∥006-03 愛用のアレが折れちゃいまして
#前回のあらすじ:ゴリラ初号機、暴走
[マル視点]
「・・・誠に申し訳ありませんでしたっ!!!」
ごん、と床板を打ち付ける音が部屋の中に響く。
綺麗な土下座であった。
部屋の中央、床の上に正座したゴリラが勢いよく頭を下ろし、勢いあまって床に打ち付けたのだ。
それを眺める観衆は3名。
―――ぼくと叶くん、そして叶くんの姉である明さんだ。
苦笑するぼくの隣で揃って会取兄弟は顔を見合わせると、次いでぼくの手中にある桃の木剣―――で、あったものへ視線を移した。
ぼくが【神候補】としてここ―――【揺籃寮】に来て以来、ずっと共に戦ってきた頼れるメインウェポンだ。
木剣は中程から真っ二つにへし折れ、見るも無残な姿に変わり果てている。
こうなった原因はあの時、音楽ホールに現れた怪異『黒い目の子供型シング』達との戦いの折。
暴走したゴリラに怪異もろとも吹っ飛ばされ、次にぼくが目を覚ました時には、既にこの有様だった。
暴走ゴリラの一撃は少女の姿の怪物のみならず、ぼくの相棒までノックアウトしていたという訳だ。
「・・・まあ、大した傷も無いし。ぼくからは特に、言う事は無いかな?」
「ホッ」
そう。
あの時派手に吹き飛ばされ空を舞ったぼくだが、気絶こそすれど、大した傷は何も残ってはいなかった。
あれだけ派手に吹き飛ばされて怪我も負わず済んだのは、恐らく衝撃の大半をこの剣が受け止めてくれたからだろう。
最後の最後まで主に尽くしてくれるとは、つくづく代えがたい相棒に恵まれたと言えるであろう。
「ただし――ー壊したモノの弁償は、きっちり果たして貰うからね?」
「・・・ヒッ!?」
確かに、ぼく自身として言うべき事は無い。
でも、それはそれとして責任は取って貰う。
言外に視線に意味を込め、じろりと下手人の顔を見つめると、床に突っ伏したゴリラは視線から逃れるように小さく身を縮こまらせた。
「ちなみに。その木剣は私がマルに貸していた物でな、所有権は実の所、現在も私にあるんだ」
「・・・そうだったっけ?」
「ああ、ハッキリと言ってはいなかったがな」
―――と、そこで会話に途中から割り込んできたのが明さん。
彼女の言のとおり、新人歓迎の名目で連れ出された先で渡されたのが、この木剣であった。
今となっては懐かしい出来事だが、結局あれから、返せとも何とも言われていない。
なので何となくそのまま使っていたのだが、くれた訳では無かったらしい。
「えーとその、ごめんね?せっかく貸してくれたのにこんなになっちゃって」
「気にするな。こちらとしても、半分はあげたつもりだったからな。尤も―――」
そこで一旦言葉を切ると、分厚いメガネの奥から眼光鋭くぎらりと、剣呑な光がきらめく。
鋭い視線に射すくめられ、頭を下げた姿勢のまま、ぶるりとゴリラは総身を震わせた。
「今回はキッチリ、弁済を請求するがな。滞納している借金を含め、債権の整理をいいかげん始めるとしようか。・・・喜べ、これから忙しくなるぞ?」
「ヒィエェェェご勘弁をーーー!!」
「あ、あはは・・・」
静かな寮内にうら若きゴリラの悲鳴が木霊する。
債権者と債務者、両者の間には海より深い力の差が存在するのだ。
結局、音楽ホールの騒動はゴリラの借金が減るどころか増えるという予想外の結果を引き起こし、こうして幕を閉じるのであった。
・ ◇ □ ◆ ・
「で。ものは相談なんだけど、何か代わりになる武器を紹介してもらえないかな?」
「ふむ」
がっくりと項垂れたゴリラがとぼとぼと部屋から去った後。
帳簿を開いて借金の額面の訂正を始めた明さんに問いかけたのが、先程の発言だ。
ロケーションは先程と同じく、【揺籃寮】の管理人室内部。
木剣の弁償については決着が付いたが、依然としてぼくの装備は素手のままだ。
このままだと任務に差し触るので、速い所代わりとなるモノを確保してしまいたい。
そこで頼ることにしたのが、先代の武器を提供してくれた張本人でもある彼女だった。
帳簿を綴る手を止めると、ゆったりしたジャージ姿の少女は顎に手を当て、少し考え込む素振りを見せた。
「同じ物を用立てるのなら、すぐにでも用意可能だが―――。いい機会だからお前、そろそろ戦力の拡充も考えたらどうだ?」
「・・・と、言いますと?」
「任務にも慣れてきた頃だろう。もっと威力のある武器を手に入れて、難度の高い任務にステップアップを挑む頃合いって事だ。お前みたいな【使役型】は普通、【神使】の成長がそのまま攻撃力の増加に繋がるんだがな。お前は今の所、防御専門だろう?」
「まあ、敵を包み込んで拘束!とかはできますけどね。確かに、そこから倒すのは自分でやってるし・・・。言われてみれば、そうかも」
ぼくの【神使】、メルクリウスは不定形の水の塊だ。
破壊不可の泡玉を作る【バブルシールド】という固有神業を持つが、彼女の言うとおり、確かに攻撃能力は無い。
