∥007-06 後輩の姿を求めて(後)
#前回のあらすじ:ケバブおいしいよね
[明視点]
「・・・マルがまだ、【学園】をうろついてるだって?」
捜索三日目。
浅い眠りから醒め、【揺籃寮】の一室に来た私は、だしぬけに妙な話を聞かされそんな呟きを漏らした。
つい先刻、マルこと丸海人が【イデア学園】の一角にて、その姿を目撃されたというのである。
「一応聞いておくが、単に学校をサボって朝からこっちに来てる、って訳じゃないんだよな?」
「その・・・。他のメンバーの報告だと、夜中の間も目撃されてたそうで」
「多分、一睡もしてないんじゃないかと・・・」
「えぇ・・・?」
改めて説明しておくと、ここ、【イデア学園】は【夢世界】という、一種の異世界に存在する。
夢、と名の付く通り、本来の【学園】は時間の流れもデタラメな立地にある。
しかし、ヘレンがそこを調整した結果、現在の【学園】は現実世界から丁度、半日ずれた時間に固定されていた。
グリニッジ標準で現すと、GMT 00:00の時点で【学園】へ移動すると、こちらでは正午となる換算だ。
マルのような日本出身の【神候補】はそれを実感することは少ないが、西欧~南北米大陸のような地球の裏側を拠点とするメンバーにとって、【学園】は夜の姿が一般的なのだ。
先程の報告をしてくれた二人は、どちらも『Wild tails』のメンバーだ。
欧州を拠点とする彼女達は、夜中の捜索を率先して担当してくれていている。
そのこともあって、夜の町を徘徊するアジア人の姿が余計に目についたのだろう。
「・・・わかった。そっちは、私の方で何とかしておく。一応聞いておくが、梓の居場所は判らずじまいのままか?」
「ええ・・・。あの子、普段からフラフラ出歩いてるから心配で・・・」
「クランメンバーで付き合いのある人達も、みんな気にしてるみたいなんです」
「・・・そうか」
心配そうに溜息をつく少女達に相槌を返すと、さっと部屋の中へ視線を走らせる。
普段空き部屋となっているこの場所は、急遽、模様替えされ即席の『羽生梓捜索本部』と化していた。
部屋の中央には巨大な円卓が置かれ、その上には淡く輝く【学園】の見取り図が浮かび上がっている。
光のラインで形成された見取り図の上には無数の光点が瞬き、そのうちの幾つかはゆっくりと移動していた。
叶の能力である、『伏龍の盤』だ。
円卓の周囲には、幾人もの者達が光点の動きを目で追いながら筆を走らせ、出来上がったメモ書きを卓上に貼り付けて行っている。
『盤』と共鳴する【魂晶】を介し、捜索班から入る報告を順次、反映させているのだ。
現在、見取り図のそこかしこには、時刻と捜索結果を記したメモが無数に貼られ、円卓の上を彩っていた。
急ごしらえだが、この仕組みは『Wild tails』と明・叶の両名が協力し、この2日で造り上げたものだ。
こうして情報を積み上げてゆくことで、遠からず梓の行方を探し当てる事も可能であろう。
それを確認すると、私はもう一度頷く。
「・・・少し出てくる。後の事は、そこの愚弟にでも引き継いでおいてくれ」
「ええっ!?お、お姉ちゃん。一体何処に・・・?」
「野暮用だ」
捜索本部の立ち上げは終わった。
情報集積の要である弟が居れば、この場の維持には問題ないだろう。
そう結論付けると、私は出入口へと歩き始める。
その背を追いかけようとする弟をちらりと見ると、そんな言葉を残し、亜麻色の髪の少女は部屋の外へと消えて行くのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
・・・空が白んで来た。
あーちゃんはまだ見つからない。
昨日、決定的な手掛かりと思われる証言を得てからずっと。
ぼくは足を棒にして、この辺りを歩き回っていた。
その間、声を掛けた通行人はそれこそ無数に上る。
―――が、有力な手掛かりはあれ以降、ゼロだ。
足下から、主を心配するような、か細い鳴き声が上がる。
・・・が、それは今、ぼくの耳に届いてはいなかった。
視界に入る人影を追いかけ、声を掛けて、後輩の行方を尋ねる。
今のぼくはただ、それだけをひたすら繰り返している。
「悪いけど―――」「知らない―――」「後にしてくれ―――」
半ば朦朧となった意識の中。
甲高い耳鳴りに紛れそうになる声へと、必死に耳を傾ける。
足が痛い。
さっきからずっと、頭痛が酷い。
喉が渇きすぎて喉の奥が張り付きそうだ。
でも―――それがどうした。
あーちゃんはまだ見つかってないんだ。
彼女が消えてからもう二日、タイムリミットは近いと見て間違いないだろう。
今は少しでも、手掛かりを集めないと―――。
「―――い、返事し―――」
横合いから誰かに声を掛けられた―――ような、気がした。
一瞬、それが知っている誰かの声に思え、足を止めようとする。
だが、それが後輩のものではない事にすぐ気付き、すぐに歩みを再開する。
「ごめんなさい、後にして・・・あーちゃん・・・ブツブツ」
「・・・おい!聞こえてるのか?マル―――丸海人!!」
「!?」
ぼくは胸の内で密かに落胆しつつ、謝りながらその場を後にした・・・が。
歩み出したその一歩は、有無を言わさず肩を掴んだ力強い手によって、物理的に阻まれていた。
視野がぐるりと180度回転する。
目まぐるしく流れ、止まった視界の中心には、ここ数日の間にすっかり見慣れた申面があった。
