∥001-03 このまま死にますか?それとも神様転生しますか??
#前回のあらすじ:生き返れるらしい
[マル視点]
謎の少女、ヘレンは語る。
「あなたは残念ながら死んでしまいました。ですが―――それを覆す方法があります。どの時間とも繋がらない空間である『ここ』から、死んだ原因となった過去へ干渉して、死因を取り除くんです」
そうすれば―――『死』へと向かう因果はその発端を失う。
因果が成立しなくなることで、『死ななかった』世界線へと歴史を収束させることが可能なのだと、少女の声は告げた。
それは、さながら迷える子羊を導く啓示のように。
記憶と映像の両面によって自らの死を突き付けられ、密かに混乱していたぼくには、たまらなく魅力的な誘い文句に聞こえた。
しかし、胸の内にふと、小さな疑問が沸き上がる。
ぼくはくきりと首を傾げると、ためらいがちにその疑問を口にした。
「過去へ干渉して、死因を取り除く。でもそれって、時間を遡りでもしないと不可能なんじゃ・・・?」
「不可能ですねぇ」
「・・・やっぱダメじゃん!うわー!どうすりゃいいのさ結局!?」
「うふふー」
思わず頭を抱えると、くすくすと鈴を転がすような笑い声が頭上から響いてくる。
再び、目の前に立ちはだかった難題。
見つけたと思った解決策を再び見失い、どうしようかと顔を上げた先では、サマードレス姿の少女が両手を広げ宙に浮かんでいる。
彼女はにっこりと微笑むと、あっけらかんとその解決方法を告げるのだった。
「実はですねえ。それを解決する方法は既に、お兄さんの目の前にあるんです」
「マジで!?しかも目の前って・・・。ぼくときみ以外には、なんにもない空間がずーっと、広がってるようにしか見えないんだけれど?」
「その空間が、答えです。既にお話しした通り、此処は現在・過去・未来、全ての時間と空間から切り離されています。そして逆に、此処から全ての時間と空間へ、わたしの力によって繋ぐことが出来るんです」
「・・・そんなこと出来るの!?」
「出来ますよー。何しろわたし、神様ですから」
神様。
真っ白な空を背負い、天真爛漫に微笑む少女は、自らがそうであるのだと言う。
そも、他者を神様にできる存在が居るのだとすれば、それこそ即ち『神』そのものであろう。
たった今、少女の口から飛び出した耳を疑うような一言に、何処だかぼくは腑に落ちるものを感じていた。
幼き神はこう続ける。
「実のところ、お兄さんはまだ死んでないんです」
「・・・えっ?」
「お兄さんが他界する寸前、私はその魂を拾い上げて、この場所へと呼び込みました。肉体が滅び、ヒトが完全に死に至る前。『死』が成立する前から、揺るぎない事実として確定するまでの刹那。そこで、『丸海人という存在』は静止したままなんです」
目の前の虚空に、先程も目にした横長のパネルが呼び出される。
そこに灯りが点ると共に、パネルには『原因-->事故-->死』と、事故からこれまでの経緯が蛍光色の図解で浮かび上がった。
更に、『事故』と『死』の間の矢印が途中から下方向へ分岐し、新たに『謎空間』と書かれた場所へ向かって引かれる。
「お兄さんの生死は、現時点では『生』と『死』が同時に存在しうる、重ね合わせの状態にあります。シュレディンガーさんの箱に入れられた、猫ちゃんみたいなモノですねー」
「シュレディンガーの猫、ね」
「ですです。この、『生きても死んでもいる』状態から、『生きている』状態へ確定させるには、お兄さん自身の手で死因を取り除いて貰わないといけません。これ自体が一種の、神へと至る『通過儀礼』となるからです」
「・・・なるほど?」
半分くらいは理解できた、たぶん。
SF界隈では有名な思考実験を例に出した少女に、ぼくはこっくりと頷いて見せる。
要は、生き返りたけりゃ自分でケリを付けろ、という事なのだろう。
それ自体は、当事者として当然の責務として。
今の話で疑問の残る箇所をじっくりと思い返すと、ぼくは改めて口を開いた。
「生き返る方法についてはわかったけれど。結局、ぼくはここに居ないと死んじゃうんだよね?それだと、死因を取り除きに外に出ると、その時点でアウト!・・・って事にならない?」
「なりますねー、普通は。そこで、私がちょっとだけ力を貸してお兄さんを『偏在化』させてあげます。ここと、事故前のバスの中。どちらにも同時に存在できるようにするんです」
「・・・そうやって分身すれば、外に出てもぼくは死なない?」
「はい。神様の世界では、こういうのを『化身』って呼ぶんです。本質が此処にある限り、たとえ『化身』に何があろうとお兄さんは無事ですし、逆に『化身』が起こした変化は、本体であるお兄さん自身にも及びます」
「・・・えっと、じゃあ逆に。何もしないでこのまま過ごそうとしたら、どうなるの?」
「ん~・・・。まあ、当分は大丈夫と思いますけど?現時点で相当、ムリのある状態ですしー。放っとくと存在の矛盾にお兄さんの魂が耐え切れず、跡形も無く消失しちゃうんじゃ無いですかねー?」
「うへぇ」
少女の助力があれば、事故の原因を取り除く事で、ぼくは生存が可能。
だが逆に何もしなければ、そのうち存在ごと消滅しかねないのだという。
実質、選択肢のない状況に、ぼくはげっそりとした表情で呻きを上げた。
―――どうやら、何時までもウダウダ考えている余裕は無いらしい。
状況は実にシンプルだ、自ら動いて助かるか、座して死を待つか。
ならば―――
「・・・なるよ」
自然と、肯定が口をついていた。
こうして、生き死にをハッキリと突き付けられる経験は初めてだが、どうやらぼくはこういう場合、迷わず動くタチだったらしい。
そして何より―――
あのバスにはぼく以外の乗客―――普段よく言葉を交わす、あの後輩も乗っていた。
彼女達がむざむざ死ぬだなんて、ぼくはまっぴら御免なのだ。
「ぼくは―――神様になる」
※2023/07/31 文章改定