∥001-A 閑話・決着後の一幕
#前回のあらすじ:決着!!
[マル視点]
『LILI―――!!???』
「あ、あの怪物を、倒した・・・!?」
呆然と見上げた先で、鈍色に輝く巨体が今度こそ、完全に菫色の粒子となって消える。
これまで、【神候補】達をさんざ苦戦させてきた異形の巨人。
それが、たった一矢のもとに消滅してしまった。
それを為した張本人は、簡素な梓弓を片手に、惚れ惚れするような後姿を見せている。
射法八節、その締めくくりにあたる『残心』。
普段の様子からは想像も付かないが、彼女―――羽入梓はぼくの知る限り、弓にかけては並ぶもののない使い手なのだ。
きりりと引き結ばれた口元、怪物が消えた空を射抜くような鋭い視線。
慣れ親しんだ彼女とはあまりに違うその姿に、ぼくはどこかぼうっとした気持ちで、その横顔を見つめていた。
「・・・あーちゃん」
「ほえ?」
知らず知らずのうちに名を呼んでいたのか、振り返った彼女とばっちり視線が合う。
束の間、ぱちくりと瞬きしながら見つめ合う二人。
やがて、へにゃりとした笑顔を浮かべると、彼女は元気よくこちらに向かって手を振り始めた。
普段からよく見知った―――いつも通りの、後輩の姿だ。
ぼくは何故だかそれに、しまった、なんて場にそぐわない感想を抱いていた。
―――決して口に出す気こそないが。
弓を射る、その一連の美しい所作が。
平素からは想像も付かないような、凛々しいまなざしが。
ぼくは本当に―――彼女のことをかっこいいやつだと、常日頃から思っているのだ。
「ど~~~んっ!先輩先輩先輩先輩ー!!」
「もがーーー!!?」
・・・そうして物思いに耽っていたところを、ミサイルめいた勢いで突っ込んできた後輩に中断された。
身体ごとすっ飛ばされ、一瞬視界がブラックアウトしかける。
強烈な横Gに目を白黒させていると、それをいいことにほっそりとした両手で空高く抱え上げられてしまった。
相変わらず、細っこい身体でとんでもない力だ。
二人はダンスの男役と女役のように、ぐるぐるとツイストを繰り返す。
・・・あの、普通。
ぼくが男役を務めるものと思うのだけれど?
男女、逆なのでは?
「あはははははは!よかったー先輩生きてたー!大丈夫ですか無事ですかちゃんと心臓動いてますかー!?」
「うっさいわ!アタマにキンキン響く!!・・・ステイ!!」
「わんっ!」
照れ隠しもあり、好き放題してくれた後輩を声で制止する。
すると、ようやくぐるぐると回り続けていた視界が止まった。
なおもリフトアップされたままのぼくは、にこーっと笑顔を浮かべた後輩と同じ目線のまま見つめ合う。
―――この状態で、全く地に足が付いていない事実を、どう表現すべきか。
いや、今は何も言うまい。
・・・くそう、いつか絶対追い越してやる。
そんな複雑な内心はともかくとして、ひとまず目の前の彼女と情報交換を開始する。
質問を投げかけると、後輩は思案顔でぽつぽつとこれまでの出来事を語り出した。
「・・・ところであーちゃん、今更だけど一体全体、何だってこんな所に居るのさ?」
「え?えーっとね、えとね。あたしが気付いたらなんにも無い、まーっしろな所に居て。先輩が死んじゃうー、って。それがわかって、居てもたっても居られなくって―――」
「ストップ。んーじゃあまず・・・そうだな。『褐色系サマードレス姿の女の子』に会わなかった?」
「会った!」
何時ものごとく、とりとめのない話が始まる。
彼女との会話はよくよく行き先不明になりがちなので、ぼくは制止を掛けて肝心な所をまず聞き出すことにした。
すると予想通り。
一番この状況に関わってそうな人物は、ばっちり後輩と接触を済ませていたらしい。
「ヘレンちゃんとっても可愛かったなー。ねぇねぇ、先輩もあのコと会ったんだ?あの場所で」
「うん、きみと似たような状況でね。に、しても・・・。ぼくをスカウトした後、舌の根も乾かない内にあーちゃんまで誘うなんて。ちょっと節操なさすぎでは?」
あの褐色幼女、自らの手で運命を覆すのですー、なんて言っていた割に、しっかり保険を掛けていたらしい。
確実を期すならそうするのがベターとはいえ、失敗前提で扱われた方としてはちょっと、モヤッとしてしまう。
・・・まあ、実際それで助かった訳なんだけどさ。
一方。
そんな裏事情など恐らく気付いていない後輩は、こてんと首を倒し疑問の声を上げるのだった。
「そーなの?」
「そーなんです」
「・・・ちょっとお待ちなさい!そこの二人!!」
「「へっ?」」
そうして、二人して何だかわからないようなやりとりを続けていると、だしぬけに横合いから鋭い声が飛ぶ。
何事か、と揃って首を巡らせると、金髪碧眼の令嬢が仁王立ちのままこちらを睨みつけていた。
こちらというか―――主に、ぼくの方を睨んでいるように見えるのだけれど。
そんな印象を裏付けるかのように、イブニングドレスの令嬢はキッと鋭くこちらを睨むと、カツカツとヒールを響かせ近づいてくる。
そして、先程とは打って変わって満面の笑みを浮かべると、目の前で後輩のほっそりとした身体を強く抱きしめるのだった。
「ほえ・・・?わぷっ」
「キャシー・・・!!ああ、無事でよかったですわ!・・・本当に!」
しばしの間、感極まった様子で後輩をハグするブロンドの美少女。
彼女は確か、ここへ来た時に少しだけ言葉を交わした相手だ。
名前は―――確か、エリザベスだったか。
そうすることしばし、困ったように視線をさ迷わせる後輩に気付いたぼくは、助け舟とばかりに小さく咳払いをするのだった。
「オホン。・・・あーちゃん。その人、知り合い?」
「え?うーんうーんうーん・・・。ごめん、・・・誰?」
「ええッ!!?」
本気で面識が無いのか、うんうんと唸った末に絞り出した答えはこんな感じのものだった。
一方。
容赦のない一言を浴びたブロンドさんは一瞬で蒼白となり、がくんと膝から崩れ落ちる。
流石にちょっと気の毒になったけれど、彼女はそれでもめげずに口を開くのだった。
「わ、私ですわ!リズ!貴女の文通仲間の!!・・・つ、ついこの間も、電話でお話したばかりですのに!!」
「えっ?・・・リズ?」
「なんと」
ブロンドさんが言うには、彼女はあーちゃんの文通相手らしい。
ちょっと予想外の展開だが、どうやら後輩の方にも心当たりがあったらしく、目に見えて反応に変化があった。
「ペンパル・・・文通?」
「うん!あたしがキャシーで、このこがリズ!もう何年もやりとりしてるんだー」
「あーちゃん、英語できないのに。何時の間にそんな事を・・・」
「ぶー。あたしだって高校生だもん、簡単な英語くらい頑張ればわかりますよーだ。・・・でも、言われてみれば声が同じだよね?・・・こんな顔だったんだぁ」
―――どうやら、二人は知り合いで確定らしい。
ひょっとすると、バスで最初に顔合わせした際のエリザベス嬢の様子も、それと関係あってのものかもしれない。
先程とは打って変わって、にこにこと笑顔を浮かべながら語らい始めた二人。
それを前に、ぼくは縁は異なものとはこういうのを言うのか、などと感慨にふけるのだった―――
※2023/1/8 文章改定




