∥006-15 ファッションショーのち、遭遇。
#前回のあらすじ:こんな所でダラダラしてないで市場行こうぜ!
[マル視点]
「ど、どうでしょう?似合ってますか・・・?」
「+.゜(*´∀`)b゜+.゜イイ!」
「ハァハァ。ヤッバ・・・まぢ天使・・・推せる・・・」
シャッ、とカーテンが引かれ、更衣室の中が露になる。
そこから姿を現したのは、細い身体にぴったりな服に身を包んだ叶くんだった。
新雪のような髪の色と調和するような、落ち着いたベージュのシャツ。
ネイビーのパンツはほっそりとした身体のラインを強調しており、特に腰の細さは犯罪的だ。
彼の持つ儚げな繊細さと、柔和な人柄を現すようなデザインは、フェミニンな魅力をふんだんに引き出していた。
叶くんの為にあつらえられたかのような衣装に、ぼくは思わずサムズアップで出迎える。
その隣では、ギャル風の女店員さんがやたらと興奮した様子で、絞り出すような呻きを上げていた。
慣れない賞賛の声に、頬を赤く染めて恥じらう白髪の少年。
ためらいがちにちらり、とこちらに向けられたルビーのような瞳に、隣からは再び黄色い悲鳴が上がる。
そんな様子を一歩離れた場所より、明さんが呆れた様子で見守っていた。
―――現在のロケーションは引き続き、湖上の市場。
会取姉弟と連れ立ってお出かけ中のぼくらは、フリーマーケットの露店を冷やかしつつ、あてもなくぶらぶらと散策を続けていた。
その途中、立ち寄った衣服を扱う露店にて、叶くんに目を留めた店員さんの提案により、突発ファッションショーが開始されたという訳だった。
「つっ、次!次はコレ!着てみよっか!!はぁはぁはぁ。あたいコレ、ゼッタイ似合ってると思ーし!!」
「えっ?えっ?・・・ど、どうしましょうか。おねぇ―――姉さん」
「その位、自分で決めろ」
「しゅん・・・」
「あらら」
今にも鼻血を吹きそうな勢いで、両手に持った衣装をプッシュする女性店員。
タジタジといった様子の叶くんはちらり、と助けを求めるように、姉である明さんへ視線を送る。
しかし、返ってきたのはすげない反応であった。
―――幼少の頃、今よりずっと虚弱だったという叶くん。
その頃より自分を庇護し続けててくれた姉の事を、彼はいたく崇拝しているらしい。
普段の会話の端々から、その様子はちらちらと垣間見えている。
だがしかし、今のように判断に窮したり、困った事があるとすぐに明さんに頼ってしまうという、困った悪癖も併発しているのだった。
寮でも何度か目にしたやりとりに、あちゃあ、と顔を覆うぼく。
目に見えて落ち込んでしまった叶くんをフォローすべく、ぼくは店員さんの前に進み出た。
「はい、はい。失礼しますよ、っと。・・・うん、良いんじゃないかな?きっと似合うと思うよ。でも―――結構長居しちゃってるし、コレで最後にしとこっか。店員さんも、それでいいかな?」
「えぇ・・・?でも、こっちだって絶対引き下がれないし!」
「まあ、まあ・・・」
「ご―――ごめんなさい!ボクもそろそろ、他の所に行きたいかな・・・って」
「そんなぁ・・・。まぢショック、まだまだ着て貰いたいヤツ、一杯あるのに・・・」
助け舟の甲斐もあってか、意を決した叶くんが上げた声によって、店員さんががっくりとうなだれる。
何だか申し訳ないが、叶くんの言うとおり、何時までもここに留まっても居られないしね。
渋々、といった様子の店員さんから衣装を受け取ると、何度も頭を下げながら叶くんは更衣室の中へと消える。
木組みと布だけの簡素な更衣室を見つめながら、ぼくはやれやれ、と肩をすくめるのだった。
「・・・過保護すぎじゃないのか?」
「明さん―――」
