∥005-C 北海の大決闘・宴の始末Ⅲ
#前回のあらすじ:「やはり、あの少女には触れないほうが賢明ですねぇ・・・」
[マル視点]
「なぁなぁ、マル。来週の中間テストだけど、お前どうする?」
「ん?」
「『ん?』じゃなくて。いつもなら追い込み兼ねて、そろそろマルちゃん教室開催する頃合いだらー?」
―――その一言が、全てのきっかけだった。
放課後の教室、クラスメイト達が部活の準備に、遊びの計画にと、忙しく動き回る中。
ぼくは通学カバンに教科書とプリント類を詰め込みつつ、今夜の献立を頭の中でシミュレーションしている所だった。
そこへ話しかけてきたのは、明るい茶髪を短く刈り込んだサッカー少年ふうのクラスメイト、田村だ。
彼の言葉が一瞬わからず、小首をかしげるぼくへ、四角いメガネを掛けたもう一人の少年――木林――がぺしんと軽くツッコミを入れる。
三河弁混じりのその一言を、ぼくは小さく口の中で反芻する。
教室、中間テスト、追い込み。
それらのキーワードが示す事実。
それが脳裏で一体となり――ーぼくは思わず立ち上がると、素っ頓狂な叫びを上げていた。
「・・・来週じゃん!中間テスト!!!」
「え、今更?」
ちなみに、きょうは金曜日だ。
ム○クのポーズで迫真の叫びを上げるぼくに、ショートボブの少女――佐上――が辛辣な一言を浴びせる。
そんな一連のやりとりを目にして、田村の脳裏に浮かんでいた疑念はようやくハッキリと像を結んだ。
おそるおそる口を開く、短髪の少年。
「・・・おれ等、それなりに試験対策やってっけど。まさか、お前―――?」
「全然。て言うか、今の今までスッパリ、テストの存在ごと忘れてた・・・!」
「あちゃあ」
がっくりと項垂れるぼくの姿に、やっぱりか、と嘆息するクラスメイト3名。
―――そう、今の時節は梅雨の始まり、五月。
高校生にとっては、五月病シーズンと中間テストのダブルパンチで、二重に気が重い時期である。
平時であれば、試験前2週間にもなれば普段の予習復習に加えて自主勉強を重ね、バッチリ試験対策を終えた上で挑みたい所である。
―――が。
今回に限って、ぼくは今の今まで、全く試験対策を進めていなかった。
先週、北陸の地でとんでもない事件に巻き込まれたせいで、試験の事がスッパリと頭から抜け落ちていたのだ。
その事実を、今更ながらに思い出したぼくは、あまりの事態に顔面蒼白となっていた。
勢いよくばん、と机の上に両掌を叩きつけると、キッと顔を上げる。
「・・・遅ればせながら!今ここよりマルちゃん教室を開催します!!」
「そうこなくっちゃ!」
「ヒューッ、待ってました!!」
教室全体に響き渡るような大声での宣言に、周囲から合いの手が入る。
―――ちなみに。
マルちゃん教室とは、ぼくが定期的に自主開催している勉強会の名前だ。
来るもの拒まず、成績不問、教える側も教えて欲しい側も完全自由参加という、ゆるい集まりである。
しかし、地味に成績優秀者に数えられるぼくと、常連であり教わり上手の田村佐上木林。
このセットによる質疑応答が、参加者には意外と参考になるらしく、下手な塾の短期講習より役立つと隠れた人気を博しているのだ。
そんな事情はさておき―――今はとにかく試験対策だ。
ぼくは決意を新たに拳を握ると、えいえいおーと気合を入れ、天高く突き上げるのであった。
・ ◆ ■ ◇ ・
―――その一時間後。
通学路から少し外れた場所にある喫茶チェーンの店内に、ぼくたちは居た。
面子は変わらず、ぼく、田村、佐上、木林と、周囲で聞き耳を立てていた飛び入り参加のクラスメイト達数名。
各自飲み物を注文しつつ、和気あいあいとテーブルの上にノートと教科書を広げる。
コーヒーカップに長靴のクリームソーダ、色取りどりの教科書が並ぶテーブルを囲み、少年少女は賑やかに問題に取り組む。
そんな雰囲気の下、勉強会が始まったのだが―――
「はい!先生、ここがわかりません!!」
「またあ!?え~~~っと・・・。ああ、ここの階乗の計算が間違ってるや。試験範囲の教科書は持ってきてる?」
「ないよ?」
