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お釜大戦  作者: @FRON
第五章 ダゴン・マル・アズサ 北海の大決闘!!
251/342

∥005-H 理想郷の少女・下

#前回のあらすじ:ロリに浸食される生活!



[明(あきら)視点]



「グスッ。お・・・、おねえちゃ―――」


()()、静かに。姉ちゃんのいう事、聞ける?」


「んぅ・・・・」


「いい子ね」



真っ暗闇の中、微かに()()()ような少年の声が上がる。


それを制すように口の上に指を当て、私は息を潜めたまま小さく囁いた。

弟(が居るはずの方)を()()と見つめること、数秒。


無言のまま頷く感触を指先から感じ取ると、私は()()と微笑みを浮かべた。

ミルクのようなにおいのする暖かな身体を、そっと抱きしめる。


―――闇の外からは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


()()()()()

()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()

()()()()()()


()()()()()()

()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()()()()

()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()


―――複数の殴打音、悲鳴。


誰かが倒れ、その振動で()()()()()()()()()()()へ、ぱらぱらと埃が降り注ぐ。

弟がそれを吸い込まぬよう強く抱きしめると、私は()()と耳をそば立てた。


今の時間は、昼前。


駐在は今朝、玄関から見送ったから()()には居ない。

()()』はそれを知っていて、この場所へ()()()にやってきた。


()()()とは、いったい何?

―――愚問だ、()()()()()()()()()()()()


そう。


私は、タイムリミット(これ)を自覚し、今までずっと準備を進めてきた。

―――あれは今から、およそ10分前。


()()()()()()を耳にした私は、その場で無言のまま立ち上がった。

そして家の中を歩き回ると、私と弟の私物を中心に手早く荷物を拾い集め、押し入れの奥へと放り込む。


この数日、駐在の家の周りへ出られるようになってからずっと、私は人目を避けつつ家の立地、間取りを細部に至るまで調べ上げ、隠れ場所と逃走経路を見つけ出していた。

それを元に幾度となくシミュレーションを繰り返し、優先すべきものから順位付けして頭に叩き込んでゆく。


()()()()()()()()()()


侵入者の接近を知らせる簡易的な鳴子も、その折()()()に仕掛けたものだ。

()()が決まってからというもの、私の行動は常に『()()』を意識したものとなった。


掃除と整理をこまめに行い、生活痕を極力残さないようにした。

―――逃げ隠れる際、()()を容易に消し去れるようにだ。


尤も、二人分の痕跡を跡形も無く消すことは難しい――ーと言うより()()()だ。

だがしかし、要は()()()()()()()()()()()()()()()()


あえて証拠となるものを残し、その上で『()()()()()()()()()()()()()()

誤った情報で敵を誘導し、欺くのだ。


そんな目論見が仮に成功したとしても、所詮は子供だまし。

精々が時間稼ぎにしかならないだろう。


しかし―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


そんな涙ぐましい努力は、ある程度成功に終わったらしい。

侵入者達は先程からひっきりなしに、家の内と外を行き来している。


足音から()()を察すると、私は闇の中()()()と一つ頷いた。


今の所、想定通りに事態は推移している。

後は―――()()を待つだけだろう。


暗闇の中で二人、私と弟は()()と固く抱き合う。


一秒、二秒。

時間の感覚が曖昧な漆黒の中で、ゆっくりと数を数えその『()』を待つ。


―――やがて、千と五百を数えた頃。


()()()()()()()()()()()()()()

家の外から、男同士が言い争うような声が聞こえてくる。


我が物顔で居間を占拠していた『()()』は小さく舌打ちを残し、そして―――

侵入者たちを引き連れ、駐在の家から立ち去った。


()()()()()()()()


なおも私は頭の中で数え続ける。

そして数え終え、静まり返った家の中で、私はゆっくりと顔を上げる。


闇の一角へと()()()()に手を伸ばし―――()()()()()()()()()()()()()()()()()


闇の中へ、外から一筋の光が差し込む。

始めはか細かった()()は二度、三度と力を込める度に光量を増し、更に押し続けると―――隙間から、半ば引きずり出され横たわる衣装ケースが垣間見えた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ここ数日の仕込みで据え付けた()()を、私は渾身の力を込めて脇へと退ける。


