∥007-03 容疑者は『怪力博士』!
#前回のあらすじ:第一容疑者は戦前生まれのジジイ(らしい)
―――鳥保野蓮太郎。
神奈川県出身、享年98歳。
第二次大戦中に於いて、大日本帝国陸軍による秘密研究―――通称、『く号作戦』における中心人物として、その役割を果たす。
研究の舞台となった第18研にて行われていたのは、『怪力』の名を冠する、様々な殺人兵器の開発であった。
毒ガス兵器、指向性エネルギー兵器、特攻兵器。
そして―――『怪力兵』なる人間兵器に至るまで。
当時、30代の若手としては異例の抜擢をされた鳥保野は、それら全てに関わり、後に同研究所における所長の地位にまで登り詰めた。
しかし、研究はその成果が日の目を見ないうちに、太平洋戦争は終戦。
研究継続の必要性なしとして、第18研及びそこで開発されていた秘匿兵器は総て、解体・処分される事となった。
だが―――これに異を唱える者が現れた。
第18研所長、鳥保野蓮太郎その人である。
研究所の主自ら、秘匿兵器と『怪力兵』を引きつれ、何処かへと逃亡したのだ。
以来、彼の人物は『怪力博士』の名を以て、時折紙面を騒がせ、その度に市井の興味を大いに引く事となる。
曰く、彼の博士は都市の闇に潜み、日夜口にするのも憚られる研究に勤しんでいるという。
曰く、その野望は日本の地を戦火へと叩き込み、己の作品を世に放つ機会を作る事である。
曰く、彼の傍には『怪力兵』なる怪人達が侍り、超常の力を以て一騎当千の戦力を示すのだという。
そんな胡乱な噂は更なる風説を呼び、『怪力博士』の名はサブカルチャー作品において、定番の悪役として使われるようになった。
21世紀の現代に於いて、諸外国で最も知られた日本人名の一つですらある。
そんな彼が昨年、密かに息を引き取っていた事は、政府関係者でも一握りしか知る者は居ない―――
・ ◆ ■ ◇ ・
[マル視点]
「くゎいりき、はかせ・・・ですの?」
「ですです。どうやらリズさんは、ご存じ無いみたいですねー」
きょとんとした表情でオウム返しに呟く金髪令嬢へ、ヘレンはにこやかに相槌を打つ。
場面は先程と同じく、【揺籃寮】管理人室にて。
エリザベスご一行とヘレンちゃんを交え、ぼくらは後輩こと、羽生梓の行方について話し合っていた。
そして先刻、その行方を知る有力候補として挙がったのが、『怪力博士』こと鳥保野蓮太郎の名である。
この人物、日本では知る人ぞ知るというレベルの、ちょっとした知名人なのだが・・・。
「まあ、英国じゃ流石に、その名を知ってる人は少数派じゃないかな?」
「そう言うマルさんは、ご存じなのですか・・・?」
「はい。―――とは言っても、ぼくが知ってるのはせいぜい名前と、昔何をやったか、ぐらいです。・・・まず、『怪力博士』っていうのは映画やドラマなんかの悪役としての、鳥保野某の通り名、みたいなモンなんです」
「フィクション作品の、悪役?あの、実在の人物のお話なんですのよね・・・?」
シルヴィさんの問いかけを受けて、ぼくが入れた補足説明にかえって首を傾げる英国組。
やはりというか、某人物については歴史的経緯を含め、ちゃんとした説明をしないと話が通じそうにないようだ。
こほん。
ぼくは小さく咳払いの後に、説明を開始する。
戦後最大の怪人物と名高い彼の人物ついて、改めて一からの解説が始まるのであった。
「えーと。ではまず、時代背景から。むかしむかし、50年くらい前の日本に、とある研究所がありました。毒ガスとか人体改造だとか、こわーい研究を、いっぱいやっていた所です」
「50年前・・・。丁度、世界大戦が終わる前後の時代ですね」
「仰る通りです。でも結局、終戦と同時にその研究所も、解体されることになりました。―――が、それに異を唱える人物が現れたんです。それが、鳥保野蓮太郎博士でした。彼は研究所の所長として、『まだ研究は終わってない!私はまだまだ研究を続けるぞ!』って、政府に反旗を翻したんです」
「何だか、ロックな方なんですのね・・・。それから、その方はどうなったんですの?」
「逃亡しました」
「・・・逃亡?」
エリザベスの問いかけに、シンプルにそう答える。
終戦後、解体を命じられた研究所の主はそれに抵抗し、未だ混迷の中にある日本の闇へと潜ったのだ。
その際、持ち出されたとされる資料は多岐に渡るという。
貧者の核とも呼ばれるBC兵器、開発中であった指向性エネルギー兵器・・・などなど。
それらは何れも、悪用すれば容易く平和な日常をブチ壊せる程の代物であった。
当然、官憲は血眼になって某人物を捜索する。
しかし―――
「研究資料その他諸々を持ち出した博士を、政府は指名手配して追いかけました。ですが結局、見つからずじまいのままなんです。今でも警察署には、彼の手配写真が貼られているそうで―――って!ああ、くそ。何で気付かなかったんだ!あーちゃんと一緒にいたあの男、写真の顔と瓜二つじゃないか!!」
