∥007-23 神々の闘争・中
#前回のあらすじ:身体が勝手に動きますわ―――!!
『愛の為に』
『全ては愛の為に』
虚ろな瞳に情愛の火を点し、無数の人影が裏路地を進む。
彼等が一様に囁く言葉は、愛。
『愛』
『愛、愛』
『愛、愛、愛、愛―――』
ヘレンと、怪力兵零号『だったもの』が戦端を開いた同時刻。
【イデア学園】の一角にて、その異変はひっそりと、しかし着実に広がり続けていた。
ロケーションは、決戦のフィールドと化した隕石孔の周囲。
広がる町並みのそこかしこで、一人、また一人と、『それ』に感染してゆく。
彼等はエリザベス達と同様、最初は苦悶の声を上げて昏倒した後、むっくりと起き上がる。
そしてある一点を目指し、うわ言を呟きながら歩き続けるのだ。
クレーターを中心に、続々と集まって来る人、人、人。
その正体は、”色欲”の得体の知れぬ攻撃により、正気を失った【神候補】達であった。
まるで夢遊病者のように、身体をふらふらと揺らしながら進む、愛の軍勢。
群衆の向かう先では、クレーターのへりを境目にびっしりと、黒山の人だかりが出来上がっていた。
彼等は諸手を上げ、歓喜の表情を浮かべたまま、クレーターの内側へと身を投げようとする。
―――が、その動きは見えない障壁によって阻まれた。
クレーターの外周を境目に、如何なる物をも寄せ付けぬ壁らしきものが張り巡らされているのだ。
侵入を拒まれた彼等は怒りに顔を歪ませ、力の限り不可視の壁を叩き続ける。
しかし、びくともしない。
砂糖菓子に群がるアリのように、クレーター周囲へ集い続ける人々。
やがて―――
何の前触れも無く、この場面は終わりを告げた。
ぷつり、と糸が切れるように、群衆の全てがその場へ同時に崩れ落ちたのだ。
どさりどさり、と力を失った人々が倒れる音が続く。
動く者の居なくなった、クレーター外周。
しん、と耳が痛くなる程の静寂が辺りを満たす。
先程までとは打って変わり、すやすやと眠りに就く群衆達。
時を置いて、彼等の身体がすうっ、と音も無く透けてゆく。
【神候補】の中でも『スカウト組』は眠りを境に、【学園】と現世を行き来する。
そうして1分も経たぬうちに、クレーター外周の人影はその大半が消え去っていた。
僅かに残された者たちも、微動だにせぬままこんこんと眠り続けている。
翌朝、『召喚組』ばかりが市街地の一角で目を覚ますという珍事が発生するのだが、それはまた別の物語である―――
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
―――ぱちん。
『はい、洗脳解除っと。ついでにこれ以上操られないよう、意識をシャットアウトしときますねー』
「い、一体何が起こって・・・!?」
宙に浮かぶ、サマードレス姿の少女が指を鳴らす。
と同時に、愛用の武器を振り上げようとした英国コンビがどさりと地に倒れ伏した。
おそるおそる視線を下げる。
足下に横たわる二人は昏倒したまま、ぴくりとも動く様子が無い。
つい先程、見間違いでなければ彼女達は、ヘレンちゃんへ襲い掛かろうとした―――ように、見えた。
先程の『攻撃』によって、二人は特に強く影響を受けていたように思う。
もしかすると、あれに対象を洗脳するような効果でもあったのだろうか?
・・・わけがわからない。
ヘレンちゃんがこの場に現れてからずっと、起きる出来事が理解の埒外だ。
混乱する頭をぶんぶんと振ると、ぼくはぽつりと疑問の声を発する。
「か、彼女達は大丈夫なの・・・?」
『ご安心くださいな、眠らせただけですのでー。翌朝にはスッキリ、いつも通りのお目覚めを約束しちゃいますよ?』
「そ、そうなんだ・・・よかった。・・・あ、消えた」
『眠りによる、【夢世界】からの強制退去ですねー。奴との戦闘は、どうしても派手になっちゃいますので。無力化ついでに、避難して貰いました』
人類の集合的無意識―――いわゆる『夢の世界』に、【イデア学園】は存在する。
眠りの門は【学園】へ来るための唯一の入口であり、その逆もまた、しかり。
『スカウト組』である彼女達は、眠りに就くと共に現実世界へと帰還する定めにあるのだ。
ヘレンちゃんの言によれば、肉体を操っていた怪しげな力もきれいさっぱり消し去ってくれたそうだ。
つい先程の異様な雰囲気を覚えているだけに、消える前に浮かべていた安らかな寝顔に、ほっと胸を撫でおろす。
「・・・あれ?じゃあぼく、そのうち勝手に暴れ始めたりしない?何でこの場に残されたの??」
『そこはまあ、重点的にお守りするので安心して頂ければとー。それにお兄さんにはちょっと、これから起こる出来事の目撃者になって貰う必要があるんです』
「これから起きる、って言うと・・・」
くきり、と首を傾げ更なる疑問を問いただすと、彼女はくるりと一回転した後そんな事を白状する。
色々気になる点はあるが、今はそれよりもあちらだ。
ヘレンちゃんと二人して視線をクレーターの中心へと送ると、案の定、奇怪な人影に新たな異変が始まるところであった。
氷原の只中に佇むシルエットを中心に、ごぼり、と一瞬、地面が沸き立つ。
そして、瞬く間にタールのようなどろりとした影が、周辺一帯へと広がった。
ノイズのような、ひび割れた女の声が人影より放たれる。
―――++【渇愛】++。
それは咢であった。
無限に湧き出る、泡のような牙を備えた無数の『口』。
次から次へ地面の下から這い出てくるそれは、あっという間に周囲の空間を黒一色へと塗りつぶす。
それは声も無く、しかし一様に同じ『ことば』を繰り返しながら進撃を開始した。
瞬く間に、クレーターの底を満たす愛を求める亡者の群れ。
思わず固まるぼくの目の前で、それは勢いのままに全方位へと襲い掛かるのだった―――!
今週はここまで。