上がった息を整えると、私は変わり果てた駐在の家へ改めて足を踏み入れた。


―――扉と言う扉は開け放たれ、一部は壁に激突し蝶番が外れ、傾いている。

畳の上は黒々と、無数の靴跡によって埋め尽くされている。


箪笥の裏、収納、天袋に至るまで。

隠れ場所となりそうな所は全てが暴かれ、その中身が足元へと散乱している。


その中心、捨てられた子供のように嗚咽を漏らす―――()


私は駐在へ歩み寄ると、涙と鼻水に塗れた顔を正面から優しく抱きしめた。

涙が染み込み、小さな胸に冷たい感触が広がる。


嗚咽が更に強くなり、身体の後ろに回された手が、ぎゅっと私のシャツの裾を握りしめた。

慈母のようなふるまいを見せる少女の表情は―――しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



(―――()()()



()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()


本家の連中は方々を探し回り、また遠くない未来に()()へと戻ってくるだろう。

つまるところ、私がしたのは()()()()()()()()()


ならば―――()()()()()


決まっている。

()()()()()()()()


稼いだ時間を元手に、()()()()()()()()()()

その為に、()()()()()()()()()


()()()()()()()()()()()()()


駐在の頭を撫で、優しく言葉を掛け続けながら。

少女の瞳は冷たく、氷のように醒めた光を宿していた―――




  ・  ◇  □  ◆  ・




「いってらっしゃい。気を付けて―――!」



名残惜しそうに、幾度も振り返りながら歩く駐在。

それを見送る私は懸命に手を振り、その姿はさながら戦地へ夫を送り出す幼な妻のようだ。


夕刻、暮れなずむ紅い太陽の光。

家へと這入り込んでくる()()を、私は罅の入った玄関扉で()()()()と遮った。


―――あの後。


私は駐在を説得し、この事態を外部へ報せるべく、家の外へと送り出した。

彼の家には電話線が引かれていたが、乱暴な()()()の途中切断されてしまい、機能しなくなっている。


携帯電話の電波も届かぬこの僻地では、残された通信手段は郵便か、電話のある所へ移動する位しか無い。


仮にも警察職員の家を荒らすという凶行に、このまま黙っている訳にはいかない。

()』の力で事態へ介入させ、彼等を抑え込もう。


―――と、いうのが駐在を説き伏せた()()の内容であった。


無論、()()()()()だ。

選民思想に凝り固まった村の老人達、その支配下にある有力者達に、『()』の介入なぞ蚊が刺した程にも堪えぬだろう。


それに―――理由は不明だが、村の外の勢力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

21世紀にもなって、携帯電話網(GSM)の一つも引かれていないのがその証拠だ。


私は玄関を後にすると、()()()()()を開始した。

これから始めるのは、賭けと呼ぶことすらおこがましい、()()()()()()だ。


本音を言えば、このような事態に陥る前にこんな村は逃げ出したかった。

しかし、事ここに至って甘い事も言っていられない。


私は―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()


そして。

諸々の準備を終え、私は調理台の前に立つ。


目の前には、()()()()()()()()()()()が一つ。

ゆらめく陽炎を纏わせて、ガスコンロの上で火にかけられていた。


揺れる青い炎を()()と見つめる、私の背後。

そこには、ただならぬ空気を察したのか、怯えるように視線をさ迷わせる弟の姿があった。


()()()とそちらへ視線を送ると、私は再び調理台に向き直る。

そして火種(ティッシュを捩って先端に油を含ませたもの)を手に取った。



「ぉ、おねぇちゃん・・・?やめようよ、それ。危ないよぉ・・・」


「・・・・・・」



私は無言のまま、コンロから種火に火を移す。


そして―――()()()()()()()()()()

