∥006-13 丸海人の奇妙な新案
#前回のあらすじ:明さんが亡くなったのはニアミス事故の直後
[マル視点]
明が去った後の自室にて、マルは齧りつくように机に向かっていた。
手に持ったペンでノートに書き込み、消し、また書き込む。
静かな部屋の中には、かりかりと紙面を擦る筆音と、愛猫が立てる数かな寝息だけが響く。
そんな作業を続ける事、しばし。
外はもうとっぷりと暮れ、虫の音が聞こえるようになった頃。
つい先程まで握っていたペンを放り投げ、卓上のノートを鷲掴みにすると、それを高らかに掲げ少年は叫んだ。
「で・・・できたーーーっ!!!」
建物中に響くかと思われる程の声に、窓がびりびりと震える。
たった今、書き上げたノート内の記述。
それは、彼が宝貝製作者と約束し、これまでずっと取り組んできた課題―――『新しい宝貝のアイディア』であった。
楓さんから散々、ダメ出しを喰らってきた傷跡の残るこのノート。
その最後のページに新たに記されたのは、これまでの集大成と言える内容だった。
彼から貰った数々のアドバイス、失敗を基にした改善案。
そして先程、明さんとの会話で掴んだ『もの』。
それら全てを筆先に込め、万感の思いを以て仕上げた珠玉のアイディアである。
正直、過去の案とは一線を画する手応えがあった。
期待を胸に、がたん、と椅子を鳴らし立ち上がる。
そしてノートを握りしめ、意気揚々と走り出そうとした―――が。
「これならきっと・・・!今すぐにでも見せにいかないと―――あ、あれ?」
くらり、と唐突に感じた眩暈に脚をもつれさせると、ぼくはもんどりうって床の上に倒れ込んだ。
がつん、と頭を強打し、急速に意識が遠のく。
(あ、コレ。やば・・・)
―――この時。
マルは極度の集中と弛緩、そして若干の脱水症状により貧血を起こしていた。
そこを無理に動こうとしたせいで、こうなったという訳だ。
霞がかかったように、薄れゆく視界。
廊下からはこちらへ駆け寄ってくる、誰かの足音が遠くに聞こえる。
ぼくはそれを耳にしながら、それきり意識を失うのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
「不覚・・・。あんなことで落ちるだなんて」
湯気を上げる炊飯器を前に、ぺたぺたとしゃもじでご飯を成型しながら、そんなことをぼやく。
翌朝の丸家、朝食の準備中の光景である。
洗面所からは、むいむいとお父っつぁんが年代物の顎髭と格闘する音が聞こえてくる。
我が家の働き手を銃後の憂いなく仕事場へ送り出す為、メイン主夫たるぼくは孤軍奮闘の最中という訳だ。
陶器のお椀にこんもりと丸く盛られたピカピカの銀シャリ。
その出来にうん、と一つうなずくと、ぼくは食卓の上にそれを置いた。
―――朝食の準備、これにて一段落。
続いて、かねてより懸念の事項を片付けるべく、ぼくは携帯電話を手に取った。
ダイヤル先は、中年男性との熱愛疑惑の持ち上がっている、わが後輩だ。
しばしのコール音の後、ぼくはスピーカーから聞こえてきた声に耳を傾けた。
『・・・もしもし、羽生ですが』
「あれっ?・・・その声、ひょっとしてあーちゃんのお父さん?」
『そういう君は―――丸君か』
耳に届いたのは、元気いっぱいの少女の声―――ではなく。
厳かな雰囲気の中年男性の声であった。
予想外の展開に思わず、素っ頓狂な声を上げる。
何と、後輩の携帯を手に取ったのは羽生のおじさんこと、あーちゃんのパパだったようだ。
互いに声の主を確認し合うと、二人はそろって息を吐く。
『・・・うちの娘が常々お世話になっているようで。何か、ご迷惑は掛けて無いだろうかね?』
「いえいえ。あーちゃんは御存じの通りの子ですけど、ぼくの方もわかった上で付き合ってますので。迷惑だなんて、とてもとても」
『そうか・・・』
羽生のおじさんはそう言葉を切ると、束の間沈黙が流れた。
―――羽生神社の神主さんこと、あーちゃんのお父さんとは幾度か顔を合わせた事がある。
落ち着いた声と厳かな外見で、いかにも神職といった風体のナイスミドルだが、聞いた話によると入り婿らしい。
なんでも学生時代、同級生だった羽生のおばさんと大恋愛の末、神社の跡取りとして迎え入れられたそうな。
おばさんの方とも何度か話したが、こちらはこちらで常にピリッとした雰囲気の、いかにも真面目そうなご婦人だった。
