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お釜大戦  作者: @FRON
第六章 震撼☆フレーズ!!
271/345

∥006-19 お別れはキャンセルです

#前回のあらすじ:持ってて良かった迷路倉庫



[マル視点]



「ぐすっ、ひっく。うぅ・・・」


「ほら、いい加減泣き止みなってば。もうすぐ寮だし、皆に泣きっ面見られちゃうよ?ほら、鼻かんで、()()()って」


「ありがとうございま()・・・()()()!」



夕刻。


空の向こうはわずかに暮れなずみ、忍び寄る夕闇が刻一刻と、その脚を伸ばしつつある。

長く伸びた影法師を足下に張り付かせ、ふたりの少年が()()()()と道を歩いていた。


方や、白髪に赤眼、美少女と見紛うばかりの美貌の少年。

もう一方は、小柄で小太りな体格の、黒髪の少年。


()()()()と泣きじゃくる白髪の少年―――(かなえ)くんを宥めつつ、小柄な少年―――マルが背後から支えるようにして、歩みを進める。

道中、幾度も立ち止まりながらも、二人はゆっくりとだが目的地にたどり着きつつあった。


マーケットでの一件の後。


遠巻きに周囲を取り囲んでいた群衆は、それまでの熱狂から覚めたように、正気を取り戻していた。

一人、また一人と気まずそうにその場から離れ、その場には蹲る二人だけが残される。


何も言わず泣きつづける白髪の少年、その隣で途方に暮れるぼく。

心の中は千々に乱れていたが、叶くんの狼狽ぶりを見たお陰か、かえって冷静さを保つことが出来ていた。


それでもしばし、悔しさと無力感に苛まされ、それを何とか呑み込んだ後。

ゆっくりと立ち上がると、ぼくは泣きべそをかいたままの叶くんを手を引いて立たせる。



「帰ろう」



そう、一言だけ告げると、ぼくらは帰途についたのだった。

そして現在、ようやく泣き止んだ白髪の少年が、()()()と心境を吐露する。



「・・・ぐす。お姉ちゃん、大丈夫でしょうか・・・」


「えっと。それは、その・・・うーん」



彼が呟いたのはやはりというか、姉の身を案じる一言であった。

叶くんらしいな、と感じる傍ら、ぼくはどう答えたものかと首を捻る。


あの男―――(ホァン)と言ったか。


躊躇いなくぼくに暴力を振るった事といい、叶くんが弟と気付くや、その身の安全と引き換えに関係を迫った事といい。

明らかに、()()()()()()に手慣れている様子だった。


国際的に有名なスターの素顔が()()()は、とんだ醜聞もあったものだ。

だが、それより今は、奴に連れ去られたままの明さんの事だ。


あんなクズ男と二人きりでは、さしもの彼女でも無事で済むとは思えない。

僅かに悩んだ末―――ぼくは、答えを()()()()()事にした。



「その、(あきら)さんの事だし・・・。大丈夫だと思う、かな?」


「・・・です、よね」


「―――そ、それより!急に話は変わるけど、双子というだけあって彼女、素顔はきみにソックリだったよね?薄々そうじゃないかとは思ってたけど、実際に見ると瓜二つでびっくりしちゃった」


「え?・・・あ、はい」



急に180度方向転換した話題に、叶くんは赤い瞳を大きく見開き小首を傾げる。

我ながら無理やり気味な話の持って行き方だと思うが、この話題を続けるよりは良いだろう。


乗ってくれるか内心ハラハラしつつ、彼の反応を待っていると、ふっ、と表情を和らげながら、少年は思い出話を始めるのだった。



「確かに小さい頃はよく、そう言われてました。鏡合わせみたいにそっくりだ、って。あの頃はもっと、身体が弱かったですから。ボクが外に出る時は決まって、お姉ちゃんに背負われてるか、手を引かれてるか、どっちかでした」


「そうだったんだ・・・」



話題転換が功を奏したのか、叶くんの表情がいくらか和らぐ。

幼少期の思い出を語るうちに、心境が落ち着いてきたのだろう。


彼の反応に()()と胸を撫でおろすと、ぼくは相槌を打ちつつ再び口を開くのだった。



「でも、途中から明さん、素顔を隠すようになっちゃったんだよね?それって、何時頃からなのかな?」


「・・・え、っと。確か、中学に上がって少しした頃から、だと思います。視力は落ちてないのに眼鏡を掛けるようになって、気になってボクが聞いたら、『()()()()()()()』って。あ、でも・・・」