瞬時に、薄暗い室内が赤く染まる。


天井近くにまで、真っ赤な火柱が吹きあがった。


背後で小さく上がる悲鳴。

それを()()に、私は()()()()()()()()()()()()を水から上げ、振り返った。


今、視界の中心には、弟が。

恐怖と不安に圧し潰されそうになっている、7歳の少年の姿があった。



「いい?これから姉ちゃんがいう事をよく聞きなさい」


「ぐすっ」


「・・・私が()()と言うまで、この場を動かないこと。ここへ()()()()()()()()()()について行くこと。()()()()()()()()、言いつけを破らないこと」


「・・・ぐすっ」



水を吸って重くなった毛布を肩から被せつつ、私は屈んで視線を合わせながら語り掛ける。

毛布の重量によろけ、赤い瞳にいっぱいの涙を溜めながら、小さな少年は必死にその言葉に耳を傾けていた。


―――()()()()()()()()()()


何かが焦げるような臭いが強くなった。

頭上で灯る火災報知器の色が変わり、周囲に警報が鳴り響く。



「ぉ、おねえちゃんは、どうするの・・・?」


()()()()()()()()()()。・・・それよりも。今の言いつけ、ちゃんと守れる?」


「・・・ぅん」


「よかった」



煙の色が黒く変わる、室内の温度が上がってきた。

不安で塗りつぶされそうになる感情を気力でねじ伏せて、私は明るく微笑む。



「じゃあ、()()()()()()()ね。ゆーびきーりーげーんまーん」


「うそ、ついたらはりせんぼん、のーます・・・」


「はい。()()()()



絡ませた細い小指を離す。

私は弟の頭に濡れた毛布を被せると、もう一度、精一杯の笑顔を浮かべた。


少年の視界の中。

姉の背後でひときわ強く、赤い炎が吹き上がる。


()()、と短く悲鳴を上げ、床の上にへたり込む少年。

それに倣うようにして、弟の隣に私は座る。


頭上を見上げると、台所は既に()()()()と立ち上る黒煙が充満し、天井にまで火の手が回っていた。

喉に痛みを感じ、口元を服の裾で覆う。


―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


この家から燃え広がりそうな位置に、他の家屋が無いことは既に調査済みだった。

死ぬのなら―――()()()()


弟だけは、死んでも守る。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()



「おねぇちゃん、寒い・・・」


「あっ・・・。ごめんね、これでいい?」


「ぅん。―――おねえちゃん、あったかい」



弱々しく指先を握る手が小刻みに震えていることに気付き、私は小さな身体を毛布の上から抱きしめる。

衣服越しに触れ合うお腹がゆっくりと熱を伝え、間近から見える弟の顔色に幾分、赤みが差してきた。


心の中で、そっと安堵の息をつく。

そのまま、抱きしめ合ったまま時を待った




  ・  ◆  □  ◇  ・




やがて―――


熱気と、吸い込み続けた煙のせいで意識が朦朧とし始めた頃。

()()はやってきた。



「―――大丈夫か!要救助者は・・・()()()()()!?」


「ぁ・・・。遅かった、ですね」



オレンジの防火服が、燃え盛る扉を蹴破り踏み込んでくる。

ヘルメットの下の顔が、あの夜、真っ赤なライトバンと共に現れた人物と同じ事を認め、少女は()()と微笑んだ。


―――次の賭けも、私の勝ちだ。


少女が小さな勝利に笑顔を浮かべる一方。

消防団の男は密かに困惑していた。


村の駐在の家から出火したと報せを受け、踏み込んだその先には、()()()()()()()()()()()()

件の駐在に妻子はおらず、家族も数年前に他界したきりの筈だ。


つまり、少女達の存在は男を含めた、誰も認識していない。

()()()()()()()()()()


そこに()()()()()を感じ取り、男は僅かに顔をしかめる。


異端者として村から半ば隔離され、行き交う噂の大半に触れずにいた彼は気付けずにいた。

それが、村の一部住人が血眼になって探す、()()()()()()()()()()()()()であると。


一方。


男が当惑する最中、少女は()()()()()()()()()()()

