∥006-06 ネームレス・カルト
#前回のあらすじ:探し人は案外近くに居たというハナシ
―――『無名祭祀書』。
通称『黒の書』、著者、フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ユンツト。
現存する数が極めて希少な書物―――所謂、稀覯書の類であり、その分野においてはとみに有名。
この書を稀覯書たらしめた所以はその内容、そして誕生にまつわる謂れに起因する。
まず内容。
偽書・贋作が蔓延る魔導書の中において、無名祭祀書はまさしく『本物』であった。
伝える者すら途絶えた古の秘儀・伝承。
それらを子細に紙面へと紡ぎ、再現可能な記述として織り上げた珠玉の一品。
世のオカルティストにとっては正しく、垂涎の品である。
――ーで、あるが故に。
無名祭祀書は時の為政者より禁書指定を受け、巷の在庫はその殆どが焚書の憂き目に遭う事態となった訳だ。
次いで、その『謂れ』。
産みの親であるフォン・ユンツトは執筆の翌年、密室内にて謎めいた変死を遂げる。
更には、彼の周囲で不可解な死が立て続けに発生。
無名祭祀書に、『呪われた』謂れを植え付ける結果となったのである。
以後。
時と場所を変え、2度に渡ってこの書は再び発行されている。
―――が、そのどちらも大幅に検閲・削除された、いわゆる不完全版であった。
楓月美が受け継いだのは、オリジナルとも言える独語版を基とした写本。
頁の欠落があるとは言え、世界に数点しか現存しない稀覯書中の稀覯書を、彼は所持しているのだという―――
・ ◇ □ ◆ ・
[マル視点]
「無名祭祀書・・・電子版?」
「ちょっと待って。確か夢幻世界には、機械類は持ち込めないんじゃ無かったっけ・・・?」
「おや、詳しいね」
目の前の人物―――楓さんが告げた言葉に、ぼくはふと浮かんだ疑問を口にする。
夢幻世界―――
いわゆる夢の中には、床に就いた時所持していた物品を持ち込む事ができる。
しかし、これには例外がある。
いわゆる文明の利器に類する物に関しては、似たような機能を持つ別物へと置き換えられるのだ。
以前、叶くんのお姉さんである明さんから聞いた話を思い出し、ぼくは思わず首を捻るのだった。
彼は電子版、つまり電子機器上で閲覧できる、書物の類を所有しているのだという。
だがしかし。
ぼくらが現在居るのは夢の中、機械類は持ち込む事が出来ない。
その矛盾を指摘された黒髪の少年はおや、と意外そうに目を丸くすると、すぐに涼やかな笑みを浮かべるのだった。
「当然、『無名祭祀書』にもそのルールは適用されたよ。結果、残されたのがこれさ」
「何、これ・・・?」
それは、長辺15cm程の長方形の物体であった。
甲殻とも獣の皮膚とも取れない、両者を混ぜたような、硬質の表面。
薄く差し込んだ陽の光を受け、黒いボディは冷たく艶を放っている。
その側面には、接続端子らしき孔が数個、うっすらと淡い光を脈打たせている。
それは固く口を閉ざした貝のようであり、得体の知れぬ生命を宿した鉱物のようでもあった。
形状としては薄型のポータブルHDDか何かのようだが、ぼくが見たことのある、どんな書物ともそれは似ても似つかない。
しかし、何処かでこれに似た物を見たような気がする。
「え、と。これがその、お父様から受け継いだっていう・・・?」
「より正確に言うと、受け継いだ写本を修復する傍ら、復元した文章やスキャン結果、メモの類を記録していた媒体の成れの果て、というのが正確かな?」
「・・・あ!これ、ヤディス技術のバイオメトリクスデバイス・・・生体記録装置!?」
「うん、正解」
謎の物体を目にしてからずっと、頭の隅に引っかかっていた違和感にようやく答えが出た。
今更言うまでも無いが―――
満州改め、大新帝国が外宇宙を起源とする知的生命体と国交を樹立させてより、既に60年が経過している。
ヤディス人と呼ばれる彼等は、現時点では満州に存在する、専用の居住地でのみ暮らしている。
その技術によるメリットに関してもまた、大新帝国が一国独占している状態だ。
星間文明を築き、外宇宙航行をも可能とする彼等の技術力は、地球のそれとは一線を画している。
それは国家情勢において、大新帝国の躍進の原動力ともなっていた。
我が祖国である日本―――大日本帝国はそれを独占禁止法に抵触すると主張し、幾度となく外交の場で問題提起しているらしい。
が、世界情勢が現在に至るまで満州一強で纏まっている所を見るに、その主張が受け入れられる事は当分無さそうだ。
・・・話題が逸れたが、異星人技術の中でも特筆されるのが、培養された生体組織を利用した物品の数々だ。
人工皮膚、臓器、義肢や強化外骨格に至るまで。
医療に留まらず、あらゆる分野においてヤディス技術は巷に溢れつつある。
中でも、生体脳的記録素子を利用した大容量記録装置は、天文学や最先端物理学、高性能高耐久のハイエンドPCに欠かせないパーツとして知られていた。
見るに、彼の掌中にある物体は確かに、ヤディス技術の産物らしき雰囲気を纏っている。
「思うに、半生体・半機械の独特の構造が幸いしたんだろうね。僕が此方側へ来たと同時に、『書』はこの形へと姿を変えていたんだ」
「そ、その状態でも、本として読んだり書いたりできるんですか・・・?」
「それは先程お見せた通り。・・・尤も。僕以外には、誰も扱う事は不可能になっちゃったんだけれどね」
「ひょっとして、それが楓さんの【神使】?」
「・・・まあ、そんな所かな。―――さて!」
叶くんに続いてぼくが発した疑問に、何故か言葉を濁す楓さん。
何だろう、と首を傾げる間もなく、彼はぱん、と手を合わせると、にこやかに話題の転換を図るのだった。
「本の話題はここまでにして、本題に入ろうか。マル君は新作宝貝のアイディア出し、叶君は『書』へ蒐集する為の能力解析。やる事は山積みだから、サクサク進めて行こっか?」
「うひぃ」
「お、お手柔らかにお願いします・・・」
彼の言うとおり、やるべき事は山積みだ。
まだ見ぬ新たなる相棒の為、消化しないとならないタスクはいくらでもある。
さしあたって、先ずはどんなものを作るのか。
形状、材質、機能、使い方、etc...
ぼくは内心悲鳴を上げつつ、矢継ぎ早に質問を繰り返す楓さんにおっかなびっくりついて行くのであった―――
今週はここまで。




