∥007-18 最初にして最強
#前回のあらすじ:なんかキモい蟲出た!
[マル視点]
『あ・・・』
体内から奇怪な蟲を引き抜いた瞬間、少女の細い肢体が一瞬、びくん、と痙攣する。
大きく見開かれた瞳は光を失い、重力に引かれた身体はゆっくりと床に向かって落下を始めた。
「キャシーっ!?」
「―――っとぉ!セーフ・・・ぶほぁ!?」
少女の身体は後頭部から、石畳に叩きつけられようとしていた。
小さく上がる令嬢の悲鳴。
しかし―――寸でのところで、落下地点へ滑り込んだぼくの身体がそれを受け止めていた。
背中のど真ん中にどしん、と加わる少女一人分の荷重。
中身が出るかと思った。
肺の中の空気を総て吐き出し、悶絶するぼくの回りに慌てた様子の英国主従が駆け付ける。
「キャシー、キャシー!?しっかりなさいまし!!」
「・・・大丈夫ですか?」
「げほっ。な、何とか・・・」
気遣わし気なシルヴィアさんの声に、何とかそう答える。
ぼくはあーちゃんの下から這い出ようと、10秒ほどじたばたと藻搔くも、力及ばず。
ぴたりと動きを停めた後に、情けない声を上げるのだった。
「・・・あの。出来れば、引っ張り出して貰えると―――」
「しょうがないですわね。・・・ふんぬ!!」
「・・・あ"り"がと"う"ござい"ま"す"」
「どうしたしまして!」
すぽーん!
なんとも漢らしい掛け声と共に、ぼくの身体は頭の方から引っこ抜かれる。
勢い余って擦りむいた鼻の頭を押さえつつ、とりあえずお礼を述べる。
そうこうしているうちに、石畳の上に仰向けに寝かされた後輩の姿が眼に入った。
「全然目を覚ましませんけれど、本当に大丈夫ですの・・・?」
「手応えはあったんで、洗脳は解除出来たと思います。・・・たぶん」
「たぶん、って・・・」
瞑目したまま、少女の瞼ははぴくりとも動かない。
ラバー質のボディスーツに覆われた、薄い胸に視線を向けると、ゆっくりとだが上下に動いている。
・・・未だ、目を覚まさない後輩。
彼女の精神を蝕んでいた元凶は、少し離れた床の上で干からびている。
『剣』を抜く前に、体内の水分をごっそり奪っておいたお陰だ。
そんな訳で、いつ目を覚ましてもおかしくない彼女。
それが未だ昏睡している事実に、真紅の令嬢は声を荒げる。
「それで彼女の身に何かあったら、一体どうする気ですの!?」
「・・・お嬢様、それとマル様も。梓様の身が心配なのはわかりますが、今はそれよりも喫緊の問題を優先すべきかと」
「優先すべき」「問題・・・?」
ぼくとエリザベス嬢、二人揃って視線をホールの奥へと向ける。
果たしてその先には、興味深げな視線をぼくの手元に向ける『怪力博士』。
そして、その傍らにひっそりと侍る黒髪の女性が居た。
確かに、後輩の身柄を取り戻したところで、失踪の元凶が野放しのままでは本末転倒だ。
いずれ、似たような事件が起きてもおかしくない。
―――【イデア学園】にも、治安維持組織は存在する。
一部の有志が巡回しつつ、違法行為が行われていないか目を光らせているのだ。
万一、問題が発覚すれば即座にヘレンちゃんが呼ばれ、治安維持組織と協力して解決に当たることになっている、らしい。
今回の場合も、件の組織か、いっそのことヘレンちゃんに直接、博士の身柄を引き渡してしまえばよい。
それでさしあたっての不安は解消されるだろう。
『召喚組』である彼が重犯罪を犯した場合、最悪、強制退去―――召喚契約を破棄し、魂魄を送還される羽目になる。
【学園】における最上級の罰則、事実上の死刑だ。
「・・・でもさ。アジトもわかった事だし、今は一旦引いて、あーちゃんの保護を優先すべきじゃ?」
「まどろっこしいですわ!今!この場で引っ捕まえて、然るべきトコロに突き出してやれば万事解決ですもの。・・・シルヴィ!?」
「お嬢様なら、そう仰ると信じておりました。―――鳥保野蓮太郎、通称・『怪力博士』。懺悔の言葉はありますか?」
兜の下から静かな怒りを滲ませ、白銀の騎士が腰のサーベルを抜き放つ。
その姿に破顔すると、真紅の令嬢は黒褐色の鞭を一振りし、獰猛に口元を吊り上げるのだった。
一旦引くことを提案したぼくに対し、主従二人は徹底的に『やる』事を選択したようだ。
否応なしの連戦に、ぼくもまた愛剣に水刃を纏わせ正眼に構える。
一方。
窮地に立たされた筈の博士はそんな事はお構いなしに、好奇心に溢れた視線を一点へと向けている。
その先はぼく―――もとい、『パラケルススの剣』だった。
「君!それはもしかすると、かのアゾット剣のレプリカかね!?拾号の肉体に一切傷を残さず、腹中蟲のみを抜き出すとは・・・!」
「博士」
「先程のあれは錬成反応?剣をフラスコに見立て、肉体から蟲を分離・抽出した・・・?ううむ、興味深ぁい!!」
「・・・博士」
「・・・何かね!零号、吾輩は今、思索に忙しいのだよ!?」
「ご無礼は承知。ですが今は、それどころではありませんので・・・」
これから討伐されるという時に至って、『怪力博士』の意識は興味と、知的好奇心に占められているようだ。
それをたしなめる黒髪の女性。
彼女は、口を尖らせる主を背に庇うようにして、その前に立ちはだかる。
「最後通牒ですわ、『怪力博士』一味。今でしたら抵抗せずに降伏すれば、手心くらいは加えて差し上げましてよ?」
「右に同じく。梓様はお嬢様にとっての唯一無二の親友、それを拐かした罪は万死に値します。・・・お二人とも、ご覚悟を」
「博士、ご命令を」
「・・・フム!」
降伏かさもなくばボコボコにするぞ、と言外に迫る主従。
それに対し、こちらの二人は至ってマイペースであった。
淡々と、主の命を求める従者に対し、博士は顎鬚をひと撫でする。
そして、ぎょろりと大きく瞳を見開くと、襲撃者を見やった。
「よかろう。では怪力兵零号、血気に逸ったお嬢さん方に、少々お灸を据えてやりなさい」
「かしこまりました。・・・式神十二天将が一、毘羯羅。急く急く律令の如く、出ませい―――」
『・・・・・・!!』
それまで静観を貫いていた黒髪の女性―――否、怪力兵零号がしなやかな腕を振るう。
やはりというか、彼女もまた『怪力兵』。
かの怪人によって改造され、異端の力をその身に宿した人間兵器であったようだ。
ぞわり。
ロングスカートの先に広がる地面が泡立ち、形ある闇が溢れ出す。
否、それは闇などではなく、その一つ一つが漆黒の身体を持つ、小さな獣の群れであった。
これまで幾度となく目にしてきた、施設の至る所に蔓延っていた鼠の群れ。
あれこそが、彼女が従える『式神』なのである。
あっという間に膨れ上がり、視界を覆う程にまでになった鼠の群れ。
怒涛の勢いで押し寄せる獣津波に、ぼくらは揃って引きつった表情を浮かべるのだった―――
今週はここまで。




