∥005-E 突撃!お宅の晩御飯!!
#前回のあらすじ:家庭教師することになった
[マル視点]
「はいよっ、お待たせ!いっぱい食べてきなっ!」
「「「「「いただきまーす」」」」」
天然木を加工したテーブルの上に、勢いよくどん、と大皿が置かれる。
乳白色のカンバスの上を彩るのは、キツネ色になるまでこんがり焼かれた羽根付きギョーザの山だ。
欠食児童よろしく両手に小皿と箸を構えると、我先にとギョーザの山を切り崩してゆく。
ギョーザ、白米、ギョーザ、ギョーザ、白湯スープ、も一度ギョーザ。
どれだけ崩そうと後から後から積みあがる、ここは正しく炭水化物の永久機関だ。
うず高く積みあがった餃子山の頂きに待つのは、伝説の黄金境か、はたまた狂気に彩られた太古の遺跡か。
―――なんて、グルメ小説めいたモノローグはさておき。
マーケットでの一幕の後、ぼくは会取姉弟の知己だという中年男女に誘われるまま、晩御飯を御馳走になっていた。
きっぷのいい女主人といった風体の女性(よね、という名らしい)の案内で向かった先は、【学園】では珍しいくらいの純和風建築が待ち構えていた。
瓦葺きの屋根と、年季の入った色合いのシックな木造家屋。
生垣に区切られた空間の中には、古き良き田舎の古民家さながらの光景が広がっていた。
昔ながらの土間に驚きつつ、家に上がって早々に通された居間。
そこでキョロキョロ辺りを見回しているうちに、あれよあれよという間に宴会の準備が進み、先刻の場面という訳だ。
そこに居並ぶ面々は、先程から2人増えて6名。
ぼく、叶くん、明さん。
更によねさんに加え、後から合流したコワモテの男性(茂羽賀さんという)に、新顔の青年が一人、こちらはぼくとほぼ同年代の男性だ。
長く延ばした茶髪、縁なしのお洒落なメガネの下には知性的なマスク。
ダメージドジーンズと英語のプリントの入ったTシャツを着こなす彼は、兵二というらしい。
彼は現在、隣でギョーザの山と格闘している。
それに負けじと食べる、食べる。
そして―――30分後。
崩せど崩せど先の見えぬ戦いを続ける事、しばし。
早々にリタイアしたぼくは、畳の上に大の字になって伸びていた。
ぎし、と床を踏みしめる音に片目を開ける。
すると、そこには先程紹介したばかりの兵二さんが立っていた。
「ホレ、おめーの分」
「あざっす。・・・えーと、兵二さんも食休みですか?」
「ま、そんなトコ。それにしても・・・ふーん」
「・・・な、何スか?」
手渡された麦茶入りの湯飲みを一口飲むと、ほう、と小さく息を吐く。
そんな仕草を、まじまじと見つめてくる視線に少し居心地の悪さを感じ、ぼくはわずかに身をよじる。
困惑混じりの声を上げたぼくを眺め、少しの間考えるようなそぶりを見せた彼は、突然とんでもない事を言い出した。
「アキが珍しく外の人間連れてきたって言うから、珍しいコトもあるもんだと来てみたが・・・。ひょっとしておめー、あいつの事狙ってる?」
「んなっ・・・。ななな、何を唐突に!?」
「いや、だっておめー。俺らぐらいの野郎が考える事なんて一つだけっしょ?カナはあんな形だけど男だし、消去法で自然とそうなるっしょ」
「いや、そりゃ確かにそうだけど。そうじゃないでしょ?ぼくがそんな、叶くんのお姉さんがスキ、だなんて。・・・ねぇ?」
藪から棒に飛び出した発言に、どきん、と胸が大きく弾む。
ぼくが明さんを?