待つ間、何となく手持ちぶさたにしていると、そっ、と誰かが背後に立つ気配がする。
視線だけでそちらを振り向くと、頭二つ分上らへんに陽光を受けて、きらりと光る分厚いグラスがあった。
叶くんのお姉さんこと、明さんだ。
女性としては高身長な彼女と視線を合わせようとすると、どうしても自然とこうなってしまう。(断じてぼくが低い訳ではない)
今まで静観を決め込んでいた筈の彼女だが、何だかんだで弟くんのことが気になるらしい。
ぼくはわずかに苦笑を浮かべつつ、彼女に語り掛けるのだった。
「・・・他の人ならそうかもですけど、叶くんですから。まあ、彼なりに頑張ってくれてるみたいだし、そっと背中を押すくらいなら大丈夫じゃないです?」
「・・・そんなモンか?」
「そんなモンです。一人立ちするにしたって、最初くらいは補助輪があってもイイじゃないですか」
「そうか」
ぽつり、と呟かれた肉親からの一言。
何だか言いたいことを色々押し殺したようなそれに、ぼくはじっ、とレンズの奥を見つめながら答える。
対する彼女は短くそう呟くと、それきりぷい、とそっぽを向いてしまった。
今回の事に限らず、傍目から見ても明さんは、弟くんとの間に距離を取ろうとしているように感じる。
でもそれは多分、彼の自立を促す為では無いかと思うのだ。
その証拠に、すげない態度を取りつつも彼女の視線の先には、常に叶くんの姿があった。
身内の問題である以上、この件についてぼくから口を出せる部分は少ない。
それを理解しつつ、あくまで部外者として出来る事は、今みたいにそっと見守る事くらいだろう。
そんなやりとりを交わしていると、更衣室で動きがありそちらを振り返る。
再び開かれたカーテンに、周囲からの視線が一斉に集った。
「―――あ、そろそろ出てくるみたいですよ?」
「ああ」
「そ―――その!この服・・・、ちょっと身体のラインが出すぎじゃないんですか・・・!?」
「・・・わーお・・・」
「やだ・・・まぢ最高・・・もうムリ・・・」
「あ、死んだ」
―――果たして、姿を現したのはダンスウェアような、身体にぴったりと張り付いた衣装を身に着けた叶くんだった。
真っ白な頬を羞恥に紅潮させ、もじもじと身もだえする姿は、彼が男の子だとわかっていてもなお目に毒だ。
思わずぼくが目を丸くする横で、ぷっ、と鼻血の軌跡を残し、店員さんが卒倒する。
どさり、と背中から崩れ落ちた彼女の右手は、天に向けて高くサムズアップされていた。
―――ギャル店員、死亡確認。
人込みでごった返すマーケットの片隅で、美の極致を目指したチャレンジャーは露と消えた。
その場に残されたのは、床板に点々とついた血の跡と、店員さんの最期を目の当たりにした少年のか細い悲鳴であった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
「・・・酷い目に合いました」
「あははははは」
ちょっぴり拗ねたように呟く白髪の少年に、隣で歩調を合わせつつからりと笑い声を上げる。
そんなぼくを恨めしそうに睨むと、白い頬をぷくりと膨らませた叶くんはふぅ、と小さくため息をついた。
あれから少し時が経ち、ぼくらは先程とは違った区画にまで脚を向けていた。
別れを惜しむ店員さんに試着した衣装を返した後、向かった先はこれまであまり立ち入った事のないあたりだ。
並んで歩くぼくら二人の後ろから、数歩おいて明さんも無言で付いてきている。
相変わらず、用のない時は観葉植物のように黙っている彼女だが、視線はしっかり叶くんと、時々こちらにも向けられるのを感じている。
ぼくはおしゃべりの自覚はあるが、かといって沈黙が嫌いというタチでもない。