それに気付く前に、見上げるような男の懐へ()()()と少女は忍び込む。


至近距離から見上げられ、()()()と目を見張る男。

交わる視線の先を見つめ、亜麻色の髪の少女は語り掛ける。



「―――()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「何、だと・・・!?」


「ここ数年、病気や怪我で村の外の病院へ運び込まれて、そのまま戻らず『()』で暮らすようになった人が居ると、聞きました。何人も。・・・()()()()()()()()()()()?」


「・・・!!」



実の所、『()』の噂はあの夜以前既に耳にしていたのだ。


村を出る方法を密かに調べる中。

幾度も耳にしたのは『()()』を手引きするという、()()()()()()()()()()


この地と外界の()()()繋がり、それに関する噂の内容。

そこから導き出した―――『()()()()()()』。


それが今、()()()()()()()()()()だ。


わざわざ口に出して聞かせたのは、()()を見る為だ。

少女は生来の才能か、これまでの経験からか、他者の細かな反応から感情と思考を読み取り、それに応じ演じる事に突出した能力を持っていた。


先程の男の表情から、おおむね()()が事実であることを確信する。

少女は花がほころぶような笑顔を浮かべ、聞くものを自然と振り向かせる声色を使い、話し続けた。



「傷病者を村の外へ連れ出し、そこで暮らす為の伝手を用意する。あなたはそうやって何人も、この地獄のような場所から救い出してきた、違いますか?」


「・・・・・・」



少女の断定に、男は無言でもって応じる。


―――あと一手だ。

弟が、この世に残されたただ一つの絆が健やかに過ごす為、()()()()()()()()使()()()()


深々と頭を下げ、次に見せた少女の表情から、男は吸い寄せられたように視線を外せなかった。



「お願いします。莫迦な事を仕出かした私の事は、置いて行って構いません。ですから―――どうか、この子だけでも。弟を此処から救い出してください。お願い、します―――!」


「・・・ッ!?」



壮絶な美しさであった。


既に四方は火に囲まれ、灼熱の大気と煙が充満している。

その中で、艶然と微笑み、足元に縋りつく少女。


慣れぬ環境、張り詰め続ける神経、それらは幼い身体を着実に削り取り、既にいつ倒れてもおかしくない状態へ追い込んでいた。

しかし―――()()()()


極限状態の最中、全身全霊を掛け、()()()()()()()()()姿()()()()()

視線を外す事すら許さない、()()は今やまさに、()()()()()を発揮していた。


()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


―――()()()()()()()()()()()()()()()()()

その時。



「!?」


()()・・・っ!!」



天井の一部が崩れ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


最初に気付いたのは、少女だった。

一瞬早く、頭上から聞こえた()()を、極限まで研ぎ澄まされた意識は感じ取っていた。


男が反応するよりも早く、熱と疲労で重くなった手足を動かし、小さな身体へと覆いかぶさる。


()()』は中途半端な形で終わったが、今は()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()


両親を失い、周囲は悪意だらけ。


親なしとなった身は何処へ行こうと煙たがられ、そのくせ()()()()()()()()()はこの身体を付け狙っている。

多少丈夫だろうとも、頭が早く回ろうと、敵だらけのこの世界では大して役に立たない。


所詮は、未だ7歳の子供なのだ。

そんな中、唯一の希望は今や最後の血縁である、白髪の少年であった。


弟は、少女にとって自分以上に大切な存在。

この絆を失えば―――()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()

―――()()()()()()()()()()()()()


瓦礫が落ちきるより一瞬早く、その下へと滑り込む。

小さな身体を固く抱きしめ、両目を()()()と瞑り、少女は激突の瞬間を待つ。


しかし―――()()はいつまで待っても訪れなかった。



「・・・?」


「大、丈夫・・・か?」



何か()()()()()()が、私の身体を包み込んでいた。

それが、消防団員の逞しい肉体であることを、()()()()()()目を開いた少女は知った。


思わず息を飲む。

視界の中、黒く煤に塗れた厳めしい顔が、()()()()()()()()()()を浮かべた。


目を瞬かせ、脱力した私が()()()と頷く。

それを確認すると、男は背中を圧迫していた天井板の燃えさしを脇へ降ろした。


()()()、と重い音を立てて、瓦礫が床の上へ横たわる。

()()、と息を吐くと、ヘルメットの下の二つの瞳がこちらを向いた。


オレンジの防火手袋に包まれた大きな手が、()()と差し出される。



()()()()()()()()()()()()。・・・立てるか?」


「はっ・・・はい」


「よし。そっちの坊主は―――気を失ってるか。まあ、いい。()()()()()()()()()()


