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お釜大戦  作者: @FRON
第七章 急襲!怪力博士の巻!!
298/344

∥007-21 起死回生の一手

#前回のあらすじ:フツーに強いのに搦め手使うとかアリ!?



[マル視点]



()()()・・・!!」


『・・・!』



とてつもない重量を、真正面から受け止める。


巨大鼠の丸太のような尻尾の一撃と、幾重にも重ねられた水の障壁。

両者の激突によって生じた轟音が耳をつんざき、大気は悲鳴を上げた。


頭が()()()()する、視界は先程からぼやけっぱなしだ。


出血が収まっていた毛細血管から再出血したのか、視界がじわり、と上の方から赤く染まり出している。

明らかに【神力】(プラーナ)の使いすぎだ。


だが、ここが正念場なのだ。

今を切り抜ける為なら、どれだけ無理しようとし過ぎという事は無い筈だ。


―――しかしそもそも、何故、こんな状況になっているのか?


きっかけは、後輩をホールの際にまで運び終えた、あの時。

巨大鼠との戦闘の余波を避ける為、ぼくは気絶したままのあーちゃんを運び、戦闘の場から離れていた。


弛緩したままの人体は重い。


女の子とは言え、人一人を運ぶとなれば重労働だ。

全身を使って()()を何とか運び終え、一息着いたところでようやく、ぼくは周囲に忍び寄る異変に気が付いた。


英国(ブリテン)コンビの肉体を蝕んだ、あの()()()

それが低い位置からゆっくりと、ぼくの周りへじわじわと充満し始めていたのだ。


避難先に選んだ場所は、ホールの端っこらへんに当たる。

中央に陣取る巨大鼠が発生源と考えると、ここまで粉が届くということはホールの中は既に、逃げ場のない状況という事になる


そして、ホールを出て通路まで逃げたとしても、そこから先に黒い粒子が追いかけてこない保証は無かった。


残るか、逃げるか。

二者択一を迫られたぼくは、仲間全員で一致団結して、この状況を切り抜けることを選んだのだった。


短い回想を打ち切り、眼前に迫る巨大な尻尾を睨みつける。


ロクに戦う力も無いぼくだけれど、こいつを防ぎきるくらいの事は出来る筈だ。

ぼくは改めて、メルクリウスに総てを委ねることを決意する。



(全部持ってけ、メルクリウスーーー!)



水壁の維持と拡張に、なけなしの【神力】(プラーナ)を注ぎ込む。

【バブルシールド】を形作る、紺碧の水塊がいっそう輝きを増した。


―――そして、ついに巨大鼠の尻尾が鈍い音を立てて上空へと跳ね上がった。



()()・・・()()()()()()!!!」


『CHU!?』



ぼくらの頭上を、大木の幹かと見紛うような黒い塊がごう、と風切り音を立てて通過する。

これで直撃コースからは、辛うじてずらすことが出来た筈だ。


一瞬だけ背後を()()()と見やると、ぼくはすぐさま視線を前方へと戻す。

床に伏せたままの二人は、未だせき込みながら荒い息をついていた。


彼女達の異変は十中八九、あの巨大鼠のせいだろう。


()()()()()()()、それは世間一般の通念として存在する共通認識だ。

そういった強固なイメージは、異能を現象として発現させる為の()()()()として機能する。


恐らくあの粒子は、『()』という概念を利用した巨大鼠の権能だろう。


黒い粒は次第に濃度を増しながら、未だ周囲を漂い続けている。

このまま行けば、ぼくや昏倒したままのあーちゃんに影響が及ぶまで時間の問題だろう。


幸い今、ぼくらは障壁を形成するメルの身体によって、粉の影響から保護されている。

何か手を打つのなら、今が最後のチャンスの筈だ。


掌の中の『パラケルススの剣』を強く握りしめ、目を瞑る。


ぼくは中空に()()()()黒い粒子へと、意識を集中させた。

―――水壁の外に、イヤな感じのする『力』を無数に感じる。


それはまるで、獲物を閉じ込め外に出さない漆黒の檻だ。

ゆっくりと動きつつ、ぼくらの周囲を隙間なく取り囲んでいる。


そこへと意識のピントを合わせたまま、続いて水壁の内側―――床に伏した主従二名へ同時に意識を集中させる。

先程と同じ『力』、それがかすかに彼女達の内側から滲み出ていた。


こうして改めて見れば、一目瞭然だ。

彼女達の変調は、黒い粉が原因と見て間違いないだろう。


さて、ここからどうしようか?