「ないの!?授業じゃないんだから持ってこなきゃダメでしょ。て言うか・・・」
既に何度目かになる質問に、やや辟易しつつ身を乗り出してノートを覗き込む。
丸っこい字の並ぶ紙面とにらめっこすること数秒、つまずいている箇所を割り出したぼくは、教科書と照らし合わせて説明しようとする。
が、帰ってき一言に思わず天を仰いでしまった。
「大体、何できみがココに居るのさ!?あーちゃんは下の学年でしょ!」
「えー」
びしっ。
可愛らしい眉間に向けて人差し指を突き出すと、ここまであえて言わずにいた一言を声高に言い放つ。
―――そう、3年生ばかりのこの空間に、一人だけ2年生の女子生徒が紛れ込んでいるのだ。
あーちゃんこと、羽生梓その人である。
この喫茶店に3年生一同が集まり、一塊となって席に着いたあたりで、何処から嗅ぎ付けたのかひょっこり現れたのが、彼女。
何故か、もう一人見知らぬ女子を連れていたのだが、そちらも何となく流れでちょこんとテーブルの隅に腰かけている。
とことん自由だが、それもまた彼女の魅力の一つだ。
ぼくと同じく、彼女と付き合いの長いクラスメイト達は、『またか』といった様子で苦笑を浮かべていた。
「まあまあ、そう目くじら立てんなって。場も華やかになるし、それに前の範囲の復習だって大事だろ?」
「そりゃまあ、数学なんかはそれも大事な要素だけどね?教科書無しってのは流石に、ちょっと・・・」
「あれ?でもこの子、なんだか沢山持ってきてるみたいだよ?本」
「・・・えぇ?」
その一言に、あーちゃんの隣に鎮座する紙袋へと、周囲からの視線が一斉に集まる。
言われてみれば、確かに紙袋の入口からは、本らしきもののシルエットが垣間見えていた。
一方のあーちゃんはと言うと、持参の袋が話題に上ったことを気付いたのか、にこにこと嬉し気に袋を掴むと、テーブルの上にどんと乗せるのだった。
「本?持ってるよー。はい!みんなも読む?」
「どれどれ・・・。って、これ全部マンガじゃん!?」
「きみはまた何で、そんな物を・・・?あれ、これぼくのだ」
「「「・・・えっ!?」」」
・・・紙袋にすし詰めになっていたのは、無数のマンガ単行本だった。
ジャンル問わず、有名どころから無名作家の打ち切り作品まで、出るわ出るわの大洪水で、あっという間にテーブルの上はマンガ一色に塗りつぶされてしまった。
こうなっては最早、勉強会どころではない。
若干痛む頭を押さえつつ、色とりどりの表紙に目を走らせていると、ぼくはある事実に気付く。
―――そのどれもが、見覚えがあるのだ。
それもその筈、今、テーブルの上にあるのはかつて、ぼくがとある人物に貸したマンガ本の数々であった。
とある人物―――というのは勿論、あーちゃんの事である。
その事実をぽつりと口にした瞬間、周囲から驚きの声が同時に上がる。
「はー・・・。まるおって、こういうの読むんだ?」
「意外だよねー。これなんか、繊細な心理描写が話題になった少女マンガだよ?」
「意外・・・、って程でも無くね?マルのイメージからそこまでかけ離れたジャンルでも無いし」
「あ、これ読んでなかった巻だ。読んでいーい?」
「うん、いいよー」
・・・文字通り、場の空気はすっかり談笑ムードとなってしまっていた。
既に何人かは、テーブルを埋め尽くすマンガ本を手に取って読み始めている。
一応、あーちゃんとぼくに向かって断りを入れた上ではあるが、彼等の頭にこの集まりの趣旨は既に、ない。
ぼくは大きく嘆息すると、じろりと騒ぎの発端となった後輩を睨みつけるのだった。
「・・・ちょっと、あーちゃん?」
「うぇっ!?ご、ごめんなさい・・・!」
「・・・なんで、そっちの子が謝るのさ?」
きょとんとした表情の後輩を睨んだつもりが、何故か、慌てて頭を下げたのはテーブル隅の少女であった。
先程からずっと、借りてきた猫のようになっていた、彼女。
あーちゃんがこの場に姿を見せた時、こっそり一緒に付いてきた少女である。
ずっと気になっていたが、やはりその顔に見覚えは無い。
他校の生徒か、もしくは普段接点のない下級生、あたりだろうか?
