∥006-01 音楽ホールの怪・前編
#前回のあらすじ:明さん魔性のロリ時代
[マル視点]
『キャハハハハハ!』
『キャハハハハハ!』
薄暗いホールの中、ライトアップされた舞台の上に奇怪な笑い声が響く。
声の主は頭上、4m程の高さにぽつんと浮かんでいた。
少女だ。
10歳程の白人の子供がふたり、けらけらと笑い転げながらくるりくるりと、円を描くようにダンスを続けていた。
その身には古風な白のドレスを纏い、ターンの度にフレアスカートがふわりと広がる。
平時であれば微笑ましい光景であろうが、此処は本来、生身では来ることのできない『シング』達の巣窟。
しかも、何の原理か重力を無視したように空中に浮かんでいる。
この異常な状況下で、それはひたすら恐怖を誘う光景であった。
そして、少女達の眼窩は白目に当たる部分までが黒く、着色したガラス玉のように不気味な艶を放っていた。
―――『黒い目の子供』という都市伝説がある。
20世紀末のアメリカ西部が発祥とされ、大抵は唐突に戸口へ二人の子供が現れる、という場面から始まる。
彼等(彼女等)は家に入れるよう要求するが、不気味な印象を受けた家主はそれを拒み、結果何らかの不幸が起こる―――と、いう内容のものだ。
そして、今。
目の前には、その怪談を彷彿とさせるような少女達が居る。
恐らく―――いや、ほぼ間違いなく、都市伝説をヒトに恐怖を与える衣として纏った【彼方よりのもの】の一種であろう。
スポットライトの下では怪異がふたり、狂ったように哄笑を上げている。
その足元には、愛用の桃の木剣を構えたマルと、その背に隠れ様子を伺う叶少年の姿があった。
・ ◇ □ ◆ ・
―――少し、場面を戻そう。
今更言うまでもない事だが。
【神候補】とは、異次元からの侵略者である【彼方よりのもの】の脅威から人知れず世界を守る秘密組織である。
彼等は日夜『シング』の襲撃を防ぎ、時として彼奴等の巣窟と化した怪奇スポットを巡り、『シング』の間引きを行っているのだ。
マルが訪れたのはそんな、魑魅魍魎の巣窟と化した建物の一つ。
アメリカ大陸西部に位置する、小さな音楽ホールであった。
かつてはハイスクールとして利用され、火災により焼失した後に再建されたこの建物。
生徒の幽霊が現れる、という噂が囁かれるうちに、いつしか本物の怪異が棲み付くようになってしまった―――という訳だ。
こうした『シング』の巣は『常設任務』としてピックアップされ、経験の浅い【神候補】達の鍛錬の場となっていた。
「それが、どうしてこんな事に・・・!」
「ひぃぃぃ・・・!!」
すっかり怯えてしまったのか、華奢な身体をぎゅっと縮こまらせ叶くんが背後からしがみ付いてくる。
ちょっとドキドキ・・・じゃない。
友人として、ここは頼れる所を見せておく場面だろう。
シャツの裾を掴んで震える白髪の少年を庇うようにして、ぼくは大きく両手を広げて怪少女達の前に立ちはだかった。
それを嘲笑うかのように、交互に場所を入れ替わりながら双子の怪異はけらけらと笑い声を上げる。
『あたしの名前はキャリエッタ!』
『ワタシの名前はキャロライン!』
『キャリー!キャリー!豚の名前!!バケツ一杯の血を被って楽しく楽しく血みどろダンスを踊りましょう!!』
『キャハハハハハ!』『キャハハハハハハ!!』
『『・・・曲がれッ!!』』
「うわっ!?」
ばきん。
少女達の声が重なった瞬間、目に見えない何かがマルの至近距離へぶつかり、大きな音を立てた。
薄く白く輝く光のヴェールが、眼前でちかちかと瞬いている。
叶くんの【静寂の帳】だ。
こんな事もあろうかと、異様な少女達が出現した時あらかじめ使用していたのだ、
「な、何ですか今の。・・・念動力!?」
怪少女の瞳が妖しく輝くと同時に、ぼくたちは攻撃を受けていた。
UFO型シングのようにビームを放ったり、物を投げつけてくるような素振りは全く無い。
文字通り、念じるだけで対象を攻撃できるのが、この怪異の固有能力のようだ。
「叶くん。『帳』の耐久度は大丈夫?」
「だ、大丈夫です!でも、何度も攻撃されたらどうなるか・・・」
「むむむ。何とか反撃したい所だけれど、飛び道具のある叶君は防御で手一杯だしなぁ。ぼくが守りを担当してもいいけれど、あれを防ぐとなると・・・。【バブルシールド】を常時張りっぱなしにしなくちゃ」
そう言いつつ、ちらりと頭上の二体へ視線を投げる。
相変わらず、黒い目の子供達はけらけらと笑いながら空を舞っていた。
動きも不規則で距離もある。
あれを狙うのはいかにも難儀しそうだ。
ぼくは小さく舌打ちすると、この場に居ないもう一人の同行者の顔を思い浮かべた。
「全く。こんな時に、あのゴリラは一体何処に行ってるのさ・・・!」
「逸れちゃってから今まで、全然行方がわからないですもんね・・・」
アルトリア=ジャーミン。
イギリス貴族の血を引く混血の少女。
森の賢人の愛称で知られる彼女は今回、一行のアタッカーとして同行していた。
だがしかし、入口すぐの所で毎度のごとく暴走し、明後日の方向に向けて突進したきり行方知れずとなっていたのだ。
降霊術を扱う彼女は、いわゆる『ハズレ』を降ろすと制御の利かない暴走特急と化してしまう。
扱いには一癖あれど、有用な霊を降ろす事ができれば非常に頼れる戦力となり得る。
そんな彼女が居ない事実に嘆息すると、ぼくはこの場を切り抜けるべく、灰色の脳細胞をフル回転させるのであった―――
今週はここまで。




