∥007-16 パラケルススの剣
#前回のあらすじ:秘策は我にアリ
[マル視点]
「秘策―――ですか?」
「はい!」
流星のごとく魔弾が降り注ぐ中。
ファイアーマンズキャリーの体勢でぼくを抱えたまま、縦横無尽に鎧の麗人が駆け抜ける。
―――危ない所を、またもや鎧の人こと、シルヴィアさんに助けられてしまった。
少々情けない姿だが、彼女に協力を仰ぐには丁度、いい機会かも知れない。
ぼくは先程浮かんだ『後輩を助ける策』を、こっそり兜越しに耳打ちした。
こしょこしょと囁やかれた内容に、鎧の麗人は僅かに息を呑む。
「と、いう事を考えてるんですが。・・・どうでしょう?」
「上手く行く確証は―――いえ、この期に及んではそうも言ってられませんね。乗りましょう、その策」
「ありがとうございます!」
僅かに悩む素振りを見せるが、ほぼ即断でOKを出してくれた彼女に向かって勢いよく頭を下げる。
これで第一歩、後輩を助け出す為の筋道へ歩み出す事が出来た筈だ。
残るメンバーは一人、エリザベス嬢にも協力を要請したい所だが、そこは従者であるシルヴィアさんの働きに期待するとしよう。
「とにかく、先ずはあーちゃんの動きを止めないと話にならないんで。準備ができるまでは足止めと、陽動をお願いできれば・・・と!!」
「畏まりました。では―――はっ!!」
後輩が降らせる光の雨、それに一人立ち向かう真紅の令嬢。
そのフォローに向かったシルヴィアさんの後ろ姿を、束の間見送る。
次に、そそくさとホールの隅へ移動すると、ぼくは背負っていたナップザックをよいしょと床へ降ろした。
紐を解いて入口を広げると―――
暗闇の中にぱちくりと瞬く、二つのグリーンの瞳と目が合った。
「・・・きみ、見かけないと思ったらこんな所にいたの?」
『にゃあ』
「避難中に申し訳ないけれど、ちょいと失礼しますよ・・・っと」
ずぼっ、とザックの中から取り出したのは、茶色い縞模様の愛らしい毛玉であった。
先程バトルが始まった折、一早くこの中に身を隠していたらしい。
一言断った後、おりんちゃんの小さな身体を、脇に置いてから物色を始める。
目的の品は、すぐに見つかった。
「よし。お次は―――メル!!」
『・・・!』
続いて、不定形の相棒を中空に呼び出す。
こぽり、と気泡を生じさせ、淡く紺碧色に輝く水塊が音も無く姿を現した。
ぼくは無言で、手に持った物体―――円筒状の『剣』を差し出す。
先端に開いた穴からひゅるり、と中へ、コバルトブルーの水塊が這入り込んだ。
筒を揺するととぷん、と手に重量感が返ってくる。
筒の中身が満たされたことを確かめ、ぼくは再び後輩へと視線を戻した。
ホールの中央では、今も激闘が繰り広げられていた。
円筒を目前に掲げ、しばし眼を瞑る。
己の目的を再認識した後、おりんちゃんがナップザックに入るのを待って、ぼくはそれを背負いなおした。
(チャンスは恐らく一度きり。必ずこの、『剣』で―――)
薄暗いホールを光の雨が行き交う。
それに相対するのは、真紅の令嬢と白銀の騎士。
無数に枝分かれし、変幻自在の軌道を描く鞭が空を薙ぐ。
亜音速の鞭打は光弾を弾き、そのことごとくを叩き落としてしまった。
令嬢の背後から走り出したのは、無骨な甲冑を身に纏った銀の乙女だ。
宙に漂う分身体から降り注ぐ魔弾を躱しつつ、シルヴィアはじっとその動きを注視し続ける。
―――恐らく、12の分身は少女兵器の兵装、【有翼の靴】が齎した副産物だ。
瞬間移動のタイミングを制御することによって、【魔弾の射手】の発射元と、着弾先を自在に制御している。
移動先はランダム、分身体を攻撃しても無意味。
一見、無敵のように見えるが―――
それが移動ならば、始点と終点が必ず存在する筈だ。
始点―――転移を始めた時点の像は、すでに過去のもの。
故に、無敵。
途中、無数に現れる像もまた、総て幻。
霞のようにかき消えるだけで、決して手応えは得られない。
ならば―――狙うべきは、ただ一つ。
移動の始点と終点を結んだ先、そこに生じる像にこそ、唯一攻撃が通る筈だった。
そして既に、銀の乙女は両者の判別方法を見出していた。
「そこ―――!!」
「合わせますわよ!フレキシブル ウィップ―――!!」
終点、すなはち12の像の中で唯一、動きがあるものだけが、本物。
腰に差したサーベルを、再度投擲。
回転する刃が向かう先に、示し合わせたようにエリザベスが振るう鞭が伸びる。
先程の場面をリフレインするかのように、光の楯によって阻まれるサーベル。
しかし、それを追うように飛来した鞭が少女の身体へと巻きつき、盾ごとその動きを封じた。
一方、投擲した後のシルヴィアはサーベルを回収せず、後方へと飛び退っていた。
「・・・お待たせしました!」
「いいえ、タイミングばっちりです!目覚めろ、『パラケルススの剣』―――!!」
降り立った先でぼくを回収し、二人は後輩の元へとUターンする。
白銀の鎧に抱きかかえられ、ぼくは手に持った筒の真の名を唱える。
円筒の内部に刻まれた紋様が光を放ち、刀身がうなりを上げた。
―――伝承に曰く。
放浪の賢者パラケルススは、一振りの剣を携えていた。
この剣には1匹の悪魔が封じられており、使役者の命に従い、奇跡を引き起こすのだと言う。
『アゾット』、あるいは『錬金術師の剣』。
伝説にその名を残す剣を模した一振りを手に、ぼくは後輩の元へと向かう。
「お膳立てはしてあげましたわよ!この私が譲ってあげるのだから、責任持ってブチかましてあげなさい!!」
「勿論です!水刃、形成・・・!」
『・・・・・・!!』
「とどけ―――!!」
筒状の刀身を、紺碧の水膜が覆う。
瞬く間に、円筒は突撃槍のような形状へと変化していた。
未だ身動きの取れぬ後輩、その細い身体に向けて、ぼくは全身で体当たりを仕掛けるのだった―――!
今週はここまで。