「でも?・・・何か、気になる事でもあるの?」



どうやら、明さんが眼鏡っ子デビューしたのは中学時代の事だそうだ。

眼鏡と言っても()()()()なのだが、それよりも何かを言いよどむような、叶くんの様子が気になった。


そこで事情を聞くことにしたところ、彼の口から語られたのは驚きの出来事であった。



「思い過ごしかも知れないんですけど・・・。その頃、ボクが家にいる時、()()()()()()()()()()()()()()()()()事がありまして。お姉ちゃんが眼鏡を掛けるようになったのも、それからのような・・・?」


「え、何それ怖い。詳しく教えて教えて」


「あ、はい。・・・その日も、ボクは体調を崩して寝込んでました。お昼過ぎ、くらいでしたでしょうか。ふと目が覚めると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――」


「ひえっ」



普通に恐怖体験だった。


起き抜けに部屋を覗き込む不審者と目が合うだなんて、想像するまでもなく恐ろしい。

ぼくは思わず()()()と震え上がると、隣を歩く少年に話の続きをせがむのだった。



「・・・そ、それで?きみは大丈夫だったの?」


「すぐにお姉ちゃんが、警察の人を呼んでくれたので・・・。それで、その時侵入したのは同じ学校の人だったそうです。・・・ほとんど登校してないから、ボクは知りませんでしたけど。その人、その出来事がある少し前にお姉ちゃんに告白して、断られてから行く先々にこっそり、付いて回ってたそうなんです。家に来たのも、それで・・・」


「ストーカーじゃん!・・・よく無事だったねえ」


「あ、いえ。()()()()()()()()()()()というか・・・」


「えっ」



背筋も凍るようなエピソードに、思わず()()()()と鼓動を早めながら話に聞き入る。

最期まで聞き終えた後、結局何事も無かった事に安堵していると、叶くんは()()()と不穏なことを口にした。


思わず聞き返すと、更に恐ろしいエピソードが彼の口から飛び出してくるのだった。



「ベランダの男の人は、それきり見てないんですが。・・・代わりにその後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。聞いた話だと、お姉ちゃんにしつこく付きまとった挙句、()()()()()()()()()()()、とか・・・」


「ひええ・・・!」



確かに大丈夫じゃなかった。

立て続けに語られる、()()()()()()()()()()()()()()()にもはや何も言えなくなってしまう。


先程、あの粗暴な男と対面していたシーンでも、素顔を晒しただけで周囲の視線を()()()()みたく吸い寄せていた、彼女の美貌。

その破壊力は、どうやら()()()()()()()()()()()ようだ。


魔性の魅力は同級生のみならず、一度会っただけの警察官まで虜にしてしまったらしい。



「それで、その日のうちに()()()―――茂羽賀(もうが)さんに相談して、お家を引き払うことになったんです。ボクもお姉ちゃんも転校して・・・。あ、やっぱり()()()からですね」


「その後・・・って、()()()()のこと?」


「はい。引っ越し先ではイメチェンするから、って、知り合いからお古の眼鏡を譲って貰って。それからは、ずっとです」


「茂羽賀さん、って・・・。あの、ちょっと()()()()()()()()?ひょっとして、一緒に暮らしてたの?」


「はい」



話の途中、不意に飛び出した名前にぼくは以前、マーケットで見かけた白髪交じりの初老の男性を思い浮かべた。


たしか火傷痕の印象が強い、強面の男性だった。

どうやら彼と会取(えとり)姉弟の縁は、予想より()()()()()()()()()()のようだった。


・・・叶くんの思い出話は続く。



「モガ爺とおヨネさんは同じ故郷の出で、ボク達みたいな似たような境遇の人を集めて、面倒を見てくれてたんです。ボク、お父様もお母様も小さい頃に亡くしちゃってて。薄情なんですけど、もうほとんど顔も思い出せないんです。・・・だけど、あの二人はすごく良くしてくれて―――」