そもそも、うちの父ちゃんが普段、全然喋らないタイプな訳で。
そのお陰もあってか、彼女のような雰囲気の人でも特に苦にはならないのだ。
・・・いや、もう少し交流できたらな、とは思うのだが、それはまたおいおい進めて行けば良いことだろう。
―――と、そこで反対側から歩いてきた集団に叶くんがぶつかりそうになり、慌てて横から手を引っ張った。
「凄かったねー!」「ねー」「感動したー!」
「わ・・・、っと」
「あ、ごめんなさーい」
「・・・ふう、危ない危ない」
通りすがりに謝る声を残し、小集団はそのままゾロゾロと通過していく。
・・・かと思えば、似たような集団が幾つも、同じ方向から流れてきた。
あっという間に、対向側からの人波によって周囲は埋め尽くされてしまう。
ぼくはちょっと眉根を寄せると、引っ張る手をそのままに隅っこの方へと誘導するのだった。
「あ、ありがとうございます・・・」
「なんのなんの。でも、何だろ?向こうの方で何か、催しでもやってる?」
「何でしょうね・・・?皆さんの様子を見ると、これから参加するってふうじゃ、無さそうですけれど」
道の端に寄りながら、すれ違っていく人波を観察する。
その誰もが興奮冷めやらぬ様子で頬を紅潮させつつ、熱っぽく何やら語り合いながらぞろぞろと歩いている。
来る方向が常に一定である事から、どうやら何かのイベントがこの先で開催され、それが終わった結果がこれ―――と、いう事らしかった。
「一体なんなんだろ?明さん、向こうに何があるのか知ってます?」
「・・・あっちには確か、小さなステージがあったな。事前に確かめた範囲じゃ、特に目立ったイベントなんかは無かった筈だが―――」
「なるほど?それにしちゃ、なんだか皆さん堪能した後っぽい様子ですけど」
「そうだな。―――ゲリラライブでもやったか?でも、一体誰が・・・?」
ひとつ首を傾げた後、事情を知っているか問いかけたところ、明さんからはそんな答えが返ってきた。
眉を八の字にして唸る様子を見るに、彼女にも心当たりはないらしい。
―――補足しておくと、【学園】内部でも芸事に勤しむ人達は一定数存在する。
現世の駅前で見るような路上ライブから、有志を募っての小規模な演奏会まで、その類に関わる人は意外と近くに居るのだ。
ぼくがよく立ち寄る全裸農場―――もとい、パリヴァール農場でも、手製の楽器を演奏している人を数人知っている。
この時のぼくは知らなかったが、そうした人達が発表の場として利用しているのが、行く手に存在する小アリーナであった。
普段は演劇や演奏会といった小規模な催しに用いられ、人々の憩いの場となっているのだ。
だが―――何事にも例外は存在する。
「あれ―――っ?」
「?」
「えっと。誰・・・です、か?」
ふと気付いた時には、ぼくらの前に一人の男性が立っていた。
170cm後半。
全体的に細身だが、その動き一つ一つが機敏で猫のようにしなやかだ。
暗色系のフードを目深に被っており、影になった顔はその口元しか見えていない。
明らかに、こちらへ向けて放たれたその一言に、ぼくと叶くんが揃って首を傾げる。
しかし、フードの奥から放たれたそれは、ぼくら二人に向けられたものでは無かった。
瞬きの後、男の姿が不意に消える。
そして、次の瞬間。
その姿はぼくらの間を通り越し―――その背後に立つ、明さんの目の前に出現していた。
「「!?」」
「なっ・・・!?」
「―――やっぱり!思ったとおりだ、アハハハハハ!!」
すっ。
男の手が、目にも止まらぬ速さで動いていた。
気付いた時には、その手にはきらりと光る何かが握られている。
グラスだ。
