∥005-115 北海の大決闘・カーテンコール五
#前回のあらすじ:叶くんの下駄箱はラブレター満載
[マル視点]
「ごめんくださぁい」
「はいはーい、今お待ちを~」
どこか聞き覚えのある、低く間延びした声が玄関ホールから聞こえてくる。
予定通りならば、今日【揺籃寮】へ訪ねてくる客は一組だけの筈だ。
ぱたぱたとフローリングの上を進むと、重厚な扉を開ける。
その向こうに姿を現したのは、はたして予想通りの人物であった。
「玄華さん!いらっしゃい、【揺籃寮】へようこそ!」
「ヌルフフフ、お邪魔するわねぇ。・・・ホラ、あんたもさっさと挨拶しなさぁい?」
『ヌ。・・・邪魔、スルゾ』
戸口に佇むのは、水棲生物とヒトの特徴を併せ持つ奇妙な人物が、二人。
うち一人は、玄華を名乗るナマズめいた様相の女性である。
マルはまず、直接顔を合わせた事もある彼女と挨拶を交わし、続いてその後ろに侍るもう一人の人物へと視線を移す。
こちらはどうやら初対面―――では、ないようだ。
底生魚チックな平べったい頭部、その目鼻立ちは、どこか目の前の女性の面影を感じさせる。
そして―――その声にはどこか、聞き覚えがあった。
「ひょっとして・・・『泥艮』?」
『カク言ウ貴殿ハ、アノ石造ノ巨人ニ搭乗シテイタ若者ノ一人カ。・・・久シイナ』
「―――えぇ!?言っておいて何だけど・・・本当に?随分と縮んじゃって、まあ・・・」
驚愕の事実に、思わず目をまん丸に見開く。
彼等の言を信じるなら、二人目の来訪者の正体はあの巨大な怪物―――『泥艮』であるらしい。
しかし、小山のような巨体は見る影も無く、いたってふつうの成人男性サイズだ。
彼のあまりの変わりように目を白黒させていると、ぼくの様子に楽し気に肩を震わせ、ミドロの女性はにんまりと微笑むのだった。
「ヌルフフフ、どうやらサプライズは成功のようねぇ?あの、小さな神様・・・ヘレンの発案でね。例の、偽物の肉体を作る術を応用して、今の体を操作してるのよぉ」
「えぇ!?・・・じゃあ、ひょっとして。『泥艮』の本体は―――」
『コノ地ノ中央、『果ての海』ノ底ヘ建造サレタ仮ノ都デ眠ッテイル。アノ小サキ神ガ言ウニハ、コレモ神トシテノ修行ノ一環ダソウダ』
「『自我の偏在化』という奴ね。・・・ま、そういう訳で。ベイビーちゃんも一緒だけれど、お邪魔していいかしらぁん?」
「あ、どうぞどうぞ」
彼女の言によれば、今、この場に居るのは『泥艮』本体ではなく、【魂晶】を媒介に作り出した仮初の肉体らしい。
神様ともなれば、複数の身体を同時に扱う事も可能という事だろうか。
そうしてしげしげと、二人の姿を見つめていたところを、玄華に声を掛けられ慌てて入室を促す。
何時までもこうして、玄関口で話しているわけにも行かない。
ぼくは彼女達を先導しつつ、玄関ホールへと進むのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
「つ、つまりこの人(?)が・・・」
「あの、巨人だってコトなのね!?」
寮の玄関ホールには、折り畳みテーブルを幾つか並べて簡単なパーティーの用意がされていた。
色とりどりのクロスが敷かれたテーブルの上には、簡単につまめる軽食類が入ったバスケットが幾つも置かれている。
この集まりの名目としては、新たな仲間達のお迎えと、片洲にまつわる戦いの慰労を兼ねてのものだ。
しかしその、お迎えする仲間達の姿を前にして、寮の面々は揃って目を丸くしていた。
さもありなん。
数日前に激闘を繰り広げた記憶も新しい、あの大巨人が今、目の前に居るのだから。
それも、記憶にある姿から数十分の一にスケールダウンした状態で、である。
「・・・それで、あんたの事はどう呼べばいい?『泥艮』ってのは個人名とは違うだろうし」
『―――野呂、デイイ。我ガ母上ヨリ授カッタ名ダ』