「明さん・・・?」
「ああ、お呼びの通りの明さんだ。・・・そう言うお前はまた、随分な有様だな?目つきが尋常じゃないし、唇もカサカサだ。ちゃんと水分取ってるか?休止を挟みつつ進めないと、見つかるモンも見つからんぞ」
「え、と・・・」
呟いた通り、目の前には明さんの姿があった。
いつの間に現れたのだろう、彼女はいつも神出鬼没だ。
そんな脈絡のない状況にぼくは困惑しつつ、ためらいがちに口を開く。
―――今はそんな事より、彼女を探さないと。
「・・・ごめんなさい。ひょっとしたら大事な話があるのかもだけど、今、ぼく急いでるんです」
「・・・結構な人数でこの二日、【学園】中を探し回っても見つからないんだ。今更、お前が無理したところで状況は変わらんぞ?」
「・・・はい」
「―――と、言ったところで聞く耳持たんか」
「ごめんなさい」
ぺこり、と短く頭を下げ、きびすを返して歩き出そうとする。
背後で何か言っているような気がするが、後だ。
今はとにかく、得られた手掛かりを元にして、一刻も早くあーちゃんを探さないと。
・・・そう、口の中で一人ごちていると、するりと伸びてきた何者かの手によって、両側から頭を掴まれた。
「じゃあ、ぼくはもう行くんで―――」
「よ、っと」
「!?」
抵抗する間もなく、そのままぐい、と身体ごと後に引き寄せられる。
むにゅん。
後頭部が何か、とても暖かく柔らかいものによって包まれた。
反射的に身をよじって逃れようとすると、それが動きに合わせ変形する。
今までに感じた事も無い感触に、ぼくの全身は瞬時に凍り付いたように固まってしまった。
振り返るわけにも行かず、声だけで背後の人物へと呼びかける。
「・・・あの、明さん?」
「どうした?」
「つかぬ事を伺いますが、まさか。後頭部に当たってるのって・・・」
「ふふふ」
恐る恐る発した疑問に、くつくつと押し殺したような笑いが応える。
こちらからは見えないが、多分―――
いや確実に、ぼくの後頭部は豊かな双丘によってがっちりホールドされていた。
それまで、霞がかかったように朦朧としていた意識が、さっとクリアになる。
そして逆に、ぼくの思考はすっかりパニックに陥っていた。
カっと顔に血が上り、鼓動は早鐘を打ち始める。
良い匂いだな、とか、こんな感触なんだ、とか。
胡乱な思考が浮かんでは消えてを繰り返す間も、身体は微動だにできない。
そうして目を白黒させていると、ぼくの様子に満足げに頷いた彼女は訥々と語り出した。
「よしよし、思った通り。邪魔な贅肉も、珠には役に立つもんだな。わかってるとは思うが・・・動くなよ?動くと色々擦れて、困ったことになるからな」
「・・・何が!?」
「ご想像にお任せします。―――さて」
そして声のトーンを落とすと、彼女は一つの結晶を取り出し、ぼくの耳に宛がった。
爪先程の小さな結晶は、菫色の輝きを宿し、ほっそりとした指の中で煌めいている。
やがて、結晶の煌めきはぼそぼそと無数の人が囁くような声となり、ぼくの鼓膜を揺らすのだった。
「そのままでいいから、聞いてくれ。・・・今、【学園】中で梓の捜索が行われてる。協力者は彼女のクランメンバーと、『明峰商店』のツテで私が声を掛けた連中だ。24時間体制で各地から上がる報告を取りまとめて、全力でその行方を追っている所だ」
『・・・南エリア・・・目撃情報ナシ・・・』『・・・で・・・らしき人物を見たと証言が・・・』
「・・・これ、『泥艮』と戦った時と同じ―――?」
「そうだ」
更に耳をすますと、それは部屋の中に響く、無数の声であることが判る。
囁く声のその総てが、行方知れずの後輩を探し、その行方に関する情報を告げていた。
そこまで耳にして、ぼくはある事実を思い出す。
会取叶。
背後に居る彼女の弟が、数多の意志と声を繋ぎ、北海の大決戦において大いなる力を示した事を。
「引っ込み思案のあいつが、友人の危機にもう一度、自分の足で立つ決意を固めたんだ。【揺籃寮】を中心に、今、【学園】全土に散らばる人々の努力と情報が集約されている。・・・いいか?お前は、一人じゃない」
「一人じゃ、ない・・・」
オウム返しに呟くと、その事実がじんわりと心の中に染み入ってきた。
ぼくは一人じゃない。
明さんや、叶くん、他にも多くの心強い味方が、一緒になってあーちゃんを探してくれている。
それを理解すると、代わりに全身が鉛のように重くなった。
瞼がすとん、と自然と落ちてくる。
ああ―――ぼくは、こんなに眠かったのか。
「沢山歩いて疲れたろう?後は任せて、お前はもう休め」
「ごめん、なさ・・・あり、がと―――」
急速に薄れゆく意識の中。
それだけ言い残し、ぼくは眠りについた。
かくん、と全身が弛緩すると、菫色の燐光を残し、小さな身体が消失する。
そこまで見届けると、亜麻色の髪の少女は少年の居た腕の中に向かって、穏やかな声で語り掛けた。
「謝らなくたっていいわ。貴方はいつも頑張ってるもの―――」
普段の彼女を知る者が聞けば首を傾げるような、しかし、誰もが聞きほれるような。
そんな優しい声は朝霧の中に消えて、その場には仮面によって素顔を隠された少女が、一人。
やがて、少女もまた音も無く立ち去ると、その場には何の変哲も無い、早朝の風景のみが残されるのだった―――
今週はここまで。