()()()()()。・・・みたいな感じ、なんだ?」


「はい。二人とも、あったかくて大好き、です」



ぼくの言葉に小さく頷くと、彼は()()、と穏やかな笑みを浮かべる。

それはとても美しく、心からの信頼を感じさせるものだった。


思わず目を奪われ、束の間放心していたぼくは、慌てて首を振って気を取り直す。



「・・・そうだったんだ、教えてくれてありがと!あ、そろそろ寮に着くみたいだね。早いところ涙の痕は拭いちゃおう。でないと、せっかくの()()が台無しだよ?」


()()()。・・・えへへ、なんだか、お姉ちゃんみたいです」


「『()()()()()()()()()()()』―――って。どう、今の似てた?」


「くすくす・・・」



ハンカチで目の端に残った涙を拭くと、ぼくらはくだらない冗談で盛り上がる。

全然似てない明さんのモノマネに、彼はひとしきり笑うと、どこか寂しげな表情で()()()と呟いた。



「・・・お姉ちゃん、無事でしょうか」


「・・・」


「本当は、わかってるんです。危なそうな人でしたから、怖い目に遭わされてるかも、しれません。でも、お姉ちゃんなら・・・。あのドアを開ければ何事もないように居てくれて、『()()()()()()()()()()()()』って。そんなふうに普段通りに出迎えてくれたら、って・・・」


()()()―――」



彼の言いたい事はわかる。


明さんは何と言うか、()()()()()だ。

何を考えてるか全然わからないし、何があっても泰然としていて、全く動じない。


少なくとも、ぼくの目からはそんなふうに見える。

だから―――ぼくも、大丈夫だと()()()()


だけど、そう信じきれない自分もまた、居るのだ。



「そう願いたいのはぼくも同じ。だけど、もしかすると―――()()()()()()()()()()()()()()()()。それは凄く嫌なことで、想像するだけでも悲しくなるけど。・・・せめて、覚悟だけはしておかないと」


「―――」



もしかすると、明さんはもう帰って来ないかも知れない。


一瞬、脳裏に浮かんだ()()()()()()()に、猛烈な自己嫌悪を覚える。

それでも、その()()()()()()()()()のだ。


ぼくに出来る事は、何があろうと彼女の帰る場所を守る事だけ。

そんな決意を胸に秘め、叶くんの反応を見る。



「・・・わぁ!?な、()()()()()()()()()()()・・・。変な事言ってごめん・・・!!」



彼は、無言のまま()()()()と珠の涙を零していた。

感情が抜け落ちてしまったかのようなその様子に、ぼくは慌てて謝罪を繰り返す。



「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・!」


「泣き止んでよ・・・。お願いだから、でないとぼく、ぼくだって・・・」



姉を呼びながら泣きはらす少年。

その姿に、思わず()()()()()してしまう。


ぼくら二人、道の真ん中で突っ立ったまま大粒の涙を零す。

そうして()()()()と泣いていると、不意に傍らに誰かが立つ気配を感じた。



「ううっ、うわーん!!」


「ぐす、ぐすっ・・・」


「・・・お前ら、二人揃って何してんだ?」



()()()()()()()()()()()()()()()が響く。

いかにも呆れた調子の、耳に馴染むその声。


振り向けば、涙で霞んだ視界の中に()()()()()()()()が映っていた。



「ぐすっ。あ"き"ら"さ"ん"・・・?」



嗚咽混じりの声で、思わずその名を呼ぶ。


艶やかな亜麻色の髪、叶くんとよく似た顔立ちの、しかしより大人びた顔。

ジャージの上の代わりにスポーティな白のタンクトップと、素顔を晒している点だけは普段と違うが、間違いなく明さんだ。


彼女はぼくらを交互に見やると、呆れたように嘆息しつつ口を開くのだった。



「・・・天下の往来で、大の男が恥ずかしい。交通の邪魔だぞ、何時までもべそかいて無いでとっとと入れ」


「え?待っ・・・」


「おねえ、お姉ちゃん・・・!!」



混乱するぼくらをよそに、来た道を戻ってゆこうとする彼女。


その背に、涙と鼻水で顔をいっぱいにした弟くんが()()()する。

やれやれ、といった様子でそれを受け止めると、彼女は小さく微笑みながら嘆息した。


・・・何と言うか、あまりに普段通りの姿だった。


あれから、()()()()()()()()のか?

