∥007-24 神々の闘争・後
#前回のあらすじ:オラッ!洗脳!オラッ!洗脳解除!!
[マル視点]
ぼくの名前は丸海人。
17歳、県立立海高等学校3年。
地方都市の高校に通う平凡な学生だったぼくは、今年の春、ひょんな事から神様のタマゴ―――【神候補】として覚醒してしまった。
それから色んなことを経験して、新米神様としてぼくなりに結構できるようになった、筈だった。
でも、違ったんだ。
「ぅわ―――!??」
地面の下から、次々と巨大な『口』が飛び出してくる。
がちがちと牙を噛み鳴らしながら、それは進路上にあるもの全てかみ砕き、飲み干しながら進む。
ばきばき、ごきごき、ぼりぼり、ごくん。
稼働中の採石場のような咀嚼音をまき散らし、貪食の咢は縦横無尽に飛び回る。
既に、クレーターの底はぼくが居るあたりを残して、どこもかしこも虫食い穴だらけだ。
『口』の出処はクレーターの底をなみなみと満たした、タールの海の下。
その中心にはウミユリのようにゆらゆらと揺れる『口』の根っこを従え、怪力兵零号だったモノが鎮座していた。
『口』のうち一つがぼくのすぐ側を通り抜ける。
ぐらぐらと足下が揺れ、一本一本が数mはあろうかという乱杭歯がすぐ近くの地盤を削り取った。
正直、生きた心地がしない。
それでも、一人逃げ出すことは出来なかった。
足下ですやすや眠るあーちゃんを置き去りに出来ないし、何よりヘレンちゃんの力で守られたここを出て1秒たりとも生き残れる気がしない。
今出来る事と言えば、じっと息を潜めてこの場で総てを見続ける事くらいだ。
幸い、奴等が追っかけまわしているのはぼくではない。
情けない話だが、その事を今のぼくは感謝せずにいられなかった。
『鬼さんこちら~。ホラホラ、そんなスピードじゃ、何時まで経っても追いつけませんよー?』
地表から無数に伸びる、黒い影。
それらが追う先で、真っ白なサマードレスがひらりと舞う。
無数の『口』の猛攻を一手に引き受けているのは、言わずと知れた我等が小さなかみさま、ヘレンちゃんであった。
縦横無尽に飛び交い、時にはコマ送りのように短距離転移を挟みつつ、少女は咢の猛追を躱し続ける。
しかし、ついに四方八方から迫る漆黒の咢によって完全に包囲されてしまった。
華奢な身体を嚙み砕かんと、迫る咢に思わず飛び出しそうになる。
「危な―――っ!?」
『捕まえたかと思いました?残念!皆さんは銀河の中心へご招待です♪』
『―――!!!??』
万事休す、かと思われた次の瞬間。
ヘレンの居た空間に、ぽっかりと漆黒の穴が口を開いた。
全方位から大口を開け、突進する咢達。
彼奴等は突如、周囲に発生した不可解な吸引力によって絡めとられ、有無を言わせずそこへ向けて吸い寄せられていった。
―――天の川銀河の中心に座す、超巨大B・W『いて座A*』。
ヘレンによって開かれたのは、星すら粉砕する究極の天体へと至る一種のゲートであった。
星界の門は凄まじいまでの吸引で、全ての咢をまとめて飲み込み、事象の地平線の向こう側へと誘う。
それに飽き足らず、黒穴は周囲に存在するあらゆるモノをごうごうと吸い込み続けた。
小石、砂、巨大な瓦礫に至るまで。
何もかもが穴の中心に消えるが、なおも吸引は止まらない。
このまま何もかもが穴の中心へと引き込まれるかと思われた、その時。
ぱちんと指を鳴らす音と共に、それは終わりを告げた。
頭上へ向けて吸い寄せられていたもの全てが、引力から解放され落下を始める。
視線を上げれば、中空に先程まであった黒い円盤は消え失せ、雲一つない青空が広がっていた。
思わずほっと息を吐く。
しかし、続けてもう一度ぱちん、と響いた小さな音に、ぼくは思わずぎょっと目を見張った。
『そういう訳で本日二発目!球粒隕石をお見舞いしちゃいます!』
「ちょっ・・・!?」
ここへ来てまさかの二度目。
ヘレンちゃんはもう一度、巨大なクレーターへ辺りを変貌させたあの隕石をここへ落とすつもりらしい。
待って、と悲鳴を上げる間もなく、クレーターの底に再び、宇宙空間へと続くゲートが開く。
小惑星帯から直送された巨大な岩石の塊は、中空より瞬きすら許さぬ圧倒的な速度で落下した―――!!
++【渇愛】++
再びの隕石落下。
覚醒によって強化された視力が、地表を粉々に破砕せんと迫る巨大な岩塊をすみずみに渡るまで捉えてしまうのが恨めしい。
クレーターの底がまたも灼熱地獄へ変貌するかと思われた、その時。
ひび割れた女の声が再度響き、影が地表に広がった。
タールのような艶やかな影によって満たされた、穴の底。
その中心より現れたのは、先程とは比べ物にならぬほどの巨大な咢。
ぐぱ、と開かれた牙が漆黒の花のように広がり、クレーターのへりを越えて不可視の障壁にがりがりと接触した。
頭上に広がる天が、黒々と咲き誇る奇怪な花弁によって覆いつくされる。
そして次の瞬間、巨大な咢はその中心に星界より飛来した岩塊を抱き、ハエトリソウの如くばくんと呑み込んだ。
ずしん、と重苦しい音が響き、巨大咢の体積が瞬時に倍近くに膨らむ。
口内にて隕石を受け止めた咢はやがて空に向けて口を開くと、カートゥーンのようにもうもうと立ち上る黒煙を吐き出すのだった。
『・・・マジですかー』
質の悪い冗談のような光景。
それを前に、珍しくひきつった表情でヘレンはぽつりと呟きを漏らすのだった―――
今週はここまで。