(・・・これ、今ならあの粉を排除できるんじゃ?)



先程、後輩の身体から異物を抜き出した時を思い返す。


あの時、ぼくは『剣』とメルを介して彼女と繋がり、その内から洗脳の元凶となる怪蟲を分離させた。

そして今、【バブルシールド】はぼくら全員を包み込んでいる。


後輩と怪蟲、あの二人と黒い粒子。

前者を分離できたように、後者を分離することで二人の体内から、不調の原因を取り除くことは出来ないだろうか?


シールドを構成しているのはメルの身体、そしてぼくの手中にあるのは、あの『剣』だ。

状況は丁度、あの時と一致している。


やって、やれない事は無いだろう。

何より、ここでパーティの主力である彼女達が動けないままじゃ、()()()だ。


剣を持つ手に力を籠め、いっそう精神を集中させる。

―――あの時の感覚を、思い出せ。



「見つけた!」



二人の内に潜む、異変の現況をはっきりと認識する。

意識が飛びそうだ、ぼくの余力もほぼ空っけつ。


だが、できるかどうかは問題じゃない。

やれ―――丸海人!!



「異物を外へ、排出するイメージ。対象は―――あの黒い粒子!『ニグレド』(Nigredo)・・・『アルベド』(Albedo)!!」


『・・・・・・!!』



ひときわ、水壁を覆う紺碧の輝きが高まる。

まばゆい光が一瞬、周囲を満たした。


光が消え失せた後、それまで苦し気に咳き込んでいた二人が不思議そうな表情を浮かべると、ゆっくりと起き上がった。



「けほ、けほっ・・・。これは、一体?」


「息が、苦しくないですわ・・・!」


「よかった。エリザベス(Elizabeth)さん、シルヴィア(Silvia)さん、後は・・・頼みまし、た(ガクッ)」


「「!?」」



つい先程までの、身動きできない程の不調がウソのように消え失せている。

主従二名は互いに顔を見合わせ、次いで奇妙な形状の剣を手にしたぼくへと視線を投げかけた。


そこまで見届けると、ぼくはサムズアップしたまま()()()と床の上に突っ伏す。

完全に()()()()だった。



「マルさん!?」


「もしかして()()、貴方が・・・?」


「えぇ、はい。まあ、そんな感じで・・・」


「・・・今はそっとしておいてあげましょう。お嬢様、我々は未だ、()()()()()()()()()()事をお忘れなきように」


「っ!・・・そう、そうでしたわね」



怪訝そうな表情を浮かべ、ぼくの顔を覗き込む真紅の令嬢。


彼女に向けて、いささか呂律の回らないままの生返事を返す。

情けない限りだが、今はそうするだけでも精一杯だ。


それを察し、制止する従者の声に、()()とした表情を浮かべるエリザベス。

薄れゆく水壁の向こうでは、臨戦態勢の巨大鼠とその肩に佇む女性―――怪力(くゎいりき)零号(ぜろごう)の姿があった。



『如何なる術を用いたのかは知りませんが、無駄な事です。この場を覆う()()が消えぬ限り、貴方がたに勝機は無いと知りなさい』


『CHUUUUUUU!!』


「くっ・・・!!」



黒髪の女性が腕を振り、それに呼応するように巨大鼠が前脚を振り下ろす。


消えかけの【バブルシールド】はあっさりと弾け飛び、エリザベスは歯を食いしばってそれを鞭の一振りで()()()た。

致命的な毒を孕んだ黒い粒子が、インパクトの瞬間に周囲へと飛散する。


襟元で口を覆いながら、2発、3発と振り下ろされる巨大な前脚を撃ち返してゆく。

しかし、その度に周囲を満たす病毒は濃度を増し、それを吸い込まないようにするだけで精一杯であった。



()()()()()()―――!!)



