∥007-04 後輩の姿を求めて(上)
#前回のあらすじ:戦前の亡霊があーちゃんを攫った犯人・・・ってコト!?
[マル視点]
「・・・じゃあ、私は戻りますがー。先程、お伝えした事を忘れないようお願いしますね?くれぐれも、梓さんを見つけても無暗に突撃せず、必ず私に連絡!ですからねー」
そう言い残し、ひゅるりとヘレンちゃんの姿が消える。
昼前となった管理人室に束の間、静寂が下りた。
先刻、ヘレンちゃんの口から敵の『黒幕』についての注意があった後。
今後の行動指針についてのお話が続いて、現在。
ぼくの手の中には、半透明のプレート―――『任務』でも良く見るチケットが収まっていた。
ガラスでもプラスチックでもない、不可思議な硬質の物質で構成されたプレート。
それは、先刻彼女から手渡された緊急連絡手段である。
これを持った状態で、ヘレンちゃんへ語り掛ければ彼女へそれが伝わる―――の、だそうだ。
ぼくに限らず、部屋に集まった全員が同じ物を渡されていた。
ぼく、会取姉弟、エリザベス嬢、シルヴィ嬢。
合計5枚分のチケットが、ぼくたちの手に渡っている計算になる。
(さて―――どうしようか?)
そんな呟きを、小さく口の中で一人ごちる。
実行犯と思しき『怪力博士』。
そして、その背後に潜むという、ナゾの人物。
あーちゃんを攫ったとおぼしき連中の素性については判明した訳だが、逆を言えばそれだけだ。
結局のところ、ヘレンちゃんでも後輩の居場所は特定できずじまいである。
彼女の捜索としては、現状ほぼ手詰まりとなる。
ぼくに出来る事はと言えば、地道に足を動かして聞き込みを続けるくらいだろう。
「ふう。埒があきませんわね・・・シルヴィ!」
「はい、お嬢様。既に、『Wild tails』の主要メンバーには声を掛けてあります」
「ご苦労様ですわ」
「・・・どうする気だ?」
「どうもこうもありませんわ・・・!今回の一件、もはや私のクランに対する明確な挑戦ですわ。『怪力博士』だか、何だか知りませんが・・・。総員を以て草の根分けてでも探し出し、きっちりお仕置きして差し上げますわよ!!」
唐突に立ち上り、握りこぶしを振り上げ金髪の令嬢は啖呵を切る。
つい先程、ヘレンちゃんから迂闊に手を出すな、と忠告されたのも、耳に入っていないと言わんばかりだ。
そのままつかつかと、出入口まで歩いて行こうとする彼女。
その後ろ姿に向けて、明さんが待ったを掛けた。
「言いたいことは判るが、落ち着け。手掛かりの一つもナシに動くよりは、私達で協力して―――」
「シャラップ!実行犯としての疑いは晴れましたが、貴方がたを信頼した訳では無くってよ?協力するのならどうぞ、そちらで頑張ってくださいまし!」
それではごきげんよう。
―――と、綺麗なカーテシーを見せると、くるりときびすを返しエリザベス嬢は出て行ってしまう。
取り付く島もないその様子に唖然としていると、続いて、女性家令が音も無く立ち上がった。
こつこつと靴音を響かせ、主人に続き出入口へと歩き出す彼女。
「待ってくれ。頼むからあんたからも、エリザベスに―――」
「―――お嬢様の手前申し上げませんでしたが、貴方達に関してはわたしも同意見です。特に、疑いを向けられる身でありながら素顔すら晒さない、貴女のような方は」
「・・・!」
追いすがるように歩み寄った亜麻色の少女に、拒絶の一言が浴びせられる。
視線を上げれば、銀縁眼鏡の奥からブラウンの瞳が、冷ややかな光を湛えこちらを見つめていた。
その視線の冷たさに、思わずぎくりと身をすくめる。
次いで、ぼくは無意識に隣に立つ少女を見上げていた。
女性としては長身な彼女。
その素顔は現在、京劇風の面によって固く覆い隠されていた。
言われるまでもなく、話し合いの場にあって仮面を被ったままでは相手の信を得る事は難しい。
それは至極、当然の指摘である。
だが―――違うのだ。
ぼくは、彼女が素顔を隠すその理由を知っている。
そこに相応のリスクがあるからこそ、真剣な場であるこの時においても、彼女は面を外せなかったのだ。
それを知る第三者として、ぼくにはこの場を収める義務がある。
密かに意を決すると、ぼくは立ち上がり声を張り上げた。
「待ってください、それは・・・!!」
「全くもって、あんたの言うとおりだ。・・・すまなかった。これで、許して貰えないだろうか?」
「・・・・・っ!!!」
小さく、息を飲む音が響く。
ぼくの決意をよそに、明さんは実にあっさりと面を外していた。
一同の視線が集う中、素顔のままふかぶかと頭を下げる彼女。
