∥006-02 音楽ホールの怪・後編
#前回のあらすじ:黒い目の子供達に おそわれた!
[マル視点]
『ルルル、ルルルルル♪』
『ララ、ララララ♪』
『アハ、アハハハハ』『ウフ、ウフフフフ・・・』
「・・・あのヒト(?)達、全然離れてくれませんね」
『むむむ・・・!』
【彼方よりのもの】が巣食い、危険地帯と化してしまった音楽ホール。
その中心部とおぼしき舞台の上では、空を舞い踊る少女の怪異達がぼくたちの前に立ちはだかっていた。
当初、ぼく、叶くん、アルトリアさんの3名で侵入したパーティーは早々にアルトリアが離脱。
ぼくらは現在、攻撃役を欠く状況となっている。
そこへ来ての未知なる敵の登場に、一行はすっかりピンチに陥っていた。
敵の奇襲を受けてからはや数分、未だアルトリアさんが戻ってくる様子はない。
ここへ至って、ぼくはとある決断を下すことにした。
「それじゃあ叶くん。さっき話したとおり、守りはぼくに任せて」
「は、はい―――」
『・・・曲がれ!』『曲がれ!!』
「うわぅ!?」
『・・・!!』
「ッ・・・と!大丈夫、大丈夫。メルが頑張ってくれてるから、まだしばらく猶予はあるよ。落ち着いて、よーく狙ってね」
「・・・はい!」
こしょこしょと小声で作戦会議を続けるぼくらを、不意に不可視の念力が襲う。
思わず目を瞑った白髪の少年の手前で、コバルトブルーの水壁が一瞬、たわんで淡い輝きを放った。
先程から、ああやって嫌がらせのように空中から攻撃を続けてきている。
もしかすると、こちらをいたぶって遊んでいるつもりなのかも知れない。
何れにせよ―――やる事には変わりはない。
背後に立つ少年を信じ、己の【神使】へと力を注ぎ続ける。
そうしてしばらく経った後、ためらいがちに上げられた声によって決戦の火蓋は落とされた。
「い―――今です!」
「了解!・・・メル!!」
『!!』
合図の声と共に、周囲へ展開された【バブルシールド】の上部に握りこぶし大の穴が開く。
頭上を見上げる叶少年の視界、その中心にぽっかりと開いた開口部は、空飛ぶドレス姿をぴたりと収めていた。
「【断絶の・・・枷】っ!」
『アハ―――?』
「・・・やった!」
少年の細い指先に輝く立方体が生じ、鋭く空に向かって打ち出される。
流星のように飛び出した『枷』は、頭上に舞う怪異のうち一体を捉えていた。
びくん、と痙攣したきり、少女の姿をした怪物は微動だにしなくなる。
まるで凍り付いたように、空中の一点に縫い留められた怪異。
残された一体は不思議そうにそれを眺めると、こてん、と人形のような動きで首を傾げた。
『あら?・・・あらあらあら?どうしたのよ、どうしたのかしら。おかしいわ、おかしいのよ。おか―――』
「もういっちょ!」
「【断絶の枷】っ!」
『・・・・・・?』
駄目押しとばかりに、続けて放たれる立方体。
闇を引き裂いて飛来したそれはしかし、二体目の鼻先をかすめて闇の彼方へと飛び去って行った。
それをゆっくりと目で追い、次いでこちらを振り向く。
―――少女の姿を模した怪異の顔からは、一切の感情の色が抜け落ちていた。
そして―――次の瞬間。
『キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
「ッ・・・!?」
「うわーっ!何、何!?」
絶叫。
音楽ホール全体に響き渡るような、特大の金切声が周囲を満たしていた。
つい先程まで無表情だった『黒い目の子供型シング』、その顔は憎悪に歪み、真っ黒な両目からは赤黒い液体が止めどなく流れ落ちている。
純白だったドレスもすっかり赤黒く染まり、正しくホラー映画の怪物といった姿と化していた。
ぎろり。
黒い眼窩が舞台上の二人を捉える。
『オ・ノ・レェェェェェェ!曲がれ!曲がれ!曲がれ!!!』
「くっ・・・まだまだ!この程度じゃビクともしないよ!叶くん、なんとか隙を伺って―――」
「ま、マルさん!上!」
「上?・・・ひっ!?」
再び念動が迸り、マル達を包む防壁が明滅する。
先程より増した重圧に顔をわずかにしかめつつも、残る敵を拘束するチャンスを伺おうとするが―――
ほんの少し視線を外していた間に、叶くんから警告が飛ぶ。
つられて視線を上げると――ー水壁スレスレにまで接近した少女の怪異がそこに居た。
水壁越しの至近距離から、血涙を流すガーネットのような瞳がぼくを見つめている。
それを直視してしまい、ぼくは思わず悲鳴を呑み込んだ。
『曲がれ!曲がれ曲がれ凶レマガレマガレマガレマガレマガレ!!!!!』
「うっ・・・くっ・・・この・・・っ!」
『・・・!』
「ひぃぃぃぃ・・・!!」
ごん、ごん、と殴られるような衝撃が、少女の声と同時に伝わってくる。
コバルトブルーの泡珠にべったりとへばり付き、ばんばんと掌の形に血痕を残しつつ怪異は念動を放ち続けていた。
その形相は醜く歪み、先程見せた人形のような可愛らしさは欠片程も残されていない。
圧を上げ続ける念動力に、流石のメルからも苦しげな気配が漂い始めた。
・・・このままだと、マズいかもしれない。
(どうしよう?シールドが破られる前に何とかしないと。何か・・・何か無いのか―――?)
打開策を求めて、素早く視線を巡らせる。
―――周囲を見回す視界の端に、見覚えのあるフード付きローブがちらりと掠めた。
「・・・あれは!」
「アルトリアさん!!」
決戦の場と化した舞台に現れたのは、行方不明となっていたアルトリア=ジャーミンその人であった。
【神候補】としては先輩にあたる彼女は一癖も二癖もあるが、基本的に頼りになる人だ。
地獄に仏とはこの事か。
ぼくらは声を揃え、待望の助っ人へ呼びかけた。
「助けに来てくれたんです、ね・・・?」
「・・・キャオラァァァァァァァアッッッ!!!」
「「暴走してるーーー!?」」
・・・ローブ姿の背後に、四つの脚で大地を踏みしめる恐るべき竜のヴィジョンが浮かび上がる。
【突き殺すもの】―――コンゴに伝わる、強壮なる伝承上の怪物。
霊媒の力を持つ彼女が操る、故郷の神話・伝説に連なる霊の一つだ。
その力は怪力無比、立ちはだかるあらゆるものを粉砕しうるだけの破壊力を秘めている。
ただし―――全く制御が利かない。
『 曲 が れ―――』
「キャオラァッッッ!!!!!」
「ちょっまっ・・・ぶべらっ!?」
「ま・・・マルさぁーん!?」
それまで憎悪の瞳でこちらを睨みつけていた少女の怪異が、ぐりん、と首だけで背後を振り向く。
漆黒の瞳に超常の光を点し、新たなる闖入者を迎え撃とうとし―――
直後、雄々しく角のように両拳を突き出したゴリラによって消し飛ばされた。
・・・進路上にあった、ぼくの身体も一緒に弾き飛ばされる。
空高くカチ上げられ、キリモミ回転しながら舞台上に突き刺さるぼく。
幸いにも進路から外れ無事だった叶くんがか細い悲鳴を上げる。
それを遠くに聞きながら、ぼくの意識はぷつりと途切れるのだった―――
今週はここまで。