見覚えのある、分厚く不格好な眼鏡を手先で弄びながら、男はけらけらと笑い声を上げた。
一瞬、その手先に目を留めた後、彼女の下へと視線を滑らせる。
そこには、見覚えのある、しかし初めて見る顔があった。
「あっ・・・!?」
「くそ。・・・やられた」
常用している眼鏡を奪われ、素顔となった明さん。
彼女は僅かに狼狽の色を見せつつ、小さく舌打ちする。
―――忘れる筈もない。
あの夜、月の下で目にした謎の仙女。
ぼくと叶くんの危機に駆け付けた彼女と、目の前の少女の顔は瓜二つ―――否、同一人物のそれであった。
仙女の正体は、会取明その人だったのだ。
半ば確信していた事だけに、いざ目の当たりにしてみると妙な納得感が。
そして、それ以上の衝撃があった。
基本的な顔のベースは、弟と同じ。
しかしより成熟した、女として花開いたばかりの美貌。
切れ長の瞳、眼前の男を睨む視線の鋭さ、メリハリの利いた肉感的な肢体。
弟である叶くんと並べてみれば、なるほど、確かにこれは同じ血を引いた双子なのだと納得せざるをえない。
だが、何かと己に自信のない弟と違い、自らの見せ方を熟知した、女性としての魅力はもはや別次元のものだった。
その完成された美に、周囲を流れていた人込みがたちどころに静止する。
―――辺りを、静寂が満たした。
誰もが息を飲み、視線は一点にくぎ付けにされていた。
視線の先にあるのは、素顔を露にした亜麻色の髪の少女と、その前に立つフードの男だ。
「―――返せ」
「おっと!捕まらないよーだ、ハハ!!」
静寂を破ったのは、明さんの怒気を孕んだ声だった。
矢のような鋭さで手を伸ばし、男が持つ眼鏡を奪い返そうとする。
しかし、男の身のこなしはそれ以上であった。
手が届くすんでの所で飛びすさり、嘲るように笑い声を上げる。
―――男の動きにつられ、目深に被っていたフードがずれ、その顔が露になった。
先程に続き、周囲の群衆からはっと息を飲む音が立ち上る。
動揺がさざ波のように広がり、ひそひそと囁く声がそこかしこから上った。
「嘘でしょ・・・」「何でこんな所にホァン様が!?」「ヤバ、近すぎ・・・!」
悲鳴のように上がる声の中、集う視線の先が謎の男の下へと移る。
それをシャワーのように浴びつつ、ニヤリと無邪気な笑顔を浮かべたそいつは、一挙動でばさりとフードを脱ぎ捨てた。
群衆が再び、息を飲む。
暗色のフードの下から現れたのは、きらびやかなラメ入りの装飾が施された、明らかに場違いな衣装であった。
ぴったりと身体のラインに沿いつつ、最大限視線を集める為だけに作られた服。
アイドルや歌手のような、特定の業種にしか許されないそれを、男は第二の皮膚のように着こなしていた。
―――沈黙は、悲鳴じみた歓声へと変わる。
黄小天。
隣国である大新帝国の現役大スターであり、【神候補】の一人としてもその名を知られる人物。
蜂蜜のフェイスと天使の歌声と評される彼は、某国若手No.1シンガーとして、我が国でもその名を知られていた。
ぼくの知り合いにも、彼に熱を上げるドルオタが居る位だ。
そして、【学園】における例外の一つとして、彼は気まぐれに芸能活動を行っていた
ファンの間で取引されるライブのチケットは、値千金の価値が付けられている程だ。
今、周囲を埋め尽くす群衆は、その全てが先程まで、彼の美声に聞きほれていた聴衆達だ。
明さんの言葉通り、事前情報ナシに開催されたゲリラライブによって小アリーナをジャックし、つい先程その場を去ったばかりである。
その男が、何故、明さんの眼鏡を奪ったのか?
場の視線を集めるがままに、ステージ衣装の男は陶然とした笑みを浮かべるのだった―――
今週はここまで。




