∥006-C 試作品を作ろう!(前)
#前回のあらすじ:天才に翻弄される秀才の悩み
[マル視点]
「ボバハハハハハハ!!」
「グバハハハハハハ!!」
薄暗い室内に奇妙な高笑いが木霊する。
声の主は赤いツナギに身を包んだ、髭もじゃのオッサン。
そして隣で同じく笑い声を上げる、緑のツナギのオッサンの二名だ。
緑のオッサンは赤い方とは対照的に、つるりと禿げあがった頭と、鼻の下にちょっぴり残したヒゲがトレードマーク。
二人のオッサンはひとしきり笑い終えると、かつかつと靴を鳴らしてこちらへ近寄ってきた。
目と鼻の先にまで二人が来る。
目線を合わせるぼくの首は僅かに下、少しだけ見下ろすような角度になっている。
・・・成人男性でぼくより身長低い人とか、居るんだ。
「ワガハイがアールヴリッグじゃ。存分に敬うがいい!」
「オレサマがドヴァリンダ!オマエが、楓ちゅわんが言っておった小僧ダナ?」
「・・・あ、はい」
赤と緑のちっさいオッサンが醸す無言の圧に押され、ついつい引き気味に生返事を返してしまう。
なんだか、妙に存在感のある二人だった。
赤銅色に焼けた肌に、寸胴で骨太の体型、口元に蓄えられた豊かなヒゲ。
その姿は、まるで伝承に残るドワーフの名工のようだ。
・・・と、言うか。
二人はそのものズバリ、後世に『ドヴェルグ(ドワーフ)』として伝わる名工達の一人。
神々の大地に住まう神族にも一目置かれたという、金属加工の達人その人である。
ヘレンちゃんの呼びかけに応え、例によって彼等もまた神代の世界より、【神候補】として喚び出されていたのだった。
そんな彼等の身体は小さいながらも、圧倒的な声量とマグマの如き活力を秘めているらしい。
先程から気圧されっ放しのぼくに助け舟を出すように、少し離れた場所から涼やかな声が上がった。
「顔合わせは済んだかな?彼等は普段から『宝貝』作りで協力して貰ってる、金属系素材に強い職人だよ。お兄さんのアールヴリッグが鍛冶、弟さんのドヴァリンが彫金の担当さ」
「火と金物に関してならワガハイに任せろ!ボバハハハ!!」
「兄貴と違ってオレサマは、細かい作業が得意分野ダ。存分に頼っていいゾ?グバハハハ!!」
「は、はあ・・・。ヨロシクオネガイシマス」
至近距離から再度の高笑いと共に、唾のしぶきが大量に飛んでくる。
思わず「==」の形に表情をしかめつつ、ぼくは片言で挨拶を返すのだった。
―――さて。
そもそも何故ぼくが、このアクの強いオッサン達と顔合わせをしているのか?
それは先日、楓さんに依頼した『宝貝』作りが事の発端となる。
紆余曲折を経て、ようやく素案が纏まった新『宝貝』。
作る予定の武器は剣だが、楓さんによるとどうやら、彼一人で制作するのではないらしい。
柄や刀身といった、各部位ごとに製造を担当する人が別になるのだとか。
先程対面した、チビドワーフの名工達がそれである。
この場の集まりが催される前、折角だし中核メンバー同士で顔合わせをしておこうと、ひょんな所から話が飛び出したのが数刻前。
あれよあれよと心の準備が整わぬままに、【揺籃寮】の楓さんの自室にてこの面々が集まった。
―――と、いう訳だ。
ちなみに、この場に他の寮の住人は居ない。
「じゃあ、改めて。この4人が、新『宝貝』製造の中核メンバーだよ。僕は、術式構築と全体の調整担当。マル君には試作品のテストを担当して貰う予定だから、宜しくね?」
「はい!でも、なんか実感沸かないですね・・・。ついこの間まで、案を出してはボツにされてを繰り返してたばかりだったのに」
「ボバハハハ!それが産みの苦しみっちゅう奴じゃな!キサマも製作者として、端くれ位にゃ成れたって事じゃろう。まだまだ卵の殻の取れん、ヒヨッ子じゃがな!!」
「どうせ産ませるのなラ、女相手の方が良いガナ!グバハハハ!!」
「違いねぇ!ボバハハハ!!」
「おぉう、ド直球下ネタ・・・」
ちっさいオッサン達が放つ下ネタに辟易しつつも、会話は続く。
普段の交友関係で、こういうシモの話が飛び出す相手と言えば『フィアナ騎士団』の兜野郎共が真っ先に思い浮かぶ。
が、あれはどちらかというと妄想先行で、あんまり実体験に則した内容が出てくる事は無かったように思う。
そればかりに、生々しいセクハラ発言を臆さず放つ彼等の存在は、ぼくにとって異質だ。
ちらりと盗み見れば、楓さんの口元が僅かにヒクついている。
腕はともかく、人格的にはちょっぴり苦手意識を持っている相手なのかも知れない。
どうにも一癖も二癖もある職人兄弟に、ぼくは内心ハラハラしつつ説明の続きを待つのだった。
「えー・・・コホン!それじゃあ本題として、これから制作する品についてなんだけど。まずは、これを見て欲しい」
「ホウ!」「フム?」
「これは・・・図面?」
「その通り。これが現段階で僕が纏めた、『剣』のおおまかな外観と構造さ」
ばさり、と長方形のテーブルの上に広げられたのは、一枚の図面らしきものだった。
分厚い紙面の上には、シンプルな線だけで構成された絵図、寸法や材質といったものがいたる所に、細かく書き加えられている。
ざっと見た限り、棒状の物体を中心に無数の部品が集い、全体としてひとつの機構を造り上げているように見える。
しかし、素人目にはそれがどんな効果を持つのか、さっぱりと判別できなかった。
チンプンカンプンのままひとり首を捻っていると、椅子の上に膝をついた姿勢で食い入るように見入っていた職人兄弟から、ぶつぶつと呟きが上がる。
「ここがここに繋がって・・・、ふむ。しっかし、妙ちきりんな剣じゃな」
「形状は本当にこれで合ってるのカ?これじゃ剣と言うより、注射器だゾ」
「・・・注射器!?」
「ふふ、その感想は言い得て妙だね」
職人の視点からの指摘、その中に紛れ込んだ、聞き慣れたフレーズ。
ある意味でこの場に最もそぐわないそれを前に、ぼくは思わずぎょっとなる。
注射器と言えば、採血や予防注射でお馴染みの医療器具だ。
それが、剣の形状に対する寸評で出てくるとは、一体全体どうなっているのか?