「了解。よろしくな、野呂」
『アア』
まさかのサプライズに、誰もが言葉を失う中。
唯一、平常モードのまま言葉を発したのは叶君のお姉さんこと、明さんであった。
言われてみれば、『泥艮』は彼等の一族に伝わる祖霊の名であり、一種の敬称だ。
当然、生まれ持った彼自身の名前がそれとは別に存在する。
己の名を告げたミドロの若者は、皆が見守る前で亜麻色の髪の少女と固く握手を交わす。
こういう時は流石というか、場に流されずに己のペースを保つ、彼女の独壇場であった。
「ところで、今日来たのはお前達二人だけか?」
「そうよぉ。あまりゾロゾロ連れて歩くのも何だし、そもそもアタクシ達、ミドロは出不精で閉鎖的な一族だもの」
「言われてみれば、そういう話でしたっけ。・・・すっかり忘れてました」
「アタクシを基準にしてると、ちょっと想像できないかも知れないけれどねぇ?ヌルフフフフ」
そう言って、奇妙な笑い声を上げる異相の女性。
彼女は『深泥族』の交渉役であり、言うなれば一族で最も外交的で、アタマの回る人物である。
ある意味で例外中の例外であり、彼女を除く『深泥族』は基本的に外と関わることを好まないのだ。
「・・・まあ、好奇心旺盛な若い衆や、久方ぶりに血の滾る戦いができたあの古兵なんかは、今後もちょくちょくアナタ達とも関わってくでしょうねぇ。そういう訳だから、ヨロシクねぇん?」
『戦士長殿ハ、アノ夜刃ヲ交エタ若者達ニ挨拶シテクル―――ト、言ッテイタゾ』
「それって・・・」
「よく考えなくても。アノ人、だよねえ・・・」
ミドロの若者の言葉に、ぼく達はそろってあの夜、【学園】側の侵攻部隊に甚大な被害を齎した、歴戦の勇士の姿を連想する。
巨椀の一振りで木っ端のように鎧姿の集団を吹き飛ばしていた―――『彼』。
その暴威と、卓越した戦闘技術は今でも目に焼き付いているが、彼の人物が【学園】の若者達に挨拶しに来るという。
どう考えても、それだけでは済みそうに無い。
だがしかし、当事者ではない身としては無事を祈るくらいしか出来る事が無いのであった。
・・・とりあえず、ぼくは無言で合掌することにした。
ナンマンダブ、どうかこっちに来ませんように。
「・・・さて!何時までも駄弁ってないで、いいかげん歓迎会を始めようか。今日は立食形式だから、テーブルにある物は自由に取って行って構わないぞ。ミドロの皆さんは、もし舌に合わないようなら言ってくれ」
「お気遣いありがと。アタクシこういう乾いた食べ物、好きなの」
『・・・頂キマス』
「「ヒャッハー、タダメシだぁー!!!」」
ぱん、と空気を変えるように打ち鳴らされた拍手に、一同の視線がジャージ姿の少女へと集う。
彼女の気遣いは海の民たるゲスト二名に向けられたものだったが、どうやら心配は無用のようだ。
かくして歓迎会は開始された―――かと思えば。
早々に寅吉・アルトリア嬢のコンビが奇声を上げ、揚げ物の積まれたバスケットへ踊りかかった。
彼等の両手には獲物よろしく、ナイフとフォークが固く握りしめられている。
その瞳は爛々と光を放ち、正しく食欲に支配された獣が如き姿であった。
「2週間ぶりの肉!肉!魚ァ!!!」
「タンパク質と脂質が五臓六腑に染みわたるゥ――――ッ!!」
「何スか、あれ・・・?」
「例によって猫被りは博打で、ゴリラは衝動買いで素寒貧だとさ。そっとしといてやれ」
「ひゃっはー?」
「・・・おりんちゃんは向こう行ってましょうねー?」
寮の仲間達が晒す醜態に、思わず軽い頭痛を覚えるぼく。
彼等の上げる奇声をオウム返しにつぶやく愛猫を、そっと向きを変えさせて別のテーブルへと誘導する。
今の彼等の姿は、いささか教育に悪い。
魚のフリッターに興味を示したのか、小さな手でつまんでちまちま齧り始めるりん。
その姿にぼくはそっと、ため息をつくのだった。