令嬢の内心に焦りが生じる。


せっかく戦線に復帰出来たと言うのに、このままでは敗北は時間の問題であった。

愛用の鞭を手繰りながら、一向に好転しない状況にエリザベスは密かに歯がみする。



「・・・こんな事になるのなら。あの時、ヘレンから貰った()()()()を置いて来たりするんじゃありませんでしたわー!」


「今更悔やんでも、手遅れかと・・・。ですが、確かに。ここで彼女に助けを呼べないのは手痛いですね・・・!」


「・・・()()()()?」



床に突っ伏したまま、ぼくは二人の会話に耳をそば立てる。


()()()()()()()()()()()

そういえば、後輩の探索に出る前に寮でそんな話をした記憶がある。


確か、今回の失踪事件の裏には、彼女に匹敵するような危険な『敵』が潜んでいるのだとか。

だから、少しでも危ないと思ったら自分の事を呼んで欲しい―――


と、そんな話だった筈だ。

その時に渡されたのが、半透明のプレート状の物体―――いわゆる『チケット』であった。



「それって、もしかして()()の事・・・?」



バックパックの中に震える手を突っ込み、()()を掲げる。

ガラスのような板状の物体で構成された、10cm程のプレート。


見ようによっては、切手やクレジットカードの類に見えなくもないそれこそが、()()()()()()()()であった。

ぼくの右手へ、周囲から一斉に視線が集中する。



「「―――()()」」


()()()―――!』



このチケット、寮を出るときに背嚢へ突っ込んだまま、今の今まですっかり忘れていた代物である。

それがなんやかんやの末に、ひょんな所より飛び出した訳であった。


必死に巨大鼠の攻撃から防衛を続けていた二人は、揃ってあんぐりと口を開ける。

一方、目に見えて焦りを見せたのが、巨大鼠を操る黒髪の女性であった。


怒りとも焦燥とも取れる表情を浮かべると、零号は鋭く腕を振り、己の式神へ命令を飛ばす。



毘羯羅(ビカラ)!あれを破壊しなさい・・・()()!!』


『CHUUUUUU!!!』


「・・・うわっ!?」



女性の号令と共に、一瞬、黒い巨体が沈み込むような動きを見せる。

そして次の瞬間、巨大鼠の身体は宙に向かって砲弾のように発射されていた。


突如沸き上がる地響き。

あからさまな異常事態に、虚脱感を堪えてぼくは顔を上げる。


そんなぼくの視界に飛び込んで来たのは、こちらへ向けて殺到する()()()()()だった。



()()―――)



物凄いスピードだ。


対するこちらはこれ以上、身動き一つ出来そうにない。

本日何度目かもわからないが絶体絶命、とにかく大ピンチだ。


素早く視線だけで助けを求める。


主従二人は咄嗟の事で反応が遅れたのか、巨大鼠の動きを目で追っているだけだ。

あーちゃんは未だ、起きる気配がない。


・・・()()()


このまま『()()()』と潰され、ぼくの儚い一生は終わってしまうのだろうか?