答えを求めるように視線を投げかけた先で、若き宝貝製作者はアルカイックな微笑みを浮かべていた。
「答え合わせをするより前に、ちょっとだけおさらいをしようか。この武器―――仮称『万能スポイト』は、中世の錬金術理論をベースにしたものだ。そういう意味では、『宝貝』と呼ぶより『錬金武器』と呼んだ方がふさわしいかな?」
「ぼくが元となった案を持ち込んだ時、確かそんな事を言ってましたね。錬金武器・・・宝貝・・・?どっちで呼ぶのがいいんでしょうか?」
「それはまあ、好みでいいと思うかな。それはともかく、僕はこれを纏めるにあたり、その下地としてパラケルススの提唱する『三元質』の法則を組み込んだんだ」
「えーっと、確か肉体を構成する三つの要素は『硫黄』『水銀』『塩』だ。って話だっけ?」
「そうそう、よく覚えてたね」
楓さんの言葉に、数日前この部屋で彼から聞いた話を思い返す。
確かぼくが持ち込んだ案に対し、それを実現するには錬金術を用いる必要があると言われた、筈だ。
「これは、媒介となる素材に溶け込んだものを『三元質』に分解して、抽出と限定的な組み換えを行う。その為のツールなんだ」
「ふむ?するってぇと何か、この先っちょからその『何か』を吸い上げて、ここに溜めるって事か。・・・だが、動力はどうする?シリンダーもモーターも見当たらんぞ」
「そもそもの話、肉体の素は硫黄でも水銀でも無いダロ。昔の奴が適当に吹かした法螺を真に受けて、動きもしないガラクタデモこさえる気カ?」
太く豆だらけの指が図面の上を滑り、『剣』の先端部から刃らしき部位の根本を指し示す。
確かに、刃本体の中心から根本までは空洞になっており、そこに何かを溜めるスペースがあるように見えた。
しかし、続いて二人から出されたのは、楓さんの説明に対する容赦のない指摘だった。
錬金術とは、自然科学がこの世に誕生する過程で生まれ、今となっては廃れた技術だ。
それは科学の下地となる知見や理論を齎したが、骨子となる理論の多くは誤解や見当違い、率直に言えばでたらめばかりだった。
ドヴァリンの指摘通り、『適当に吹かした法螺』そのものなのだ。
今更とは言え、彼の指摘はこれからの作業を進める上で避けて通れるようなものでは無い。
だが、反論を前に楓さんの笑みは崩れなかった。
「君の言うとおり、人体を構成する要素に化合物としてはともかく、単体としての硫黄は含まれていない。水銀は言わずもがな、だね。そもそもの話を言えば、錬金術自体が、世界に対する人々の誤解から産まれた技術だ。でも―――理論が間違っていたとしても、結果として正解を引き当てる事はあるんだ。ところで話は変わるけれど、皆、『サルがタイプライターを・・・』って、例え話を知ってるかい?」
「フム・・・?」
「『サルがタイプライターの鍵盤をいつまでもランダムに叩きつづければ、ウィリアム・シェイクスピアの作品を打ち出す』・・・って、例え話で引用されるフレーズでしたっけ。可能性は無限に存在するけれど、限りなくゼロに近い出来事が起こるのはそれぐらいありえない事なんだよ、って意味の」
「うんうん、良く知ってたね。マル君の言うとおり、神はサイコロを振らないし、サルがタイプライターを叩いたところで傑作が生まれる訳もない。でも・・・仮に、そのサルが特別だったとしたら?」
「ナヌ?」
ドヴェルグの指摘から始まった話は、若き宝貝制作者による奇妙な例え話へと繋がる。
そして、その締めとして彼は一つの疑問を投げかけた。
―――ありえない可能性の実現を試みる挑戦者が、特別な存在だったとしたら?
それは、仮定に仮定を重ねた机上の空論そのものだ。
しかし、ぼくらはそれを体現する存在が、この世に実在することを知っている。
「結論から言えば―――『三元質』の提唱者、錬金術師パラケルススは覚醒者だった。彼が発見した世界の神秘も実験の成果も、全てはその特異なタレントから齎された結果だった、という訳さ」
そう言葉を絞めくくると、黒髪の少年は謎めいた微笑みを浮かべる。
それを前に、ぼくらは揃って驚愕の表情を浮かべるのだった―――
今週はここまで。