「えっと、この本はわたしが持ってきた物・・・、というか。でも最初は、羽生先輩がわたしに預けた物で。それが何故か、こんな事に・・・?」
「あーちゃん?」
「うーんと・・・?あ、思い出した。あのねー、確か―――」
しばしの間、うんうんと唸っていた後輩がぽんと両手を叩く。
ようやく事の経緯を思い出した彼女から話を聞いて、ようやくこの場に自分のマンガが山積みになっている理由が判明した。
―――全ての発端は、ぼくが不良中年2名に連れ去られた、あの日。
今までぼくに借りてきたマンガを返そうと、学校まで纏めて持ってきたあーちゃんは、ぼくを探す最中、当の探し人が失踪した事実を耳にする。
即座に行動を開始した彼女は、たまたま登校中だった下級生から乗っていた自転車を借り、そのままぼくの下へ直行したのだった。
しかし、彼女が去ったその場には―――マンガ本が満載された紙袋が残されていた。
それが、今、この場にあるマンガ本の山の正体である。
「・・・すいませんでしたッッッ!!!」
「や、先輩にそこまでされる程でも無いっつーか。・・・なんか、すんません」
「??」
「ほら!あーちゃんも当事者なんだから、一緒に謝るの!!ごめんなさい!!!」
「ご、ごめんなさーい?」
勢いよく頭を下げるぼくに、逆に恐縮した様子の下級生がしどろもどろに応える。
視線をさ迷わせた末に、何となく釣られて頭を下げてしまった彼女を不思議そうに見ると、あーちゃんはこてんと首を傾げた。
その様子をぎろりと横目で見とがめると、背伸びしてむんずと首根っこをひっ掴み、無理やり謝らせる。
事の経緯はわかったが、その後がいけなかった。
あーちゃんがぼくの本を置き去りにした事自体は、やむを得ない緊急時の事として許されるだろう。
だがしかし、そのまま1週間忘れ去ったまま放置した結果が、これである。
聞かなかったぼくも悪いが、言わなかったあーちゃんも悪い。
・・・そういう訳で、過失1:1として、揃って頭を下げるぼくら。
それに面食らった下級生の少女は、気圧されるままに思い切り後ずさるのだった。
「うえぇ!?そんな、いいですって・・・!」
「いやいやいや、そこをなんとか!うちの子がご迷惑掛けちゃった訳ですし!」
「ですし?」
「あー、もう!別にそこまで気にしてないのに!!・・・あ、でも一つだけ。私の自転車、返して欲しいな~・・・って」
うろたえつつも上げた下級生の一声に、ぼくらは揃って「えっ」と声を上げる。
『あの』事件の際、あーちゃんが乗っていた自転車。
その所在に、ぼくは心当たりがあった。
「あの時、確か―――」
「あたしが乗ってきた自転車、そのまま置いてきたよね?」
「!?」
そうだった。
ぼくが連れ去られた警察署に駆け付けたあーちゃんは、見たことのない自転車に乗っていた。
だが―――その場から離れる時のぼくらは、揃ってギョロ目親父の操縦する乗用車に乗っていたのだ。
つまり、自転車の所在は今も変わらず警察署の敷地内、という事になる。
その事実に気付き、ぼくの顔面がさっと青ざめると同時に、下級生が声にならぬ悲鳴を上げる。
「「すいませんでしたーーーーーッッッ!!!」」
借りた自転車を乗り捨てた挙句、その事実を今の今まですっかり忘れていた。
ひど過ぎる事実を前に、ぼくら二人は揃って平身低頭、ひたすら謝り倒すのであった。
・・・行方知れずだった自転車は、警察署で保管されていました。
下級生の子には無事、返せたけれど。
お巡りさんにはこっぴどく叱られました。
中間テストの結果は―――辛うじて平均点は死守した、とだけ。
今週はここまで。