その姿を直視したまま、綺麗なブラウンの瞳を大きく見開き、シルヴィ嬢は硬直していた。
―――神の手による彫刻が如く。
会取明という女性の美貌は、目にする者総てを魅了せずにはいられないのだ。
それをわかっていてもなお、巻き添えを食う形でしばし放心するぼく。
ようやく正気を取り戻し、慌ててぶるりと頭を振って活を入れなおすと、ぼくは再び口を開いた。
「・・・ぼくからも、改めて謝罪させて下さい。ご覧の通り、明さんには素顔を出せない事情があるんです。今更だけれど、先にきちんと説明しておくべきでした・・・」
「なる・・・ほど。これは、確かに」
そう呟く間も、シルヴィの視線は明の顔に貼り付けられていた。
口をついて出る言葉も、熱に浮かされたようにどこか浮ついている。
無理も無い。
予備知識のあるぼくでさえ、気を抜けばついつい、視線が吸い寄せられそうになるのだ。
女性家令は再びぼうっと輝く美貌を見つめた後、はっと気付くと慌てて眼を瞑り、大きく息を吐き出した。
「・・・先日、ちょっとしたいざこざが原因で愛用の眼鏡を無くしてな。失礼とは承知の上で、こうして顔を隠させて貰っている。気を悪くさせてしまったなら申し訳ない、この通りだ」
「いえ。・・・こちらこそ、申し訳ございませんでした。その、事情はよく理解できましたので―――面を付けて貰えれば、と」
「ありがとう」
シルヴィ嬢の言葉を受けて、再び申面を身に着ける明さん。
その素顔が覆い隠される瞬間、ああ、と残念そうなため息が洩れる。
完全に無意識だったそれに、ぼくとシルヴィ嬢ははっと顔を見合わせると、恥ずかしそうにぷいっとそっぽを向いた。
こほん、と誤魔化すような咳払いの後。
僅かに頬を紅潮させた女性家令は改めて、遠慮がちに口を開くのだった。
「・・・色々、納得が行きました。これは確かに、隠しておかねば身の危険がありますね・・・。ご愛用の眼鏡を無くされたというのは、ひょっとして―――?」
「ああ。既に耳にしているかもしれないが、先日マーケットであった騒動は、その時の事だ」
「心中、お察しいたします」
明さんが口にしたのは、湖上のマーケットで起きた、白昼堂々の眼鏡強奪事件の事だ。
主犯であるアイドルスターに見つかる事態を避けるため、明さんは未だ、うかつに外を出歩けない状況が続いている。
奴によって奪われた眼鏡には特別な効果があり、彼女の美貌を周囲から隠すのに役立っていたからだ。
現在、彼女が身に着けている京劇風のお面は、その代用品という訳だった。
あの時の一件は、【学園】の中でも随分噂が広まっているらしい。
そうした経緯で、シルヴィ嬢の耳にも入っていたようだ。
それを肯定した後の、彼女による気遣わしげな一言に、場の空気は先程の緊張感からようやく解放される形となった。
「・・・梓はよく、この寮に遊びに来ていてな。その人となりは、私も良く知っている。こちらとしても一刻も早く、彼女の行方不明を解決したいと思っているんだ。私に出来る事があれば、何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。その・・・、前言を翻す形とはなりますが、ご協力をお願いしても?」
「勿論だ」
「良かった・・・!」
目の前で、二人の手が固く結ばれる。
雪解けの形となった両者の姿に、ほっと胸を撫でおろすぼく。
フィリップス家の家令であり、クラン『Wild tails』の中核メンバーである彼女の協力が得られたのは大きい。
エリザベス率いる令嬢チームと、ぼくら【揺籃寮】チーム。
ただ闇雲に後輩を探すのではなく、この両者が手分けして捜索した方が、効率もぐっと上がるであろう。
「私の方でも、マーケットの知り合いを中心に情報を集め始めている所だ。何かわかり次第情報を共有しようと思うが・・・構わないか?」
「有り難く存じます。此方からも、クランメンバーが集めた情報を伝えさせて頂きますね」
「了解した」
「ぼくも微力ながら協力します。必ず、あーちゃんを見つけ出しましょう・・・!!」
三者三様に、しかし同じ目的を持って、決意を新たにする者達。
その後ろで遠慮がちに握り拳を固める叶くんを含め、この時よりあーちゃん操作網は【学園】全域に向け、大々的に展開される事となった。
しかし―――
その行方の手掛かりを掴む事すらできず、いたずらに時は進む。
忽然と姿を消した梓、その背後に見え隠れする怪人の暗躍。
少女の行方は何処に?
ヘレンの力すら欺く『黒幕』とは一体?
舞台は翌日、再び【揺籃寮】から始まる―――
今週はここまで。




