∥007-01 羽生梓、失踪
#前回のあらすじ:用語解説おわり!
[マル視点]
「あーちゃんが・・・行方不明!?」
管理人室に、ぼくの上げた素っ頓狂な叫びが響く。
昼下がりの室内には現在、ぼく、叶くん、明さんの面々があつまっている。
その足下にはぼくの愛猫たるおりんちゃんが寝転び、慌てた様子の主人を見上げ、不思議そうな表情を浮かべた後、再び夢の世界へと戻って行った。
一方、テーブルを挟んだ反対側には、ぼくらと向かい合う形で二人の来客が着座している。
金髪碧眼のゴージャスな令嬢、エリザベスお嬢様と、その隣に佇むボーイッシュな黒髪の女性だ。
後者のほうは以前何度か目にしたことのある、あーちゃんとエリザベス嬢と同じクランに属する人の筈だ。
きちんとした自己紹介をし合ったことは無い筈なので、互いにこれがほぼ初対面となる。
紺色を基調とした、カッチリした女性用スーツに身を包みぴんと背筋を伸ばし、木製の椅子に腰かけていた。
その姿は服飾店でディスプレイされるマネキンのように、硬質な美を湛えている。
年は大学生くらいだろうか?
隣に座すご令嬢とはまたタイプの異なる、なかなかの美人さんである。
そこまでをさっと観察し終えると、ぼくは改めてテーブルの向かいに陣取る来訪者へと向き直った。
「それ、本当なんですか・・・?」
「何を白々しい・・・。マルカイト!貴方がそれを知らない筈が無いでしょう!さあ、私のキャシーを何処へ隠したの!?素直に白状しないと―――あひゅっ」
「・・・失礼」
「「「!!?」」」
ぼくの上げた疑問の声に、やたらヒートアップした様子の令嬢ががたんと椅子を引いて立ち上がる。
そしてびし、とこちらを真っすぐ指差すと、怒髪天を突くといった様子の令嬢は啖呵を切り―――
その直後、斜め後方から首筋に手刀を打ち込まれた。
皆が目を丸くする中、膝から崩れ落ちる金髪の令嬢。
その脇から腕を差し込んで立たせると、黒髪の女性はそのまま椅子に座らせる。
ぐったりと白眼を剥いたお嬢様をよそに、静かに着座した黒髪の麗人はかちゃり、と小さな眼鏡の位置を直す。
そして、つい先程の一幕など無かったかのように、穏やかな口調で語り出すのだった。
「・・・お嬢様がご迷惑をお掛けいたしました。改めて、フィリップス家家令のシルヴィア=テイラーです。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。丸海人です、こちらこそご丁寧に・・・。ところで、そのー。家令って・・・?」
「お偉いさんの家で、使用人の統率やら資産管理を担当する人の事だ。執事と似たようなものだが、あちらより担当する仕事の範囲がやや狭いらしいな」
「そのご認識で相違ないかと。的確な補足、誠にありがとうございます」
聞き慣れない肩書に首を捻っていると、横合いから助け舟が入り納得する。
明さんの言の通り、テイラー家はフィリップス家の直臣として、百年以上前よりその働きを、影に日向に助け続けてきた家系である。
そして二人は幼少期より、姉妹同然に過ごしてきた関係でもあった。
激情家で突っ走りがちな主と、冷静沈着で気配り上手の従者。
両者は付かず離れず、現在に至るまでその関係性は続いている、という訳だった。
「それでは僭越ながら、わたしから事の経緯を説明させて頂きます。発端となったのはきょう、お嬢様がこちら―――【イデア学園】へ到着してよりの事です。何時も通り、お嬢様はキャシー・・・梓様の自室を訪問しました。しかし、クランハウスにある彼女の自室は空だったのです」
「何処かへ出かけてた、って訳じゃなくて?」
「はい。その可能性は真っ先に考えましたが、何処を探しても結局、梓様は見つかりませんでした。そこで、クランメンバーへ聞き込みを行ったところ、昨日、マーケットへ向かったのを最後に誰も、その姿を見ていない事が判明したのです」
「マーケットに・・・!?」
彼女の言葉に、あの日、マーケットの一角にて目にした光景がフラッシュバックする。
雑踏の奥、あの時目にした彼女は、見知らぬ中年男性と連れ立って親し気に歩いていた。
―――結局、あの男性が何者だったのか、彼女との関係は如何なる物だったのか聞き出せていない。
体調不良のこともあり、彼女の口からその答えを聞く機会が得られなかったのだ。
そこへ来ての、今回の話である。
ぼくは妙な胸騒ぎを覚えつつ、再び口を開いた。
「・・・行き先がマーケットなら。単純に遊びに行ったか、買い物に出かけただけ、って可能性は無いの?」
「それは真っ先に考えました。ですが―――」
「キャシーはここ数日・・・ずっと寝込んでいたのよ!微熱が続いてて苦しそうで、原因もわからず歯がゆい思いを味わっていたわ。それなのに、ベッドを抜け出してふらふらと出歩くだなんて・・・!!」
「・・・!?」
エリザベスの口から語られる後輩の現状に、思わず言葉を失ってしまう。
ぼくが直接話をしようと電話したあの時、羽生のおじさんが語ったのもまた、彼女が熱を出して寝込んでいる、というものだった。
これは、本当に偶然だろうか?
ふと沸き上がったその疑問に、ぼくは突き動かされるようにして、現実世界における後輩の現状を語っていた。
訪問者二名は互いに顔を見合わせ、困惑を露にする。
「あの子が、現実世界でも同じように・・・!?」
「一体何が起きてるというの、キャシー・・・」
「・・・ふむ」
懊悩を露に友人の身を案じる二人に、それまで事態を静観していた人物が動く。
なお、その表情は申を象った面によって覆い隠されており、その場の人間に窺い知る事は出来なかった。
申面の少女―――明はしばし考え込むと、片手を上げてこう切り出す。
「失礼。不安も尤もだが、今はまず梓の居所を確認するのが先じゃないのか?」
「それが、わからないからこうして―――!」
「お前達、何か忘れてないか・・・?【学園】には、常に私達の動向に目を光らせている、小さな神様が居るって事を」
「それって・・・!」
明さんの言葉に、ぼくは思わず小さく叫びを上げていた。
いつでもどこでも現れる、頼れる存在。
夏色少女ことヘレンちゃんはいつだって、ぼくたちの事を見守ってくれているのだ。
神出鬼没にして全知全能、真なるかみさまである彼女の手に掛かれば、判らない事など何一つ無いであろう。
あーちゃんが姿を消した時の状況も、現在の居場所に至るまで、その全てがすぐに判明する判る筈だった。
ぼくたちはその事実に色めき立つと、早速ヘレンちゃんを呼ぶべく、その名を叫ぶのだった―――
今週はここまで。




