∥001-C 閑話・注目の新人について
#前回のあらすじ:ペンパルは金髪碧眼
[犬養視点]
「LILILI…II……LIIL…L…」
軋りを上げながらノイズに塗れ、次第に菫色の光の粒子へと変わりゆく巨体。
私はそれを後部を中心に中破したバスの車内より、戦場の様子を中継するモニタ越しに注視していました。
時はしばし遡り、バスを襲撃したUFO型シングの群れと、その場に乱入した銀の巨人―――『フライングヒューマノイド型シング』との戦いの、終盤。
鈍色に輝く巨体の全身が菫色の粒子と化し、踵の先に至るまで消え去るところまでを微動だにせず見届けます。
何しろこの怪物、一度は斃れたと思われたところを再出現し、一同を心底驚かせたという前科がありますから。
彼奴が消失した地点を油断なく睨み、復活の兆しも見えないことを確かめ―――私はようやく、そっと息を吐き出しました。
如何な怪物といえど、今度こそもう大丈夫でしょう。
そう断ずると、私は腕の一振りでモニターを消し、後部座席へと視線を向けました。
そこには一人の少女を挟み、向かい合う少年少女達の姿がありました。
片や金髪の、目にも鮮やかな真紅のドレスを纏った絢爛なる令嬢。
片や黒髪の、喰ってかかる令嬢の剣幕を苦笑まじりにいなす小柄な少年、という対照的な二人です。
そして―――その間できょとんと首を傾げる、細身の少女。
長い黒髪をポニーテールに纏めた、あどけない表情の彼女こそが、この戦いで頭角を現した期待の新星と呼べるでしょう。
羽生梓。
彼女を巡り、今後の【イデア学園】は大きな変革の渦に呑み込まれていく、そんな予感がします。
その根拠となる光景を、私は今一度記憶の中より呼び起こすのでした―――
□ ◆ ■ ◇
(間に合わない―――!)
更に時を遡り、場面は丸君が神業【バブルシールド】を初披露した直後へと移ります。
車体後部の防壁に生じた綻び、それを補うべく内部から補強する水壁とレンガの隙間を掻い潜り、UFO型シングが数体、扁平な体を活かして侵入したのです。
恐らくあれも、銀の巨人が配下を操り仕掛けた一手だったのでしょう。
単細胞的な動きしかできないUFO型シング達と違い、【彼方よりのもの】の上位種はその知能にも、一際の警戒が必要なようです。
何はともあれ、事態が発生した際対応が可能な味方は、車内に居た私とマル少年だけでした。
他の仲間達は、未だ車内で起きている事態に気付かぬか、周囲へ散った空飛ぶ円盤の対処に追われているさ中。
そして私もまた、周囲へ意識を向けていたせいで、襲撃に気付いた時既に、マル君は数体のUFO型シングに拘束されている状態でした。
目の前で、コバルトブルーに輝く水の防壁がぱちんと弾けて消失します。
外部の様子を映し出すモニタには、車両後部へ追撃を掛けんとする銀の巨人の姿がくっきりと映し出されていました。
間に合わないであろうと知りつつ、私は『シム』達を彼の下へ向かわせます。
「丸君―――!!」
―――視界の端で、後部座席から少女の姿が忽然と消え失せる。
次の瞬間、天井の向こうより膨大な神気が溢れ出し、それは清涼なる調べとなって周囲を満たしました。
びぃん。
竪琴の調べにも似た、涼やかな響き。
それと共に、少年の身体へ張り付いていたUFO型シング達が衝撃波に弾かれたように吹き飛び、床の上へ転がりました。
突然の事態に混乱する思考を何とか纏め、私は『シム』達の行き先を落下したUFO達の下へ修正します。
淡く輝く小人が素早い動きでトドメを差して回り、薄暗い車内を菫色の燐光が照らした時。
それを見計らったかのように、頭上の気配がバスの後方―――巨人の方へと移動するのを感じました。
「今のは、一体・・・?」
掌中の小槌を再び振るい、外部の様子をモニター上へ映し出すと、そこに映っていたのは信じられないような光景でした。
見惚れるような所作で古風な弓を引き絞り、光り輝く矢を巨人に向けて放つ少女。
放たれた一矢は複雑な軌跡を描き、巨人の全身の急所を余すことなく貫き、一撃のもとに葬り去ってしまったのです。
「【神格兵装】―――!」
私は一目で確信しました。
エリザベス嬢の愛鞭や、清水嬢の筆と同じく、己の権能を振るう為に現出せしめた、器物。
それは神を目指すという我々の目的にちなみ、【神格兵装】と呼ばれます。
彼女達のような【神候補】は必ず一つ、己の【神格兵装】を有しており、それが故に【装備型】と呼称されます。
尚、【装備型】の他には【使役型】、そして前者二つに分類できない【特殊型】が存在します。
丸君や西郷君が【使役型】、そして私が【特殊型】です。
故に、たった今巨人を討伐して見せた彼女は【装備型】であると、私は断じたのです。
しかし、その判断もすぐに揺らぐ事になりました。
「【神格兵装】が二つ―――!?」
神話に名高い草薙剣や八咫鏡といった神器。
それと比肩しうる、【神力】を扱う為の器。
唯一にして絶対、であるが故にその所持は一人につき、一つまで。
―――その筈でした。
しかし、かの少女は白木の弓と、光り輝く矢の二つを意のままに操って見せました。
両者が一組の神器である可能性も考えましたが、それにしては両者の放つ力の波長が一致しません。
その荘厳たるたたずまいに総毛立つものを感じつつ、私は脳裏でめまぐるしく思索を巡らせるのでした―――
□ ◆ ■ ◇
そして現在。
記憶にある凛々しい表情など無かったかのように、今、少女は無邪気な笑顔を浮かべています。
彼女の持つ【神格兵装】。
そこには何か隠された秘密があるのか、あるいは彼女自身が前例のないイレギュラーか―――?
あの時、少女が口にした【神格兵装】の銘。
そこに、秘密を解き明かす手掛かりがありそうです。
想像が正しければ、とんでもない代物が世に出てきた事になります。
「何れにせよ―――どうやら彼女が、今後の台風の目となりそうですね」
戦いの終結をきっかけに、周囲へ展開していた仲間達が戻りバス内がにわかに活気づき始めました。
その輪の中心にて朗らかに笑う少女を見つめながら、私はひっそりとそう、一人ごちるのでした。
※2023/1/15 文章改定
 




