∥007-08 壁の中を鼠が走る(中)
#前回のあらすじ:捜索最終日、開始!
[マル視点]
『―――こちら本部、定時連絡の時間だ。マル、そちらの状況はどうだ?』
「えっ?・・・うわ、ほんとに掛かってきた!えーっとえーっと、コレ、どうやって取るんだ?」
『にゃ~~・・・?』
『・・・カフの耳に掛けてる所の反対側を口元に持って行って、先端を2回叩いてみろ」
「あ、これか。1回、2回。・・・あー、もしもし?こちらマルです」
『・・・やっと出たか。こちら明だ』
耳元で唐突に、聞き覚えのあるハスキーな声が響き、思わずその場で飛び上がる。
反射的に周囲へ首を巡らせるが、声の主の姿は無い。
急に慌て始めた主人の姿に首を傾げ、ぼくの足下でおりんちゃんが小さく鳴き声を上げている。
・・・と、ここまできてようやく、ぼくは状況を把握した。
明さんの声は、ぼくの耳元で光る鈍色のイヤーカフから響いていた。
【揺籃寮】を出る前に、楓さんから受け取っていた品だ。
ぼくと共同で『宝貝』の開発をしていた彼だが、それと並行して叶くんの能力を元にした別の品も開発していた。
これは、その試作品らしい。
所謂通信機、トランシーバーのようなものだと説明を受けてはいたが、どうやって使ったらいいのかわからず首を傾げる。
そんなぼくに痺れを切らしたのか、イヤーカフ越しに使用法についての助け舟が入った。
カフの根本で光る【魂晶】から届く声が告げる通り、とんとん、と指先で先端を叩くと、ぼくは緊張した声でそう応えるのだった。
『その分だと、まだ何も見つかってないようだな?』
「さっきから人造湖東岸をぐるっと歩き回ってるけど、今の所収穫ナシです。・・・にしもこれ、凄いですね」
『先生の自信作だからな。先ずはこれをベースに量産体制を整えて、都度アップデートを加えて行く予定だそうだ』
現状の報告をしつつ、右耳に掛けたイヤーカフに手を当て、しみじみとそう呟く。
離れた相手と意思疎通する、叶くんの『伝心の絃』。
このアイテムはそれを、道具として再現したものらしい。
動力として【魂晶】を使い、あらかじめペアリングしたイヤーカフ同士での遠距離通話を可能にするそうだ。
寮を出発する際、『後で連絡する』と明から告げられていたが、それがまさかこんな形で実現するとは。
感心し通しのぼくに対し、今後の商品展開について語る明さん。
彼女の言葉通りであれば、これから先、【学園】にはちょっとした通信革命が起きることになりそうだ。
『・・・何はともあれ、今後はこうやって定期的に生存確認しつつ捜索を進めてくれ。いいか?手掛かりを見つけた時なんかも、忘れず連絡しろよ。くれぐれも昨日みたく、一人で突っ走ったりしないように』
「うっ。き、肝に銘じておきます・・・」
『わかっていればいい。それじゃ、頼んだぞ』
小さくため息交じりにそう告げると、それきりイヤーカフは沈黙する。
昨日(今朝?)の出来事のせいで、彼女には大分心配を掛けさせてしまっているようだ。
内心猛省しつつ、ぼくは足下に視線を落とす。
「それじゃ、行こっか?おりんちゃん」
『にゃあ』
こちらを見返すふたつの瞳。
それと視線を合わせると、ぼくはにっこり微笑みながらそう呼びかけた。
後輩の手掛かりは、まだ見つかっていない。
彼女が失踪してから既に数日、普通の失踪であればそろそろ、生存を心配しなければならない頃合いだろう。
【夢世界】における死は精神の死、現実世界においては二度と目を覚ます事のない、永遠の眠りを意味する。
無論、今回は単なる失踪とは異なり、何者かによる誘拐の疑いが強い。
だからと言って安心できる訳でも無く、その身の安全はいっそう心配される状況であった。
ぼくの脳裏に、羽生のおじさんとおばさんの顔が浮かぶ。
彼等を悲しませる訳には、行かない。