「え・・・えッ!?」



差し出された手を()()()()と握ると、力強く握り返される。

その逞しさに思わず()()()としていると、男は続いて濡れた毛布の下から弟の身体を()()()と抱き上げた。


そのまま弟と二人、荷物か何かのように小脇に抱えられる。

思わず上げた疑問の声はすぐに驚きへと変わり、()()、と周囲の景色が後ろへと一気に流れる。


―――気付けば、燃え盛る家の外へ二人は連れ出されていた。


揃って毛布に包まれ、荷物か何かのように()()()()()()()()()の後部座席へと放り込まれる。

座席シートの上を()()()と転がると、頭上に見える窓ガラスの外から幾人もの声が響いてきた。


―――ああ、よかった。

ぼくの()()()()()は無事だったんですね。


―――()()()()を渡せ、今すぐにだ。

大人を舐めやがって、たっぷりと()()()()()やる。


―――何てことだ、恐ろしい。

やっぱり()()()()()はすぐに()()()捨ててしまうべきだった。


―――きっとこのままでは、更に大きな災いを引き起こすに違いない。

―――ひと目でいいから会わせてください。

―――つべこべ言わずに、渡せ。


―――()()

―――()()

―――()()


駐在、会取(えとり)本家の使い、その他大勢の野次馬達。


三者三様が()()()()な主張を繰り返し、不協和音を奏でる。

その姿は浅ましく、惨めで、ヒトの醜さを凝縮したような、正に吐き気を催す()()()()()であった。


()()()()()()とがなり立てる外の声を耳に入れまいと、少女は必死に弟の耳を塞ぐ。

その間も、小さな耳は醜悪な大人達が奏でる騒音に晒され続けた。


ぎゅっと両目を瞑り、ひたすらこの時が過ぎるのを待つ。


―――これが、村の実情だ。

誰もが誰も、自分の事ばかりで他者を顧みない。


本当に酷い話だ。

だが―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


たとえ少女の望みが叶い、村の外へ出られたとしても。

そこに広がるのが、()()()()()()()()()()()()()()()()


疲労と火事の影響で弱った心に、()()()()と黒い不安が忍び込んでくる。


身体が寒い。

まるで凍えるようだ。


()()()()と震える手を伸ばし、一縷の救いを求めるように弟の手を握る。

そのぬくもりに一筋、涙を零したその時。


―――光明のように低く、落ち着いた声が響き渡った。



「・・・救助した子供、二名は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。こいつらはこのまま、『()』の施設が整った病院まで搬送する」


「「・・・っ!?」」



声は、消防団の男のものだった。


煙で痛めた喉を振り絞り、罅割れしゃがれた声を張り上げ続ける。

その響きには不思議と、耳を傾けずにいられない、引力のようなものが宿されていた。


―――周囲の視線が、オレンジ色の防火服へ一斉に集まる。


好奇の視線、苛立ちの視線、縋るような視線。

その全てを、巌のような男は腕組みしたままに、一歩も引かず真っ赤なバンの前で受け止めていた。



「治療ならば・・・、()()()()()()でも出来ます。一刻も早く医者に見せるというのなら、我々の手に委ねるのが道理では?」


「・・・そいつは、()()()()()()()()か?聞いているぞ、会取本家お抱えの医者は、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そいつも知識くらいはあるかも知れん。だが、重度の火傷の対処などロクに経験も無いんだろう?そんな輩に、重症者を預ける事はできんな」


「ぐっ・・・!」



低く、迫力のある声が、従者の上げた異論を真っ向から叩き伏せる。

痛い所を突かれる形となった従者が黙る一方、代わりに()()()()と声を上げる人物が居た。


()()()



