∥006-18 倉庫番すぺしゃるなう
#前回のあらすじ:会取姉、化ける
[明視点]
「―――ここです」
「フゥ~~ン?なんだか、殺風景な所だね・・・」
ばたん、と扉を閉める音。
簡素な金属扉の向こうには、小ぢんまりとした板張りの部屋が広がっていた。
外から差し込む光に照らされ、宙を舞う細かいホコリが白く浮かび上がっている。
しんと静まり返った部屋の中には、一抱えもある木箱や、戸棚に積み上げられた木材といった品がが整然と並んでいた。
向かって正面側には、両開きの扉。
見る限り、倉庫の中には彼女達の他に誰も居ないようだ。
男の言の通り、人気の無い倉庫内部はどこか冷たく、静謐な空気に包まれている。
小部屋の中をひとしきり見回し、ふん、と小さく鼻を鳴らすと黄は口元にニヤリと笑みを浮かべた。
「そんな事より・・・さ。せっかく二人きりになれたんだし、早速、楽しいコトしよう・・・よっ!」
「あら、せっかちな人」
両手の指をわきわきと蠢かせると、がばり、と少女の細い身体へ踊りかかる。
唐突な動きであったが、男の手が掴んだのは抜け殻の如く、少女の身に着けていたジャージの上着だけであった。
その動きを予期していたのか、少女は捕まる寸前にするりと男の手から逃れ、行く手に見える扉の前にまで移動していた。
活動的な白のタンクトップと紫のジャージ姿となった明は、戸口に手を掛けたまま男のほうを振り返り、口元に謎めいた笑みを浮かべている。
「待っ・・・」
「お色直しをしてまいります。それまでこの扉、決して開けてはなりませんよ・・・?」
ばたん、と。
鶴女房よろしく言い残すと、扉の閉じる音と共に少女は姿を消した。
倉庫の中をしん、と静寂が満たす。
一人、取り残された男は小さく肩をすくめると、手中にある上着を口元に引き寄せ、すう、と深く息を吸い込んだ。
胸を満たす、甘い残り香。
男は少しだけ夢見心地になったまま、待ちぼうけの時間をひとり過ごし始めた。
「1,2,3,4,5・・・まだかな」
小部屋の中を円を描くように、ぐるぐると回り始める。
数える秒数が30を数えた頃、男は唐突に顔を上げると、手中のジャージをぽいっと投げ放った。
「31,32・・・もういいや。これ以上、待ってなんかいられな~い!」
言うが早いか、男は少女が消えた扉を勢いよく蹴破った。
ばん、と大きな音を立てて開いた扉の向こうには、また別の小部屋が続いている。
それを前にぺろり、と唇を舐めると、ニヤリと無邪気な笑みを浮かべ黄は小部屋を突き進み始めた。
ばん、ばん、と小気味の良い音と共に、次々と開かれてゆく扉。
しかし―――亜麻色の少女の後姿は、一向に見えてこない。
「ど・こ・に・い・る・の・か・な、っと!アハハ!隠れて無いで、素直に出ておいでよ~!!」
正しく虱潰しといった風に、無数の小部屋を暴いて行く男。
扉を開ける、開ける、開ける。
しかし―――その何処にも、探し人の姿は見当たらない。
そんな事は意にも介さず、男は無人の倉庫をさ迷い続けるのであった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
『出ておいで~?恥ずかしがらないでイイからさぁ~・・・』
「・・・到着、っと」
一方。
倉庫の中へ消えた―――と、思われた明。
しかし現在、その姿は倉庫の入口にあった。
最初の扉を抜けてからぐるりと内部を回り、男が痺れを切らして動き始めるのを待って、この場まで戻ってきたのである。
この倉庫、こういう事態を想定してあらかじめ確保していた、『明峰商店』の持ち倉庫の一つである。
大小無数の小部屋で区切られた内部は迷路のようになっており、おまけに裏口の類はあらかじめ潰してある。
出入口はこの一つのみ。
そして扉の鍵は、外側から掛かるように作られていた。
「確かここに―――あったあった。はい、施錠ヨシ」
がしゃん。
そして今、唯一の出入口には重厚な南京錠が掛けられた。
これで、倉庫から出る手段は完全に封じられたことになる。
よし、と一つ頷くと、明は更に駄目押しとばかりに、周囲から木箱やパレット、木材といった品々を引っ張り始めた。
よっ、ほっ、はっ、と掛け声と共に、扉の前に積み上げることしばし。
倉庫の入口にはうず高く、即席のバリケードが出来上がっていた。
一仕事終えた、とばかりに額ににじむ汗をぬぐうと、ふう、と小さく息を吐き出す。
「・・・帰るか!」
―――その顔には、実にイイ笑顔が浮かんでいた。
くるり、ときびすを返すとその場から歩き去る少女。
倉庫の中からは、その姿を探す黄の声がいつまでも木霊していた。
探し疲れた挙句、業を煮やし窓を破った彼が倉庫から脱出したのは、すっかり日が暮れ、深夜となってからの出来事であった―――
今週はここまで。