あの男は、()()()()()のか?


それを聞く暇も無く、背中に叶くんを貼り付けたまま彼女は行ってしまう。

向かう先には、半開きになった【揺籃(ようらん)寮】の玄関扉があった。


・・・いつの間にやら、ぼくらは寮のすぐそこにまで来ていたらしい。


予想外の出来事の連続に放心していると、周囲に誰も居なくなったことに気付き、慌てて駆け出す。

既に扉を潜り、玄関へと消えつつある彼女の後ろ姿を追って、ぼくは()()()()と走るのだった―――




  ・  ◆  ■  ◇  ・




「―――で。()()()()()()()()()んです?」



そして、いつもの管理人室。


あれから顔を洗って鼻をかみ、身づくろいを済ませたぼくらは木製の丸テーブルを挟んで、明さんと向かい合っていた。

ちなみに、向かい合っているのはぼくだけで、叶くんは彼女の隣に()()()()としがみ付いている。


・・・()()()()()()()()



「お前は、向こう。・・・()()()?」


()()()・・・」


「ま、まあまあ・・・」



有無を言わさず身体から引きはがされ、ぺっ、と床に放り出される。

そして、半べそをかきながら蹲まる弟に向かって()()()、と指を突き付ける姉。


その有無を言わせぬ調子に()()()()と歩き、叶くんはぼくの隣に()()()()と腰かけた。

目に見えて()()()()()している彼の肩を叩きつつ、ぼくは二度目の疑問を口にする。



「それで。二度目ですけど一体、何があったんです?」


「語るまでもないが。・・・一言で説明すると、()()()()()


「えぇ・・・?」



ぼくが口にした疑問に返ってきた答えは、()()()()()()()()()だった。


マーケットで遭遇した()()()()こと、アイドルスター黄。

それを置き去りにし、彼女は一人寮に帰ってきていたらしい。


ゆっくりとながら、真っすぐ帰ってきた筈のぼくらより()()()していたあたり、相当早い段階で男を撒くことに成功していたようだ。

そのあまりの手際の良さに、呆れ半分驚き半分といった調子の声を漏らす。


彼女は()()()()、といったふうにかぶりを振ると、大きく嘆息した後に経緯の説明を続けた。



「・・・全く。一体何が楽しいのか知らんが、()()()()()()()からは逃げるに限る。愛用の眼鏡と、ジャージの上は手痛い損失だったが。・・・まあ、()()()()()()()()


「よ、よく無事でしたね・・・?」


「まあな。()()()()し、()()だ」



そう言うと、美しい()()()()に指先を当てつつ、少し考え込むような様子を見せる。

普段から見慣れた彼女の仕草だが、素顔のままそれをすると十割増しで美しい。


思わず視線が吸い寄せられるのを自覚しつつ、あまり見過ぎないよう気をつけながら、ぼくは質問を続けた。



「えーっ、と。・・・とにかく、何事も無いようで良かったです。でも・・・。無くした物は何処に行ったんでしょう?心当たりはあります?」


「ジャージはともかく。眼鏡は最悪、あの男に()()()()()()()()だろうな。それに関してはまあ、()を考えてあるから大丈夫だ」


「それって・・・?」


「お前は知らんだろうが、あれは凄~く、()()()んだ。今後、奴があれを盾にとって、何かを要求してくるかも知れん。・・・が、それならそれで、()()()()()()()()()()()



彼女の言によれば、普段着ているジャージが無いのは、眼鏡と同様()()()に盗られたせいらしい。

何とも腹立たしい話だが、それについて尋ねたところ、どうやら彼女には腹案があるようだった。



()()()()()、・・・ってコト?」


「ああ。・・・一体何を私から盗んだのか、()()()()()()()()()思い知るといいさ」



そこで言葉を切ると、()()()と彼女は口元を吊り上げる。

実に()()()()な笑みであるが、今の彼女がやるとなんだか悪女っぽくて、()()()()する。


・・・実際、悪い事を考えているのだろうが。

矛先がこちらに向かないなら()()()()()()()