決意を新たにすると、ぼくは再び後輩の姿を求め、愛猫に導かれるままに歩き始めるのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
―――2時間後。
ぼくは歩きどおしでパンパンに張ったふくらはぎを、物陰でマッサージしながら休息を取っていた。
水筒から水分を補給しつつ、周囲にちらりと視線を投げかける。
メインストリートから外れた、細い小路が幾筋も交差するロケーション。
いわゆる路地裏に当たる区画であった。
あれからずっと、鼻をひくつかせながら歩くおりんちゃんの後を追っているが、今の所収穫らしき収穫は無いままである。
逸る気持ちを抑えつつ視線を落とすと、壁際のひんやりとした石畳の上に寝そべり、目を閉じている愛猫の姿がそこにあった。
「ニオイを追わせてるとはいえ、猫ちゃん頼りの探索行かぁ・・・。おりんちゃんに文句は無いけど、どうにも不安になっちゃうよね」
『・・・?』
「・・・あれ、どうかしたの?」
ぽつり、とついつい不安が口をついて出た、その時。
ぴくり、と茶色の立て耳が反応すると、おりんちゃんが急に目を開く。
ぼくの発言に気を悪くしたのか、と思わずぎくりと身を固くする。
しかし、そんなぼくの心配をよそに彼女は微動だにせず、じっ、とある一点を注視していた。
つられて同じ方向へ目を向けると、細い路地の向こうに白い人影が見える。
女性―――の、ように見えた。
遠目でわかりづらいが、影はこちらに向かって手招きしているように見える。
「あっ、行っちゃった・・・」
『・・・・・・』
「おりんちゃん?」
そうこうしているうちに、女性らしき人影はくるりと背を向けると、路地の奥へと消えてしまった。
何だったんだろう?
ひとり小首を傾げていると、音も無く立ち上がったりんが、無言のまま小路を歩き始めた。
路地の奥へと向かう、小さな姿に呼びかける。
一瞬、こちらを振り返った後すぐに前へと向き直ると、彼女は再びすたすたと歩いて行ってしまった。
首を傾げつつ、その後を追うぼく。
・・・そうして路地を曲がりくねりながら、ぼくたちは歩き続ける。
途中、幾度か同じ人影を道の向こうに見つけるが、小走りに追いかけても不思議と、両者の距離が縮まることはない。
(何だか、こういう昔話を聞いたことがあったような・・・?)
四辻に出る怪異のような、得体の知れぬ影を追って一人と一匹がひた走る。
いよいよもって怪しげな状況になりつつあることを自覚しつつも、ぼくは無言のまま、りんの残す足跡を追い続けた。
もしかすると、これが後輩の手掛かりに繋がるかもしれない。
胸中に沸き上がる不安を押し殺し、小走りに裏路地を行く。
そうすること小一時間、ぼくらは町外れにある、辺鄙な場所へとたどり着いていた。
倉庫だろうか?
目の前にはレンガ造りの、古びた建物が立ちはだかっている。
区画で言えば、あーちゃんが最後に目撃された所から、それほど離れていない場所だ。
しかし、昨日一日この辺りを歩き回った身として、こんな建物は一度も目にした覚えが無かった。
「あ!さっきの女の人・・・!」
『にゃっ!』
建物の外観をぽかんと眺めていると、その一角、小ぶりなドアの隙間へ滑り込む、朧げな白い影が目に留まった。
それが、先程の女性だと直感的に理解する。
と同時に、小さな同行者が弾かれたように、そこへ向かって走り始めた。
負けじと後ろ姿を追うと、りんはドアの前で後脚で立ち上がり、木製の表面をかりかりと爪で引っ掻いている。
「ここを開けるの?」
『にゃあ』
短く確認を取った後、ぼくはドアノブに手を掛ける。
カギは掛かっていなかった。
僅かに開いた隙間からするりと忍び込んだ姿を追いかけ、ぼくもまた薄暗い建物の中へと飛び込むのだった―――
今週はここまで。