「・・・アラ、おちびちゃん。お疲れかしらぁん?」
「小っちゃくないよ!・・・って。ああ、玄華さんでしたか。いやまあ、今のはちょっとした気疲れみたいなものなんで、お気になさらず。・・・それよりも貴女達こそ、楽しめてますか?」
「ヌルフフフ、楽しんでるわよぉん?こういう場でもないと、若いコ達と交流する事なんて無いものねぇ」
「それは何よりです。その・・・」
「?」
そこまで言葉を告げて、言い淀む。
緊張に乾いた唇を湿らせ、ぼくはずっと言いそびれていた一言を、彼女に伝えることにした。
「・・・迷惑じゃ、無かったですか?ガムシャラに、色々と突っ走った自覚はありますけど。本当にこれで、皆が納得いく結果になれたのかなあ、って―――」
「アラぁん。アナタ、そんな事気にしてたの?」
「そんな事、って・・・」
「所詮は他人なんだから、どう思われるかだなんて気にしたってしょうがないわよ。増してや、その結果だなんて。それこそ神のみぞ知るって奴よぉ。アナタが今後も他者と関わってく気なら、いちいちそんな事気に病んでたら持たないわよぉん?」
そう言うと、ミドロの女性はけらけらと悪戯っぽく笑った。
こちらとしては、あの夜からずっと頭の片隅を占めていた悩みだっただけに、その反応はちょっと、あんまりだと思う。
憮然とした表情を浮かべるこちらに対し、あっけらかんと微笑む彼女はぼくの肩を強めに叩くと、再び口を開いた。
「―――ここの所ね、忙しくってしょうがないの。新しい環境に戸惑う若い衆の相談を受けたり、【学園】の若者達と交渉したり。慣れない環境だから、アタクシも、皆も毎日が大変。でも―――」
脂瞼に覆われた閉じない瞳が、じっとこちらを見つめる。
「本来ならね、きっと、こうはならなかった。アタクシの肉体は醜く変異したままで、もう一度、こうしてこの手でベイビーちゃんを抱く事も出来なかった。・・・もしかすると、生きてすらいなかったかもしれない。みんな―――アナタが起こした行動がきっかけなの。あの夜に纏わる全ての出来事が巡り巡って、今の結果があるのよぉ」
「ゲンゲ、さん・・・」
「感謝してるわぁ。アタクシも、ベイビーちゃんも。郷の皆だって、ちゃんと分かってる人だって居る。アナタはもっと、胸を張っていいのよぉ」
「はい。・・・はいっ!!」
彼女の言葉を、ゆっくりと噛みしめる。
―――思えば、長い道のりだった。
わけもわからず、不良中年二名に連れ去られた通学路。
ぼくの不在を知って追い付いてきたあーちゃんを半ば人質に取られ、一路、北陸の地へ。
たどり着いた片洲の町は、人間の欲望に端を発する深い影によって覆われていた。
真実を知り、ぼくは『深泥族』と人間の対立をどうにかしようと奮闘するが、結果として己の無力を思い知ることになる。
そして―――八方塞がりに思える状況を打開すべく、全てをひっくり返す為バクチに出た、あの夜。
悩み、傷つき、それでも脇目も振らずに突っ走った結果。
―――今、目の前には笑顔がある。
「ぐすっ。本当に、何とかなって良かった・・・!」
「アラアラ。男の子がそう簡単に泣いちゃダメよぉん?」
堰を切ったように、後から後から涙が溢れてくる。
そんなぼくを見つめると、玄華は呆れたように微笑んだ。
長いようで短かったこの数日、ようやく本当の意味での決着が付いたように思う。
しかし―――これで全ての問題が解決した訳ではない。
【彼方よりのもの】がこの世界へ大挙して押し寄せるという、運命の日。
更に、この時のぼくは知る由も無かったが、片洲を巡る一件の背後には、陰から糸を引くピエロめいた怪人も存在したという。
果たして―――星辰正しき日、何が起こるのか。
神ならざる【神候補】の身として、ぼくに出来る事はただ備える事のみだ。
今はただ、一時の平穏を噛みしめ、にっこりと破顔するのだった―――
今週はここまで。