―――そんな感じに胸を撫でおろしていると、唐突に隣から()()()()がぶち上がった。



「でも、良かったです。お姉ちゃんが帰ってきてくれて・・・。マルさんがもしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ボクてっきり・・・!」


「・・・()()()?」


()()



()()、と壊れた人形のような仕草で横を向く。

そこには安心感で()()()()()の、叶くんの笑顔があった。


曇りのない笑顔に何も言えず、()()、とぎこちなく前を向き直る。

そこには目を『甘甘』の形にした明さんが、()()()、とこちらを睨んでいた。


待って、()()()()()



()()()()()。愚弟に()()()()()()()()()()()?」


「・・・違うんです。そういう可能性もあると、あくまで警告しただけで―――」


()()()?」



()()()()とかぶりを振りつつ、身の潔白を主張する。

だがしかし、必死の訴えは聞き入られることは無かった。


()()()、と椅子を引き、明さんが立ち上がる。



「つまり私が、あの屑野郎と一晩しっぽりしけ込んで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()考えた訳だ、お前は」


「・・・ち、()()()



ゆっくりと歩み寄る彼女を前にして、無意識に椅子の上で後ずさる。

しかしすぐに背もたれに退路を断たれ、絶望の表情でぼくは上を見上げた。


―――()()()()()()()()()()()()()()()()()


そんな言葉が脳裏に浮かぶような、()()()()()()()浮かべた美女がそこにいた。

一つ一つ言葉を区切りつつ、彼女は事実確認を始める。



「・・・先に、断言しておくが、()()()()()()()()()。下品な手つきで触られはしたが、それ以上エスカレートする前に、()()()。よって、私は()()()()。身の潔白は明白だ、()()()()?」


「お、()()()()


「よし。互いの認識が一致した所で、罪状を()()()としようか」


()()



()()()


白い手が顔の横に伸びて、椅子の背もたれが()()()と掴まれた。

両腕で身体の両サイドをホールドされ、椅子の上は頭上を除き完全に包囲されていた。


逃げ場の無くなった空間で、ぼくは明さんと向かい合う。

至近距離で。


・・・()()


俯き気味に視線を合わせているせいか、豊かな胸が重力に引かれて下がり、しかし紡錘形の双丘は見事なバランスを以て宙に静止していた。

タンクトップの襟元から()()()()が見えそうになり、慌てて視線を上げる。


―――少し動けば触れそうな距離に、あの()()()があった。

間近に見ると、もう()()()()()()()


染み一つない抜けるように白い肌、釣り目がちな切れ長の目、得も言われぬ色合いのねずみ色(グレー)の瞳。

艶やかな亜麻色の髪は()()()()で、少し動く度に窓から差す陽光を受けて煌めている。


すっと通った鼻筋も、ほんのり桜色に色づいた唇も、その全てが目と鼻の先にあった。


群衆の視線をたちどころに奪った美貌が、視界いっぱいを満たしている。

意識しないようにしていても、見る見るうちに顔が紅潮し、鼓動が早くなるのを感じた。



「私が、あの馬鹿男の相手に苦労していた間。お前は他人様を題材に()()()()()()()()()()()。・・・そうだな?」


「ち、()()()()・・・!」


()()()()()()()()()。一体()を想像したんだ?私が味わった苦労も知らずに。()()?この―――」



更に距離が狭まる。


触れる、と思ったその時、反射的に()()()、と両目を瞑っっていた。

しかし、彼女の口元は横へと逸れ、ぼくの()()へと移動する。


僅かな吐息が耳朶を()()()()感触に、思わず()()()と震える一方、亜麻色の髪の少女は捕食者の笑みを浮かべた。



()()()


「・・・っっっ!!??」



()()()


()()()()()()()()()()

甘くハスキーな囁きに恥ずかしさが極限にまで達し、ぼくは呆気なく白目を向いていた。


()()()()()()()

そんな女騎士めいたモノローグを残し、ぼくの意識はブラックアウトする。



「ま・・・()()()()()()!!?」



暗転してゆく意識の中、最期に感じたのは耳朶を撫でる響きが残した、甘美な衝撃。

そして、昏倒するぼくを前に小さく叫ぶ叶くんの悲鳴と、実に楽し気な明さんの笑い声だった―――



今週はここまで。

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