あの二人から、常時ふんわりしたあーちゃんが産まれるだなんて、世の中には不思議な事もあるものだ。
―――閑話休題。
ともかく、目的の人物はどうやら携帯を不携帯のご様子。
一体彼女に何があったのか、ぼくはおじさんに聞いてみることにした。
「えーっと。それであーちゃ・・・梓さんに、聞きたい事があって電話したんですが。今、居ます?」
『・・・ああ、なるほど。それが―――娘は今、風邪を引いていてね。昨日からずっと、寝込んでいる所なのだよ。申し訳ないが、電話は控えさせてあげて欲しい』
「え、本当に?大丈夫なんですか??」
『微熱が続いていてね、大事を取って学校も休ませてある。医者の診断では、ただの風邪だそうだ。数日寝ていれば治るだろう。・・・すまんね』
「いえいえ。ぼくからもお大事に、って伝えてあげてください」
『承った。・・・あの子も、よいボーイフレンドを持ったものだ。また家に寄る事があれば、学校での様子でも聞かせてくれると嬉しい』
「勿論です」
―――と、いう事らしい。
最後にもう一度お大事に、と伝えると、ぼくは通話を切る。
彼女に関する真相が明らかになるのは、回復を待った後とせざるを得ない。
なんだか拍子抜けな結果となったが、とりあえず、あーちゃんの事は後回しとなった。
いまいちモヤモヤしたものが残る結果だが、何にせよ、彼女の体調不良を何とかしないと始まらないだろう。
あの後輩の事だから、またぞろ布団を蹴っ飛ばし、おへをそ出したまま眠りこけでもしたのだろう。
その想像図にくすりと笑いを零すと、ぼくは朝食の用意が終わった事を伝えに、洗面所へと歩き出すのだった―――
・ ◆ ■ ◇ ・
そして夢の中、【イデア学園】にて。
眠りの門を越え寮の中へと降り立ったぼくは、いの一番にノートの所在を探す。
ぐるりと視線を巡らせると、果たして件のノートは、普段使いのデスクの上に置かれていた。
昨日、現世へ帰還する時の状況からすると、親切な誰かが回収しておいてくれたようだ。
その事に感謝しつつ、ノートを握りしめ走り出す。
向かう先は無論、楓さんの自室だ。
ノックも早々に押しかけたぼくを、苦笑交じりに迎えた彼の前にノートを広げる。
そして興奮に上ずった声色で、新たなアイディアについて説明を始めるのだった。
「―――なるほど。これは確かに、今までの案とは一線を画するね」
「最高傑作です!」
「ふふ、自信満々だね」
最初は呆れ混じりだった彼の表情は、説明を聞くうちに真剣味の混じったものへと変わり始める。
たおやかな指をあごに当て、じっと考え込む素振りの楓さん。
―――改めて説明すると、今回の新案は既存の『宝貝』とは設計思想がまるで異なる。
資料として見せて貰った他の『宝貝』は、だいたい一つないし複数の儀式、神秘の類を実現する為に存在していた。
動力源として【魂晶】を組み込んだりはするが、基本としてそれ単体で完結するものだ。
だが、この案はぼくの【神使】、メルクリウスと一体化して初めて機能する。
ノートに記した手書きの図案では、注射器のような円錐形の本体にメルを格納し、先端からその一部を出し入れできる構造となっていた。
不定形の水の塊であるメルを内部に取り込み、その権能を増幅・拡張することにより、目的とした機能を実現する為だ。
その機能とは、一言で表すなら―――『あらゆるものの吸い出し』。
メルを媒介として、液体内に溶け込んだ要素を分解・抽出。
対象となるのは、水に溶けるものならなんでも。
―――カフェオレをミルクとコーヒーに、食塩水からナトリウムと塩素を抽出して、真水に。
―――複雑に絡み合い、半ば融合した構造や組成でも、選択的に分解してしまえる機能。
更にそこから進んで、性質だとか属性だとか、目に見えないスピリチュアルなものまで分解・抽出することを可能にする。
それがぼくの考えた新案―――人呼んで『万能スポイト』だった。
アイディアの根底にあるのは、会長について打ち明けたあの時に思い出した、ぼくにとっての原点の一つ。
『どうにもならない事をなんとかしたい』。
その、狂おしい程の熱情だ。
あの人は―――
恐らく、もう帰って来ない。
誰の手にも届かない処に、彼女は行ってしまったのだ。
その事を考えると、今でも辛い。
胸が張り裂けそうだ。
それが納得できず、限界を超えて無理を続けた結果、ぼくは危く正気の縁を踏み外しかけた。