初めて力に目覚めたあの時、戦って倒すよりも『守る』『生き延びる』ことを優先したがための現状だが―――
確かにそろそろ、次の段階を考えるべき時期かもしれない。
「お前が今の方向性のままで行くのか、それとも次の成長で【神使】に攻撃能力を持たせるのか。どうするつもりかは知らん。だが、やはり自衛手段は常に用意しておくに越したことは無いだろう?」
「なるほど。それで新しい武器を・・・ってコトね」
「【イデア学園】は覚醒者達の集う場所だ。彼等は種々雑多な能力を持つが、戦闘ではなく創造―――鍛冶や細工といった分野を志す者も、中には居る。・・・こいつを見てみろ」
「こ、これは―――!?」
会話の途中、戸棚から一冊の厚手の本を取り出し、丸テーブルの上に広げる。
少女のしなやかな指先が頁を手繰る度、紙面には色とりどりの挿絵が踊り、見たことも無いような摩訶不思議な品々が姿を現した。
ぼくと叶くんの二人は、そろって頁をめくる度に歓声を上げる。
「【魂晶】を弾丸として打ち出す銃、伸縮自在の槍、炎を噴きひとりでに空を舞う剣・・・!」
「神話や伝承の中でしか登場しないような魔法の武器、力ある呪われし器物。そういった『人造の神器』も、然るべき予算と材料さえあればこの場所では揃える事が可能だ。有名な所では、『隠者』謹製の古代ルーンを刻まれた付与武具。あとは―――『宝貝』か」
「ぱお、ぺえ?」
少女が発した聞き慣れない言葉に、白髪の少年が小さく首を傾げる。
宝貝。
元は貨幣として使用された貝殻のことだが、ここでは中国の古典『封神演義』に登場する神秘的な武具の数々を指す。
「古い中国の伝承なんかに出てくる、仙人さまの作った道具のことだっけ?」
「その認識で大体合ってる。もう少し詳しく説明すると、過去の伝承や秘儀を再現して器となるモノに封じ込め、特定のキーによって任意に解放できるようにしたものが、【学園】における『宝貝』の定義だ。お前の使ってた木剣も、その意味じゃ『宝貝』の一種だな。・・・廉価品ではあるが」
「ほほ~・・・」
ぼくが入れたフォローに乗っかる形で、明さんから更に詳しく解説が入る。
仙人の宝、と聞くとイメージがいまいち沸かないが、どうやらあの木剣も『宝貝』の端くれだったらしい。
思わぬところで自分との関りが明らかになり、無性に興味が湧いてきたぼくは更に質問を重ねた。
「それで。その『宝貝』って、何処で手に入るの?」
「興味があるのか?なら、市場に行けば現物の一つや二つ、すぐに見つかると思うぞ」
「市場・・・って、【イデア学園】中央にある、あの?」
「そうだ」
彼女が口にした言葉に、ぼくは以前訪れた、とある場所を脳裏に思い浮かべた。
市場とは、【学園】中央部を占める巨大湖―――【果ての海】上に存在する、浮き桟橋を利用した巨大市場のことだ。
かつて、会取兄弟と旧知の関係だという老夫婦と、兵二という青年と出会ったのも、この場所だ。
・・・確か、彼等は『明峰商店』の名で店を開いていた筈だ。
見かける事があれば、寄ってみるのもいいかもしれない。
「うん。・・・いい機会だし、今から行ってみようかな?」
「あっ、えっと―――」
「?」
「・・・そういう事なら、ついでだしうちの愚弟も連れて行ってくれ。私は他で用事があるから、そうして貰えると助かる」
「えっ!?」
唐突な姉の言葉に、白髪の少年は小さく声を上げて両目をしばたかせた。
綺麗なルビー色の瞳が揺れ、どこか期待を込めたまなざしがためらいがちにこちらを見つめている。
なんて綺麗な―――じゃ、なくて。
彼女の発言には、恐らく何らかの意図がある筈だ。
ぼくが市場へ向かうと言った後、叶くんは何かを言いよどむような素振りを見せていた。
・・・ひょっとして、彼も一緒について行きたかったのではないだろうか?
それを言外に察した彼女が、それとなく理由を付けて弟くんを連れて行くよう促した―――とか。
「・・・やはりブラコンでは?」
「何か、言ったか?」
「ハッ!?い、いや何でもないです・・・!」
ぽろり、と不意に零れた一言に、ドスの聞いた低音ボイスで明さんが素早く反応を示す。
おおっと。
危ない危ない、うっかり触れてはならぬ領域に踏み込む所だった。
触らぬ神に祟りなし。
ぼくは咄嗟に首を振って誤魔化すと、きょとんとした表情の叶くんの手を取り努めて明るい声を上げた。
「さ、さーて!それじゃあ叶くん、行こっか!!」
「あ・・・。は、はいっ!」
「暗くなる前には帰るんだぞー」
ぱあっ、と目に見えて表情を明るくした叶くんの手を引き、ぼくは扉をくぐって部屋の外へと向かった。
背後からは、再び書類仕事に戻った明さんの声がゆっくりと追いかけてくる。
果たして、市場で新たなぼくの相棒は見つかるのだろうか?
期待を胸に、二人は一路、湖上のマーケットへと向かうのであった―――
今週はここまで。




