∥007-12 怪力兵拾号
#前回のあらすじ:信じて送り出した後輩が変わり果てた姿に・・・!?
[マル視点]
菫色の淡い光が射す中心で、一人の少女が寝台から起き上がる。
あどけなさを残した美貌、動きに合わせて流れる艶やかな黒髪、細身で均整の取れた肢体。
それは見る者を陶然とさせる、優れた美術品のようであり、同時に性質の悪い冗談のようでもあった。
日常の象徴のような、あの子。
見る者の胸に暖かな光を点す、あの笑顔が。
眼前の人物から、その一切が感じられない。
ビスクドールのような、無機質で硬質な少女。
ガラス玉のような瞳で見つめられ、ぼくは悲鳴のようにその名を叫んでいた。
「あーちゃん・・・!!」
『・・・?』
「おや?もしかすると君・・・拾号の知己か!これは奇遇、奇縁。青天の霹靂とは正にこの事!ふむぅ、これはますます以て、世話役としてスカウトしたくなってきたなぁ」
小さな叫びに、少女は一瞬、不思議そうな表情を浮かべる。
ぼくの顔なぞ、一度も見たことが無いといった反応だ。
その様子に愕然とする一方、この状況を作り出した張本人は顎鬚を指でしゅりり、としごきつつ、幾度か大仰に頷いて見せる。
そしてぱん、と柏手を打つと、満面の笑みを浮かべこう言い放つのだった。
「先程の話だが・・・ひとつ訂正しよう!少年、君が我々に付いてくれるのであれば、拾号のパートナーとなる権利を与えてやろうじゃあないか。どうかね?如何なる勢力の手先としてこの場に居るのかは知らんが、魅力的なオファーだと思うのだがねえ」
「パートナー・・・って?」
「番わせてやろうというのだよ!何なら初々しく恋人ごっこに興じるよう、吾輩直々に命じてやってもよい。・・・どうかね!?」
「・・・答える前に、ひとつだけ聞かせて」
「ぅん?・・・ああ、何かね?」
「あーちゃん―――梓ちゃんに、何したのさ」
ぎり、と奥歯を噛みしめ、眼前の怪人を睨みつける。
数日失踪しただけの筈の後輩。
それが、様変わりしただけでなく、ぼくの事までわからなくなっていた。
とても尋常な経緯では、こんな変化は起こらない筈だ。
それをしたのがこいつなら、絶対に許せない。
内なる怒りをふつふつと蓄える一方、後輩の真相を知ると思しき人物は、ふむ、と顎の先を撫でる仕草をした後に再び口を開いた。
「―――改造した」
「・・・は?」
「やった事を端的に表すならば、そうとしか言えんなあ。手始めとして催眠誘導による無意識下への刷り込み、更に従順になるよう仕込みを済ませた上で、吾輩は本丸となる身体改造へと取り掛かった!全身の経絡の整流と励起、内分泌系の調整!覚醒により強化された身体能力を増幅、etc.etc.・・・この場ではとてもとても語り尽くせない程、全身くまなく手を入れたとも!だが―――足りないッッ!!」
あっけらかんと語られる、後輩に対する所業の数々。
信じられないような心持ちでそれを聞くぼくの前で、怪人は両の拳を振り上げながら慟哭した。
「時間も!資材も!彼女という最高のカンバスを彩る作品を完成させるには、とてもとても!!アイディアはここ!吾輩の脳髄でとぐろを巻いて今か今かと!日の目を見るその時を心待ちにしていると言うのにッ!!嗚呼、次に何を成すべきか?中でも―――」
乱れ髪を掻きむしりつつ、博士は狂気めいた光をその眼窩から零す。
・・・かと思えばぴたり、と急に動きを止めると、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。
「あぁ、アレが良い。・・・少年、『トレパネーション』を知っておるかね?」
「トレパ、ネーション?」
「古くは欧州に於いて行われた、民間療法の一つだよ。頭蓋骨のここ―――丁度額のあたりに孔を開けて、脳髄を露出させるのだ。・・・ああ。勿論、施術中に切開した皮膚はきちんと縫合するとも。一般には科学的根拠なしと評されるこの手法だが、超自然的な感覚に目覚めた事例が幾つか報告されていてねぇ。果たして拾号に如何なる変化を齎すのか?吾輩はそれを―――見てみたい!!」
妄言としか呼びようのないアイディア。
それを聞かせる怪人の瞳は、将来の夢を語る少年のようにキラキラしていた。
―――夢でも語るように、あーちゃんの肉体にメスを入れ、弄るのだと断言した。
(・・・狂ってる)
完全にたがが外れた人間。
ぼくはそれを、産まれて初めて目の当たりにしていた。
世にあまねく倫理、常識。
それらを意に介さず、己の望むままに行う人間。
それは時として、時代を切り開く変革者とも、或いは気の触れた狂人とも呼ばれる。
少なくとも、眼前の人物は―――後者だ。
「うちの後輩を・・・あんたみたいなイカレポンチなんかに、任せておけるもんか!家出は今日限りにしてもらって、彼女は連れて帰ります!!」
「ふぅむ。―――交渉決裂、か。止むをえまい・・・拾号」
『はい、博士』
当初の方針通り、後輩を奪還する決意を宣言する。
それに対し博士はぱちんと指を鳴らす。
音も無く立ち上がった少女が一歩、前へと進み出た。
「圧縮術式1番から3番まで、使用を許可する」
『了解。圧縮術式起動、【魔弾の射手】【金剛石の盾】【有翼の靴】―――救急如律令』
「!?」
少女の声が響き、その全身を覆っていたラバーのような質感のスーツが強い光を放つ。
菫色の光のラインが走った跡には、右手、左手、両足首を彩る光の紋様が浮かび上がっていた。
「少々、あの少年にお灸を据えてやり給え。くれぐれもやり過ぎないようにな?」
『はい。オフェンスコンディション1・非殺傷。目標、個体名丸海人。怪力兵拾号―――戦闘開始します』
無機質な声が、戦端の開始を宣言する。
寝台の前に佇んだままの後輩と、正面の『怪力博士』とその側に侍る黒髪の女性。
どちらを相手にすべきか?
本来の目的通りなら、正面の怪人をやっつけて後輩を連れ帰るべきだろう。
しかし、どうやら今の彼女は正気を失っているらしい。
彼女の恐るべき戦闘力は、何度か同行した任務や北陸での一件で目にしたとおり。
とてもじゃないが、真正面からぶつかって無事でいられる相手ではない。
難しい選択を迫られる中、決断する間もなく後輩の―――
否、『怪力兵拾号』による攻撃が、ぼくの身に降りかかるのだった!
今週はここまで。