「お気づきですか?お兄さん。後悔先に立たずですよー」
「ぐぬぬ」
「・・・つまるところ結局、第一容疑者は鳥保野某で確定か」
博士についての解説を続けるうち、とある事実に気付く。
市場にて後輩とイケオジの同伴現場を目の当たりにした、あの時。
鳥保野博士の顔写真と、そっくり同じ顔がそこにあったからだ。
この顔見たら110番、などというまでも無く、本来ならばその顔にピンと来ているべきだったのだ。
あまりの失態に思わず、頭を抱えるぼく。
けらけらと笑うヘレンちゃんに対し、ぐぬぬと唸って見せるが時すでに遅し。
ほぞを嚙んで悔しがるぼくの姿に、ぼそりと申面の少女は呟くのだった。
「ちなみに補足しておくが、警察は何度か博士の潜伏先に踏み込んで、あと一歩という所で逃げられている。その現場に残された資料から、博士はつい最近まで、何らかの研究を続けていた事が判明しているそうだ。そういう点が想像力を掻き立てるって事で、鳥保野博士を題材にしたフィクション作品が幾つか存在するんだよ」
「所謂、『怪力博士』シリーズですねー」
「それが、先程お話にあったフィクション作品でしょうか?」
「ですです」
黒髪の女性家令の問いかけに、夏色少女は頷きを返す。
鳥保野博士、改め『怪力博士』の野望を巡るB級アクションスペクタル小説。
それは、映画化・ドラマ化を経て、戦後サブカルチャー界隈における一定の地位を確立していた。
その題名がすらすら出てくるあたり、ヘレンちゃんも作品のファンの一人らしい。
「都市の闇に潜み、幼気な少年少女を攫っては悪の怪人へ改造する怪力博士!その野望を阻止する為に闘う正義の私立探偵!うなる怪力!かっこいいアクション!束の間のロマンス!B級情緒あふれる、日本映画の傑作です。オススメですよー」
「は、はぁ・・・」
熱っぽく語るヘレンちゃんに、いささか引き気味に応じる英国組。
明さんによる補足の通り、鳥保野こと『怪力博士』は戦後映画のヴィランとして、ちょっとした有名人となっていた。
単身で政府に反旗を翻した反骨心に、現在も逃亡を続けるバイタリティ。
創作者としては、想像を膨らませる余地に事欠かない題材であろう。
問題は、その人物がよりによってこの、【イデア学園】に在籍していたという事だ。
「・・・で。よりによって何でその『怪力博士』ご本人が、少年少女に混じって怪物退治なんてやってるんです?」
「あははー。それに関しては色々と事情がありまして・・・。一応、首輪は付けてたんですよ?」
「首輪って・・・。一体、どうやって抑えを掛けてたんですの?」
「【学園】の関係者に危害を加えられないよう、思考をちょちょいっと弄ってあったんです。彼にとってここは、獲物捕り放題のボーナスステージみたいな所ですからねー。流石にそのまま、野放しには出来ませんでしたから」
リズ嬢の上げた疑問の声に、さらりとヘレンちゃんはそんな事を言ってのける。
平素から、実に様々な事をやってのける彼女であるが、その力はどうやら人の自意識そのものにまで及ぶらしい。
その事実にひやりとするものを感じつつも、その対象が自分でないことに内心安堵する。
―――まあ、余程の悪さでもしない限り、そういった扱いを受ける事も無いであろう。
それを加味した上でも、空恐ろしい話だ。
「ですがどうやら、それも無効化されちゃってるみたいです。全く、お恥ずかしい限りで・・・」
「・・・状況は理解したが、一つ疑問がある。お前が言うそれは、単純に個人でどうこうすれば解除できるような代物なのか?例えば、【学園】で犯罪を犯して同様の処置を施された者が居たとして。ある日突然、勝手に制限から解き放たれるような事は起こり得るのか?」
「起こり得ませんね。・・・何か別の、私に匹敵するような力の持ち主が介入したりしない限りは、ですが」
「ヘレンちゃんに匹敵するような、第三者・・・!?」
夏色少女ことヘレンちゃんはああ見えて、【学園】に君臨する最強戦力である。
真なる神たる『大いなるもの』の名は、伊達ではないのだ。
しかし、彼女の言が正しければそれに匹敵しうる何者かが存在し、今回の事件の裏で蠢いている事になる。
明さんから投げられた疑問に対し、返された答えはその場に居る全員に困惑と緊張を齎した。
更に少女の姿をしたかみさまは、こう続けるのだった。
「ですので皆さん、くれぐれも気をつけてください。梓さんを探し出して、博士を追い詰めたとしても、そこからが本番です。その背後に潜む『黒幕』とは、決してあなたたちだけで戦おうとはしないでください。この忠告を無視すると、何が起ころうとも保証できませんよ―――?」
今週はここまで。