あまりの理不尽に、ぼくの手は知らず知らず掌中のチケットを、強く握りしめていた。


ぱきん。

手の中で、脆いガラスのようにチケットが砕け散った。



『はいはーい、お呼びでしたかー?いつでもどこでも皆様の為にカワイク頑張る、ヘレンちゃんです!』


「!?」



唐突に頭上に現れたのは、純白のサマードレスに身を包んだ可憐な少女であった。


ぱっちりした大きな()()()と茶色の瞳、浅黒い健康的な肌に肩口までの黒髪。

何時もの如く、重力を無視したように中空を()()()()()()と回りながら移動すると、ヘレンは()()()()とした指先を巨大鼠へ突き付けた。



『はい、()()()()。このヘレンちゃんが来たからには、これ以上の()()()は許しませんよー?』


C()H()U()―――!!?』


「あのデカブツの動きが、()()()()・・・!?」



まるで手品か魔法のように、地響きを上げて迫る漆黒の巨体が()()()と静止する。


巨大鼠は手足を()()()()させるが、その場に縫いつけられたように1ミリたりとも動く事が出来なかった。

その光景に満足そうに頷くと、()()()、と宙で1回転した彼女は()()()()と、お日様のような笑顔を浮かべるのだった。



『お兄さん、これで良かったですか?』


「あ、はい・・・。ヘレンちゃん、助けてくれてありがとう」


『どういたしまして!・・・そんでもって、そちらのお二人は大丈夫そうですかー?』


「え、ええ・・・」


「私の方は、問題ありませんわ・・・」


『ですかー』



()()()、と天真爛漫な笑顔を浮かべるヘレン。

彼女が登場してから早々に、眼前にまで迫っていた危機があらかた片付いてしまった。


3人揃って呆気に取られていると、何やら満足そうに頷き()()()と1回転。

そして、苦虫を噛みつぶしたような表情で一部始終を眺める、黒髪の女性へと向き直った。



『では改めて。お久しぶりですね、毘羯羅さん、鳥保野(とりぼの) (れい)さん。()()―――』



そこで一旦、言葉を切る。

続いて口を開いた彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



『色欲』(luxuria)



()()()()()()()()()()()()()()()()

泣き笑いのような一言では現せない懊悩を、少女は幼い顔に浮かべる。



()()()・・・』


()()()―――()()()()()()()()()()。ずっと、ずっと貴方()に、遭いたかった』



ぼくらの前で、初めて見せる少女の表情。

それに対するかつての少女兵器は、()()()()、そしてどこか()()を感じさせる声で、()()()とその名を呼んだ。


・・・少女の独白は続く。



『この瞬間を、幾星霜の時を過ごす想いで待っていました。()()()です。語り尽くしたい言葉はいっぱいあります、けれど、まずは()()させてください。これが貴女に贈る―――球粒隕石(コンドライト)です!!!』



満面の笑顔で、夏空少女は右手を振り下ろす。


刹那、巨大鼠と零号の頭上に、()()()()()()()()()()()のようなものが現れた。

()()の出現に気付いた者は何事かと顔を上げ、漆黒の円盤の内に点る、()()()()()()()を目にする。


極小の点に過ぎなかった()()は瞬く間に拡大し、円盤の縁いっぱいにまで広がる。

そして次の瞬間、()()()()()()()()は円盤を飛び出し()()()()()()()


()()1()9()k()m()()()()()()6()8(),()4()0()0()k()m()

十数mはあろうかという巨大な隕石は、宇宙空間を旅する速度()()()()に直下の石畳へと激突した。


瞬間、周囲に存在するあらゆる物質を圧壊・破砕。

爆心地に生じた莫大なエネルギーは、閃光と衝撃波となって周囲へと一挙に解放された。


()()


悲鳴のような大音響と共に、視界の全てが一面の白光によって塗り替えられる。

瞬時に溶解、蒸発した建材が膨張しつつ飛散し、周囲数十mがあっという間に更地と化した。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


若者達は口々に騒ぎながら頭上を見上げ、天高くたなびく()()を指差す。

威力にして10メガトン、広島型原爆の約60倍のエネルギーによって生じた、圧倒的な破壊の余波であった。


―――しかし、それだけの暴虐が吹き荒れたにしては、()()()()()()()()()()()()()()()()()


爆心地、熱と衝撃波によってガラス状に溶解した岩石が散乱するクレーターの中心において、()()()()4()()()()()()()()()()()()()()

何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


信じられないものを見る目でそれらの光景を見渡すと、ぼくはゆっくりと視線を上げる。

中空に佇むはこれだけの惨状を齎し、そして同時に、それから守った張本人。


大いなるもの(グレート・ワン)の一柱、()()()姿()()()()()()()()がそこに居た―――


今週はここまで。

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