あるいは―――とっくに踏み越えてしまっていた所を、周囲の人たちによって連れ戻されたのだろう。
それを再認識したぼくは、胸の中でくすぶる『熱』を紙面に殴り書いた。
『どうしても叶えたいという、強い想い。そんな原動力から造られる物は、えてして完成度の高いモノになる』。
あの時彼から聞いた言葉の通り、己の内から絞り出した叶わぬ願いの結晶といえるのが、この新案だ。
正直、今のぼくにはこれ以上のものを作るのは不可能だと思う。
むん、と胸を張って自信作を押し出すぼくにくすりと笑いを零すと、楓さんは再び顎に指を当て、しばし考え込む素振りを見せた。
「しかし、これを実現するとなると・・・」
「なると?」
「オリジナルの記述を扱う必要が出てくる、かな」
「それって、つまり『無名祭祀書』の―――?」
ぼくの呟きに、彼はうん、と小さく頷きを返す。
オリシナル。
つまりフォン・ユンツトが著した、稀代の魔導書そのものを用いて、『宝貝』を創造する。
宝貝製作者―――彼がこれまで、魔法の力を持つ作品の源泉としてきたのは基本的に、彼の一族が蒐集したアジア各地の伝承・秘儀であった。
しかし、本来の『無名祭祀書』は一人の神秘家が世界を巡り、秘儀の蒐集に費やした一生の集大成である。
楓さん自身、それを用いないのは『危なすぎるから』だと口にしていた。
ぼくは脳裏に浮かんだ疑問を、そのまま彼にぶつけてみることにする。
「・・・危なくないんですか?」
「まあ、そうだね。僕が持つ電子版の原典となる『黒の書』。ここに記された知識はそのまま流出させれば、世界の形を壊しかねない代物だ。だから―――使用する部分を限定する」
「限定―――?」
「そう。『書』の中には過去の錬金術師達が遺した、世界の構造を紐解く為の方程式も含まれている。今回はそれを使おうと思う」
ぼくの発した疑問に、楓さんはそう答えた。
錬金術とは、科学の多くがオカルトとして扱われていた時代に、その変遷の過程として産まれた技術体系だ。
錬金術を志す者は世界の在り方、その解法について思索し、後世にて科学が誕生するきっかけを作ったと言われている。
しかしどうにも、RPGゲームなんかに登場するような、フラスコを投げて攻撃するキャラクター位しかぼくには想像できない。
「錬金術・・・。賢者の石とかエリクサーとか、そういう?」
「ゲームに登場するような、有名どころだとそうだね。でも今回扱うのは、もっと踏み込んだ内容だよ。・・・例を挙げてみようか。ある錬金術の一派の主張によると、肉体を構成する要素は『硫黄』『水銀』『塩』、その三つだとされている」
「す、水銀?・・・水じゃなくて?」
「勿論、ここで言及されるのは形而上学的、概念的な物さ。可溶性、流動性、液体に属するモノ。そういった要素を差して『水銀』と表現しているんだ。『硫黄』は霊魂、『水銀』は精神、『塩』は身体と照応する。そして、この理論に連なる儀式として、遺骸から『塩』を抽出し、これを器として霊魂と精神を定着させ、死者を蘇らせる術が原典たる『黒の書』には記されているんだ」
「し―――死者蘇生!?」
黒髪の少年が口にした物騒なワードに、思わずぎょっとしてオウム返しに聞き返す。
死者の蘇生、それは古今東西の伝承に散見される、最もありふれた神秘の一つだ。
だからこそ、その取り扱いを誤れば容易に大惨事が発生しうる。
「・・・まあ。この方法だと肉体の構成要素が大幅に欠落するから、意思のないバケモノとして蘇るか、不足分を補う為に他者を襲って血肉を啜るようになるんだけどね。どちらかというと蘇生というより、伝統的なスラヴの『起き上がり』製造法と言った方が正確かな?」
「それ完全にアカン奴じゃないですかー!?」
―――取り扱いを誤るまでもなく、大惨事確定な内容であった。
予想の数倍物騒なオリジナルの知識に、ぼくは両手を頬に当てて叫びを上げる。
その様子をくすくす笑いながら眺めると、楓さんは話を再開するのだった。
「今ので十分わかって貰えたと思うけれど、オリジナルの記述は危険物と同義なんだ。だから極力害の少ない、安全なものをチョイスしないとね。具体的には―――」
そうして一旦言葉を切ると、彼はじっとこちらを見つめる。
ごくり、と息を飲むぼくを前に、宝貝製作者は新案を形にする方法の、根幹となる部分を語り始めるのだった―――
今回はここまで。
次回は日曜予定です。