「ぼ、ぼ、ぼくは―――!ふ、二人の()()()として、勿論同行させて貰えますよ、ね・・・!?」


「・・・」



一瞬、男の厳めしい顔が()()()と赤いバンの方を向く。

しかしすぐに駐在へ向き直ると、再び静かに語り始めた。



「20歳以上、もしくは結婚歴のある人物。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。確か養子縁組についてはそう、定められていた筈だ。あんた、何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「うっ・・・!」


「・・・()()()とは思ったが、今の反応で確信できた。お前、あの二人を無理やり―――あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な?それが犯罪だと。()()()()()()()()()()()()()()()だろうに・・・」


「くそっ・・・くそぉ・・・!!」



()()()()()()()()()()()と、真正面から突き付けられ、膝から崩れ落ちる駐在。

嗚咽に続き、大声で泣き声を上げ始める彼を()()に、男は鋭い視線で周囲をゆっくりと見渡す。


野次馬達を含め、全ての群衆がその鋭さに思わず一歩引き下がり、周囲には凪のように沈黙が満たされた。

そこへ男はもう一度、低くよく通る声を響かせるのだった。



「繰り返すが―――。あの姉弟は一度、外へ連れて行く。そこでゆっくり、身体と心を癒してもらう。そこから先のことは―――()()()()()()()()()()()()()()()



そうとだけ言い残すと、野次馬達をその場に残し、男は愛用のライトバンへ乗り込んだ。

()()、とドアを閉める音に続き、運転席シートの上にずんぐりした男の身体が収まる。


―――その後頭部から、顔の右半分にかけて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


あの時、私達をかばって落下する瓦礫を受け止めた折、付いた傷跡だ。

今更ながらに、自分の行為が齎した結果を目の当たりにした少女は、()()()と唇を噛む。



「・・・ぁ・・・」


「―――!」



その時。


()()後部座席へ振り向いた男の視線と、少女の()()がぶつかった。

視界の中、厳めしい顔の右半分を埋めるガーゼの端から、赤黒く変色した皮膚が垣間見える。


()()を目にした瞬間、少女は開こうとした口をつぐみ、何も言えなくなってしまった。


―――()()()()()()()()()()

何か罰を受けるとしても、()()()()()()()()()()()()()


たとえ幸福の為であろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それを真正面から突き付けられた少女に出来たのは、ただ、かすれた声を細く漏らすことだけだった。


やがて、ショックから立ち直った少女は小さな声で、ぽつりぽつりと謝罪を始める。



「ご・・・ごめんなさ―――」


()()。・・・いいんだ」



()()()()


大きな手が、毛布の上から小さな頭を撫でる。

恐ろしくて合わせる事が出来ずにいた男の瞳は―――()()()()()()()()()()()()()()


男の独白は続く。



「急に親を亡くして、色々と大変だったろう。苦しかっただろう。お前が()()()()()事は、許される事じゃないかも知れん。()()―――」



顔の割に小さな、黒目がちな瞳が悲しそうに揺れる。


僅かな間、押し黙った後。

瞳に無数の感情をよぎらせ、男はこう続けた。



()()()()()()。それが守れるなら、私から言う事は何もない」


「・・・うん」


()()



俯き気味に、少女が僅かに首を縦に振ったのを見て取ると、男もまた静かに頷く。

そしてハンドルへ向き直ると―――ライトバンのエンジンを掛けた。




  ・  ◆  ■  ◇  ・




そこから先はしばらく、静かな時間が流れた。

私は後部座席で、弟と揃って()()()()()()しながら切れ切れに意識を覚醒させ、()()()()のない質問を繰り返していた。


家族はいるか。

友達は。

昨夜は何を食べた。

あの夏の、思い出の場所は。


母さまと眺めた蛍の乱舞。

冬の星空。

秋のお月様。

森と山と、どこまで行っても果てが無い草原で、暗くなるまで遊んだ夏の日。


男には昔()()()()が居て―――しかし、()()()()()()()()()()こと。


()()()()()()()()()()()()その人が、旦那さんに暴力を振るわれるようになって―――しまいには、()()()()()()()()()()こと。


その人を助ける為、周囲の反対を押し切って村の外へ連れ出した男は、()()がきっかけとなって、今でも似たような事を続けていること。



「・・・その人、()()()()()()()()()()


