きの度に消え失せ、気づいた時には空洞の内部はまるごと全て、何もなくなっている。
思わず目を擦るぼくの前で、空洞の内部は空のボウルのようにのっぺりとした地盤だけの姿となった。
『ほいほいほいっと』
「・・・・・・!!?」
続いて、空洞の上部にゲートが開く。
既に大気が取り除かれ、真空状態となっていた空洞全体へ、新鮮な大気が送り込まれごうごうと渦を巻き荒れ狂った。
更に、空中にぽんぽんと生み出されてゆく新たなゲート。
大量の土砂が降り注ぎ、空洞内部を埋める。
視界一杯の土気色の大地があっという間に形成され、それはひとりでに動く無数のローラーによって均されていった。
『コンダラー♪・・・所で、なんで日本だとローラーの事をコンダラ、って呼ぶんでしょうね?』
「ぼくに聞かれても・・・」
合間に世間話を挟みつつも、作業は続く。
地面が平らになった後、呼び出されたのは石畳だ。
本日は晴れときどき隕石、落雷その他天変地異、おまけに石畳。
どすどすと降り積もるブロックが等間隔に落下すると、あっとう間に一面の石畳を造り上げる。
続いてぱちん、と指が鳴らされ、新たに開いたゲートからは次々と建物が降り注いだ。
赤色、黄色、大小様々な建築物が物理法則なぞ知った事かとばかりに町並みを形成し、あっという間に視野を埋め尽くす。
一寸、気が遠くなっていたぼくが正気を取り戻した頃には、見渡す限り元通りの市街地が出来上がっていた。
・・・唯一つ、後輩を求めて侵入したあの古びた建物だけが、かつての町並みより消え失せている。
そうして一仕事終えると、ヘレンは宙にてくるりと一回転し、にっこりと満点の笑顔を浮かべるのだった。
『・・・さて!後片付けも終わったところで、今日のところはお開きとしましょうかー』
「えっ」
ぱん、と薄い胸の前で掌を合わせると、夏空少女はそんな事を言い出した。
まあ、言いたい事はわかる。
今日は本当に色々あったし、あーちゃんの無事だって今すぐ確認したい。
だが、今はそれよりも先に、説明してもらう事が山積みなのだ。
そう言外に視線に込めてじろり、と睨むと、彼女は若干ばつが悪そうに苦笑を浮かべた。
「・・・ヘレンちゃんはちょっと、説明不足過ぎだと思います」
『・・・ですよねー?まあ、自覚はあります。ですが―――それは、それ』
両手で抱えたものを横に置く仕草を挟んで、少女は再び口を開く。
『どうかその疑問は一旦胸に仕舞って、まずは梓さんを安心させてあげてください。ご心配なさらずとも、近いうちに必ず諸々の事情を説明する場を設けますので』
「だからって・・・!」
『・・・事の詳細が気になっている方は、お兄さんだけでは無い筈ですから』
「・・・む」
口をとがらせて追究を続けようとしたところで、彼女が発した一言がぼくのブレーキを掛ける。
たった今、彼女が触れた人物とは、先程送還された英国コンビ二名の事だろう。
後輩を取り戻す場面では助っ人として駆け付け、助けとなってくれた彼女達。
あの二人にも、諸々の事情を知る権利がある筈だった。
加えて、騒動の被害者である彼女自身にも、真実を知らせてあげるべきだろう。
「あーちゃんと、エリザベスさん達。皆一緒に聞かせて貰えるなら・・・」
『それは勿論、まるっと全部つまびらかにするとお約束しちゃいますよー』
少女の言葉を肯定と取り、ぼくは一旦口をつぐむ。
その様子にほっと息をつくと、ヘレンはぱちん、と指を鳴らした。
視界が一瞬にして暗転する。
『そういう訳で、今日のところはお休みなさいです。お話する機会が来たその時には、必ずお知らせしますので・・・!』
薄れゆく意識の中、少女の声が残響を残して消える。
ちょっと待って、と声を掛ける間もなく、ぼくの意識は闇に呑まれるのであった―――
今週はここまで。