ないない。
大体、出会ってからこのかた、そこまで接点多い訳じゃないし。
・・・まあ、叶くん経由で顔を合わせる機会は結構、あるけれど。
そもそも、素顔すらロクに見ていない相手に惚れるだなんて、おかしな話だと思う。
うん。
ぼくは友人の姉狙いで部屋に通い詰める卑しい野郎じゃない。
証明終了。
「いかん!いかんぞー。あの女だけはやめとけ、やめとけ!」
「えっ。・・・何で?」
「何で?って、そりゃあ・・・」
一方。
急に沈黙したぼくの反応を逆に捉えたのか、彼は大きくかぶりを振って身振り付きで駄目出しを始めた。
ぱちくり、と目を瞬かせて疑問の声を上げるぼくに、何故か一瞬言いよどむ兵二。
そこへ、食事を終えたのか話題の人物が丁度、運よく(悪く?)通りかかった。
「・・・何だお前ら、もう仲良くなったのか?」
「げっ」
「あ・・・。明さん、御馳走になってます。それでえーと、これはその、世間話、的な・・・?」
ジャージ姿の少女はぼくらを見つけると、とてとてとこちらへ寄って来る。
その姿にあからさまに呻きを上げる兵二と対照的に、何故か恥ずかしくなったぼくは視線をさ迷わせると、しどろもどろにそんな受け答えをした。
そんなぼくらの様子に何かを察したのか、ニヤリ、と悪戯っぽく笑う少女。
次いで彼女の口からは、唐突に爆弾発言が飛び出した。
「本当かー?またぞろ初対面の時みたいに、いきなり告白ぶちかましてきたんじゃないのかー?」
「こくっ・・・!?」
「おめーそれ他のヤツに絶対ばらすなって言ったよな!!!??」
「!?」
告白!?
誰が誰に!?
驚きのあまり思考がフリーズするぼくをよそに、顔を真っ赤にした兵二くんがジャージ姿の彼女へ喰ってかかる。
どうやら、『告白した⇒された』というのは、『彼が⇒明さんに』で、合っているらしい。
「あれは忘れもしない幼い日。壁際に追い込まれた私は当時、初対面のこいつに言われた訳だ。『お前・・・俺のモンになれよ』、と」
「ぎゃあああああああ!!??」
情感たっぷりに、声真似しつつ当時のやりとりを語る明さん。
ハスキー気味な声で囁くように言うものだから、耳元で再生されたら悶絶しそうな程の、それはもう見事な美声であった。
だがしかし、その時のぼくは何故かそんな気分になれなかった。
身体が寒い、全身から力が抜けるようだ。
震える唇を賢明に開き、ぼくはおそるおそる問いかけるのだった。
「そ、それ・・・。どんなふうに答えたんです、か?」
「確か、こうだったか。『嫌です。あなたと私は初対面で、特に印象として思う所もありません。よってその要求に従う理由も必要も感じません。皆無です』」
「ぐええええええ!!?」
「『ところで、今のはお願いですか?それとも立場を背景にした命令?後者なら、保護監督者への告発も止む無しですが』」
「おごおおおおおおおおぉぉ!!!・・・ガクッ」
「し、死んでる・・・!」
死んでいた。
目の前には、少女の告げる一字一句に悶え、苦しみ、心の古傷を暴かれのたうち回った末、微動だにしなくなった野郎の死骸が横たわっていた。
網手兵二、享年19歳。
死因―――恥ずか死。
・・・察するに、故郷を離れおヨネさん達の下へ引き取られて間もない頃、明さんは当時の兵二くんと出会ったのではないだろうか。
そこで一目ぼれした彼は即、告白し―――見事玉砕した、と。
「つ、つまり・・・。お二人は付き合ってない?」
「そんな事実はない」
「・・・ほっ」
やはりというか、二人の矢印は完全に『彼⇒彼女』の一方通行だったようだ。
そして、それが完全にトラウマになっているのが兵二くんで、全く気にもしていないのが明さん、と。
・・・あれ、ぼく今安堵してる?
不可解な自分の胸の内にひとり、ぼくが首を捻っていると。
がばり、と勢いよく起き上がったお洒落メガネの彼は、びし、と明さんに向け勢いよく指を突き付けた。
「・・・だから!こーゆー血も涙もないアクマはやめとけって話だよ!!!!!」
「何を人聞きの悪い事を。そんなだから、未だに彼女の一人も出来ないんだぞお前は」
「おめーーーーがそうやって事あるごとにチクチク弄るから!軽く女性恐怖症入ってんですよ俺は!!!??」
「そうか、お気の毒に」
「うがー!!!」
南無南無、と両手を合わせて瞑目する少女に、獣のように吠えつつも完全に腰が引けている青年。
二人の関係性が透けてみえるような光景を前に、ぼくは思わず苦笑いを浮かべる。
そこから少し離れた縁側では、すうすうと寝息を立てる叶くんの小さな頭を膝の上に乗せ、それを見守る火傷顔の男。
その傍らには、黄金色の液体が注がれたジョッキを片手ににこやかに微笑む、初老の女性の姿があった。
「ふふ。賑やかになりそうだねぇ」
「・・・ああ」
空はその半分が黒く染まり、茜色の太陽は遠く、『大釜』の縁の向こうへと沈み行こうとしている。
【学園】の夜はこうして、賑やかに始まり、そして更けてゆくのだった―――
今週はここまで。