()()()


「母さまも、まだ小さなころに()()()()()()()に見初められて、大人になるまで沢山の子供を産んだんだって。旦那さまは()()が気に入らなくて、成長して綺麗になった母さまが子供を身ごもる度に、お抱えの医者に頼んで()()()()んだって。()()()()()()()()()()()()、最後に酷く体調を崩した時から、()()()()()()()()()()()()()()、って。むかし、母さまがそう言ってた」


「・・・・・・そうか。()()()()()()()()()―――」



私の話の()()に、男は開きかけた口を思わず閉じる。


私の母―――

仁愛(にあ)が本家を放逐されたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()


私が産まれる前から、母さまは村の中で石女(うまずめ)と呼ばれ、蔑まれていた。

―――では一体、()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「―――団虹堂(だにぢどう)()()()()()か」


「うん」



その答えとなる呟きに、私は小さく頷いた。


―――曰く、村の豊穣は全て、土地神様の加護である。

―――曰く、土地神様は()()()()()()()()()姿()で夢枕に立ち、子宝を授けるという。


多産を誉れと定める土着宗教の蔓延るこの地において、不妊や閉経後の女達が縋る唯一の光明が、土地神の社へ日参する一種の儀式であった。


()()()()()()()()()


日夜欠かさず、山の麓に()()()()と佇む小さな社までの道を通い、無心に祈りを捧げる。

その末に身籠ったのが、(あきら)(かなえ)、かの双子であった。


―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


その純粋な、狂気にも似た母の想いの結晶が、私達なのだ。

だが―――()()()()()()()()()()()



「ん・・・()()()


「喋り疲れたろう、もう休め」


「・・・ぁぃ」



可愛らしい()がひとつ。


眠気で朦朧とし、言葉にならぬ返事を残したきり、亜麻色の髪の少女は()()()()と寝息を立て始めた。

一瞬振り返り、少しだけ微笑むと男は再び前へと向き直る。


毛布の下、小さく白い二人の手は、二度と互いを離さぬよう、固く固く握られていた。




  ・  ◆  □  ◇  ・




―――不規則な振動、小鳥の囀り、低くうなるエンジン音。


半覚醒した私は眠たげに目をこすると、()、と片手だけで伸びをする。

もう片方の手は、未だ弟のか細い指を握りしめたままだ。


()()、と小さく息を吐き出すと、()()()と座席シートの上に起き上がる。

不規則な生活が祟ったのか、水気を失った亜麻色の髪が()()()()()とシートの上に広がった。


外は既に明るく、差し込む光も眩しい。

私は少しの間、目を細め()()()()と唸っていた。


やがて意を決して目を開くと、そこに飛び込んできたのは―――()()()()()()だった。


()()―――」



道を行き交うたくさんの車、隙間なく舗装された道路、道の脇に立ち並ぶ沢山の家々。

そんなありふれた地方都市の情景は、当時の私には目新しく、とても新鮮な光景に映ったのだ。


思わず声を上げる私に気付き、バックミラー越しに()()()()してみせる男。

その背中に向けて、()()()()()()()()()()()()()()()、と矢継ぎ早に質問を繰り返す。


そして最後に、()()、と小さく咳をすると―――


私はその日からしばらく、()()()()()()()()()()

()()()()()ぶり返した弟と揃って、4日間の入院である。


実に久々の風邪引きさんだったが、恐らくこの数日の疲れと緊張が原因だろう。


一方。

そんな二人を引率した消防団の男―――茂羽賀(もうが)もまた、入院する羽目となっていた。


私を助ける時に負った火傷が、思いのほか重症だったらしい。


()』の拠点へと私達を送り届けた()()()()()()()()、3人仲良く緊急搬送される流れとなった。

その後、引き取られた先の家で()()()されたり、手加減に失敗しそいつに心的外傷(トラウマ)を負わせたりと。


そんな感じに色んな出来事があったのだが、それはまた、()()()である―――



今週はここまで。

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