∥007-26 最後に残されたもの
#前回のあらすじ:ヤ○チャ視点でお送りします
[???視点]
"色欲"は今、消滅の危機にあった。
頭上、中空に浮かんだ漆黒の『門』より降り注ぐものが、ありとあらゆる物体を焼却してゆく。
砂塵、石、大気に至るまで、全てが瞬時に蒸発し、跡形も無く消し飛んでゆく。
悪霊である自分は本来、物理的な変化によるダメージを受ける事は無い。
しかし現在、この空間を満たす灼熱は確かに"色欲"の霊体を破壊し、一欠片も残さず焼き尽くそうとしていた。
この、得体の知れぬ熱の正体は―――太陽。
あらゆる生命の根幹にして頂点、天に座す巨いなる恒星。
対する"色欲"は悪霊、陰陽の『陰』に属する存在である。
対極に位置する概念であるが故に、二つがぶつかり合えば弱い方が消えるのが道理。
故に、この『熱』は自分を殺し得る。
"色欲"は本能的に危機を感じ取り、この場からの脱出を試みた。
身体を構成する影の一部を切り離し、即座に四方へと放つ。
分身体は多次元空間に繋がる裂け目を見つけ出し、そこへ逃げ込むことでこの空間から離脱―――
『させませんよ!』
『・・・っ!?』
―――ぱちん、と指を鳴らす音が響いた。
あと一歩で次元の裂け目を開く、というところで裂け目が閉じ、同時に放射線の嵐が降り注ぐ。
逃走を許さぬ、小さなかみさまによる妨害であった。
敵対者は立て続けに、上空へ新たなゲートを開く。
天上に口を開けた漆黒の門からは、光の爆裂と共に致死性の宇宙線が大量に吐き出された。
不可視の怪力線が霊体を貫く度、"色欲"の構成要素がゴリゴリと削り取られてゆく。
(これ以上は・・・!)
逃走は不可能。
今や、消滅は時間の問題。
刻一刻と己の存在が薄れ行く中で、彼女は一つの決断をする。
頭上に翻る純白のサマードレスを一睨みすると、"色欲"はそれに背を向け、己の中心に深く両手を差し入れる。
そして、そのままゆっくりと左右に向けて割り開いた。
ヒトの形を抽象化したような、異形の身体がぱっくりと二つに裂け、その中からとある物が姿を現す。
それは夢うつつのまま瞑目する、『怪力博士』の肉体であった。
『博士、博士・・・』
「ン、ウム?・・・ふあぁぁああ。吾輩を起こすのは一体、誰であるか?」
若い女の声が、博士の鼓膜を揺らす。
先程までの罅割れたそれとは打って変わり、生前のままの声。
博士はむにゃむにゃと目を擦ろうとして、両手が動かぬことに気付き怪訝な表情を浮かべた。
『博士。私です、零号です・・・』
「零号!?いや、零号なのか・・・?」
目を幾度かしばたかせる。
眼前に広がっていたのは、ヒトを模して絵コンテで乱雑に書きなぐったような、奇怪な輪郭であった。
目と鼻の先にある異形からはしかし、聞き慣れた声が響く。
博士は二、三度首を傾げるが、目の前の存在が長年連れ添った存在であることを確信すると、ためらいがちに口を開いた。
「一体全体、君のそれはどうなっておるのかね・・・?」
『後生です。あまり、まじまじと見ないでくださいまし・・・』
恥じらうように、異形と化した手で身体を覆う。
博士の放った当然の疑問に、"色欲"は答える言葉を持たなかった。
土御門零とは既に故人である。
後に、怪力兵零号と呼ばれるようになった女は既にこの世に無く、今の彼女は死した後に残された存在。
そんな彼女にとって、博士の存在は手放すことのできぬ未練、そのものであった。
悪霊に成り果ててもなお、心の内に残された唯一にして無二のもの。
そんなかけがえのない存在だからこそ、彼女は己の内に取り込み、傷つかぬよう保護していたのだ。
言いよどんだまま黙して語らぬ様子に何かを察したのか、博士は再び口を開く。
「・・・そうか、ならばよい。して、零号?状況はどうなっておるのだ??」
『何故、とお聞きにならないのですか・・・?』
「フン!吾輩を誰だと思っておる!!戦後最大の怪人、『怪力博士』ぞ!そのような些末な事にかまけるほど、耄碌しておらんわ!」
『流石です、博士。・・・ですが、そんな貴方にこれから、お別れを告げねばなりません』
「なんと!?」
単刀直入に切り出された言葉に、博士は再び目を見開く。
己の消滅を悟った今。
彼女にとっての心残りは唯一、この死地に連れて来てしまった博士の事であった。
周囲を満たすのは摂氏百万度の灼熱の大気。
いかな"色欲"と言えど、そこから護るのにも限度がある。
このまま彼女が滅ぼされれば、博士も同じ運命を辿るのは火を見るよりも明らかであった。
『・・・叶う事ならば、何時までも貴方にお仕えしたかった。ですが、それも最早叶わぬようです。敵は強大、このままでは共に滅びゆく運命でしょう。ですが―――』
「言ってみなさい、零号」
『・・・今は何も言わず、私を信じて頂けますか?』
「無論だとも!君は吾輩の誇り、吾輩の最高傑作だ!!」
呵々、とまばゆい笑顔の花が開く。
初老に至ってなお、彼が浮かべるのは幼いあの日のままの、子供のような笑顔であった。
それを胸に刻み込み、かつての少女はゆっくりと目を閉じる。
覚悟は決まった。
あとは実行に移すのみ。
「吾輩にとって、お前達は我が子そのもの。それを信じずして、何を信じようと言うのだ。やってみなさい、零号」
『・・・ありがとうございます』
洞穴のような眼窩より、一筋の光が零れ落ちた。
異形と化した両手を伸ばし、包む込むように博士の身体をかき抱く。
かつて土御門零であったモノはただ静かに、祈るように、ぽつりと呟きを漏らす。
―――++【愛の結晶】++。
再び巻き起こる、光の爆裂。
ゲートより迸る特大の太陽嵐が"色欲"もろとも、辺り一帯を薙ぎ払う。
破滅の光が通り過ぎた跡には、悪霊の姿は影も形も残されていなかった―――
今週はここまで。




