∥007-25 神々の闘争・結
#前回のあらすじ:もはや何が何やら
[マル視点]
―――戦いは、更に激しさを増していた。
穴底に広がるタールのような影より、無数の『口』を生やし攻撃を続ける、異形の人影。
ヘレンへ届かないことに業を煮やしたのか、大ぶりだった咢はすっかりコンパクトとなり、長槍の如き形状と化して執拗に彼女を追い回す。
地面の下から無数の針を蠢かせるその姿は、海底のガンガゼか、はたまた地獄の剣山か。
サマードレスの少女に狙いを付け、異形の影は目にも止まらぬスピードで次々と影を射出し続ける。
不規則な軌道を描くそれは空を裂き、鋭い擦過音と共に飛来する―――が、一歩届かず。
空中散歩でもするかのようにひらりひらりと舞いながら、ヘレンは次々と円盤状のゲートを呼び出してゆく。
そこから飛び出すのは真っ赤に焼けた火山弾、ほとばしる雹の嵐、うなりを上げる大竜巻。
それが次々と迫る咢を打ち壊し、引き裂き、撃破してゆく。
今やただの観客と化したぼくは、不可視のフィールドに護られながら、その光景を固唾を呑んで見守っていた。
『ホイっと』
「ちょっ!?」
乱戦の最中、軽い掛け声と共にゲートからとある物体が取り出される。
それは細長く流線型の形状をした、いわゆる航空機搭載爆弾だった。
放り出された爆弾は重力に従い降下、ぼくの眼前で地面に口づけする。
「かちり」、乾いた音が聞こえた―――ような気がした。
視界が一面の炎と、閃光に包まれる。
ぼくの悲鳴が、クレーターの底に木霊する。
そんなこちらの惨状などお構いなしといった風に、ヘレンの反撃はなおも続く。
ほっそりした腕の一振りは新たなゲートを開き、そこから今度は滝のように水が溢れ出した。
炎にまかれて身動きが取れずにいた異形の影は、あっという間に水底へと沈む。
『ビリっと行きますよー』
更に腕を一振り。
次なるゲートから飛び出したのは、まばゆい閃光と雷鳴。
連続して開かれた無数のゲートから、次々と稲光が迸り、空をつんざく轟音を響かせた。
不純物を含まない水―――すなはち純水は絶縁体である。
しかし、電解質を含んだ場合は別だ。
クレーターの底を満たすのは海水、伝導性はバッチリだった。
『どんどん行きますよー』
落雷だけでは飽き足らず、新たなゲートから次々と、更なる落下物が投下される。
大岩、銃弾の雨、瘴気を放つ蛍光色の液体。
最後にとどめとばかりに真上に開いた穴から、赤々と燃える溶岩が注ぎ込まれた。
どぼんどぼんと波打つ水面、溶岩の放つ熱によってを引き起こされる水蒸気爆発。
もうもうと立ち上る白煙が周囲を満たす、正にやりたい放題である。
これだけの猛攻の前に、さしもの敵も今度ばかりは無事ではすまないだろう。
―――そう思ったその時、再び、ひび割れた女の声が響いた。
++【この愛を永遠に】++
全てが静止する。
瞬きの後、地面も、水も、その表面に飛び散る飛沫も、その全てが凍り付いていた。
それは絶対零度、全ての分子が運動を停止する、究極の低温。
この場に現れた時と同じく、周囲に存在する熱を全て奪い、異形の影は世界を静止させた。
あらゆるものが氷結する中、コマ送りのような動きで『影』が水底より姿を現す。
辛うじて人と識別できるそれは、ぎこちない動きで頭上を見上げる。
そこには、空の一点に縫い留められた、サマードレスの氷像があった。
(ヘレンちゃんが、危ない・・・!)
形勢逆転。
一方的に責め立てていた先程とは打って変わり、ヘレンちゃんの大ピンチだ。
凍り付いた彼女の安否が気になるが、今はそれどころではない。
たとい彼女が無事だったとしても、このままでは無防備のまま攻撃を受けることになるだろう。
そして今、仲間の中で動けるのは自分だけだった。
だが―――
この状況下で一体、ぼくに何ができるだろうか?
ヘレンと文字通りの頂上決戦を繰り広げた怪物を相手に、出来ることなど何一つないように思える。
そうしているまごついている間に、影は更なる動きを見せていた。
頭上のヘレンをしばし眺めていたかと思えば、唐突に音も無く右手を上げる。
指とおぼしき部位を曲げ、刀を模した形の手を掲げると、そのまま水平方向へと振るった。
ノイズのような声と共に、右手の動きは続く。
―――臨。
―――兵。
―――闘。
―――者。
―――皆。
―――陣。
―――列。
―――在。
―――前。
それは、大陸の流れを組む術法の一つ。
四縦五横の直線を空に切り、神仏に祈ることで魔を退けるという。
元は、陰陽師であった怪力兵零号。
彼女は、"色欲"へと変じた後も残された知識を元に、この術を執り行っていた。
本来であれば、邪なるものを祓うそれはしかし、悪霊と化した彼女の手によって跡形も無く変質していた。
九字を唱える度に、人影の足下に咢の華が咲く。
『我ガ"愛"ヨ。殖エヨ、肥大化シ、燃え上ガレ。咢ニ捉ヘシ獲物ヲ引キ裂キ、凍テ付キ、雷光ニテ焦ガセ。サスレバ万物悉ク罅割レ、腐リ、枯レ果テル可シ―――』
九つの咢、九つの呪い。
それが、噛み鳴らされる牙の内で軋り上げていた。
それを目にしたぼくの背筋が、ぞっと凍り付く。
あれは、駄目だ。
『九字討滅法。救急如律―――』
『それを、待っていました』
「!?」
罅割れた声が、術の発動を告げる寸前。
クレーターの上空に、渦巻く円盤が唐突に姿を現す。
先程まで幾度となく目にしたそれは、紛れも無くかの少女が攻撃の際呼び出したゲートと同一のものであった。
驚愕に眼を見開くぼくの前で、再び星界の門が開く。
『ピンチはチャンス。必殺の一撃を繰り出す瞬間こそが、隙の無い貴女を滅ぼす唯一のチャンスです―――!!』
ゲートより齎されたものが音も無く空間を満たし、全ては白によって塗り替えられた。
氷が、岩盤が、大気が。
全てが瞬時に溶け、蒸発し、発光を始める。
今や、クレーターの中に存在していたあらゆる物質は、途方もない熱量によってプラズマと化していた。
『太陽コロナでこの空間を満たしました。これだけでも十分ですが・・・駄目押しです!』
次なるゲートが口を開ける。
その内から放出されたのは、致死性の宇宙放射線を含む太陽風。
あらゆる物を焼却する熱と、あらゆる生命を死に至らせる風が同時に吹き荒れる。
『太陽とは究極の"陽"。死霊である貴女にとって最大の天敵です。今度こそ滅びの時です、"色欲"―――!』
今週はここまで。




