∥005-114 北海の大決闘・カーテンコール四
#前回のあらすじ:「ボクチンが一晩でやっておきました♪」「やめろ!」
[マル視点]
―――その夜。
「まう~~~~っ!!」
「おりんちゃん!今日は人型に化け―――ゲフゥ!?」
「ま・・・マルさーん!?」
『揺籃寮』の時代がかった門を開く。
フローリング床の広がる小広間でぼくを出迎えたのは、赤茶に黒のメッシュが入った髪の、十歳くらいの少女だった。
こちらの顔を見つけるや否や、喜色満面でダッシュしてきた彼女を受け止め―――そこね、ぼくの身体は「く」の字に折れ曲がる。
そのままごろりとひんやりした床の上に倒れこむぼくに、一緒に出迎えてくれた叶君が慌てた様子で駆け寄ってきた。
けほ、と小さく咳を吐き出すと、胸の上に跨り目の端に涙の玉を浮かべている女の子を見上げる。
彼女は人間ではない。
以前、任務の途中に拾い、『式神』として契約した妖怪―――
猫又の『りん』である。
伝承の通り、人型に化ける能力を持つ彼女は時折、こうして人間の姿で過ごしている。
現在着ているシンプルな柄物のTシャツは確か、叶くんのお下がりだった筈だ。
人見知りの気のある彼は同類の彼女と性が合うらしく、ぼくが居ない間のお世話を買って出てくれている。
ありがたいばかりだ。
心配そうに覗き込む二つの顔に、大丈夫、と笑いかけると、ほっとしたように笑顔を浮かべてくれた。
うん、可愛い。
「・・・お前は何をしているんだ。まさか、そういう趣味でもあったのか?」
「あ、叶くんのお姉さん」
「明でいい」
年少組二人(片方はぼくと同い年だが)の可愛らしさにデレデレしていると、ハスキーな女性の声が響く。
声の出どころへ目を向けると、白けた表情でこちらを眺める長身の女性が一人、呆れたようにこちらを伺っていた。
叶くんのお姉さんこと、会取明その人だ。
相変わらず赤紫のジャージに野暮ったい大きな眼鏡と、地味かつ容姿の特徴が極力隠れるいでたちだ。
その視線にどこか気まずさを感じつつ、ぼくは勢いを付けて起き上がるとひきつった愛想笑いを浮かべた。
「・・・よっ!と。えへへ、これにはちょっとした事情がありまして―――」
「ふ~~~ん・・・?」
「・・・な、何スかー?」
後ろ手に体重を支えつつ、床の上に足を延ばしていると、よじよじとその上にりんが登ってきた。
丁度いい所に来た柔らかい髪をわしゃわしゃ撫でていると、明さんはまじまじと訝し気にこちらの顔を見つめてくる。
その視線にどこか居心地の悪さを感じ、良い訳する声が思わず上ずってしまった。
この女性はどうにも―――苦手だ。
「―――ま、いいか。約束の時間まであと少しだ、管理人室で待つなら鍵は開けてあるから、自由に入ってくれ」
「あ、はい」
彼女はそうとだけ言い残すと、くるりときびすを返した。
振り返る拍子にふわり、と長く艶やかな亜麻色の髪が広がり、甘い香りがほのかに香る。
それを眺めるぼくの胸がにわけもなくどきり、と高鳴った。
理由のわからない動悸に一つ、首を捻る。
叶くんのお姉さんこと、明さんはああして時折、ぼくのことをじっと見つめる時がある。
その度になんだか落ち着かない気分になるのだが、これは一体どういう感情なのだろうか?
【学園】における親しい友人の身内ということもあり、彼女とは仲良くしていきたいのだが。
いかんせん、ぼくはああいうタイプの女性と、あまり触れ合った経験が無い。
落ち着いていると言うか、大人びているというか。
会話のテンポや思考が、どうにも捉えづらいのだ。
叶君の所を尋ねる時、管理人室と兼用の自室で必然的に顔を合わせる事になるのだが、その度に対応に難儀している。
特に嫌な顔をされる訳でもなく、相手はひたすらフラットな態度なので、こちらもどう距離を詰めればよいのか判断に悩んでいるのだった。
(個人的には、仲良くできるに越したことは無いんだけどなぁ)
人知れず嘆息すると、ぼくはじゃれつくりんを先に立たせ、自分も同じく立ち上がることにした。
ズボンに付いた埃を払うと、もう一度視線を上げる。
廊下の向こう、自室へと去ってゆく後姿がちらりと視界の端に映った。
「まあ、いちいち気にしてもしょうがないよね。・・・じゃ、行きますか」
「はいっ」
「あたちもー!」
とりあえず、明さんの事はまた後で考える事にしよう。
気を取り直したぼくは、二人に向けて声を掛ける。
叶君に続き、舌っ足らずな声が元気よく響く。
ぼくたちは三人並んで、管理人室へと足を向けるのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
「今朝、また届いてたぞ?いい加減返事くらい返しとけ」
「えっ・・・?う、うん・・・」
「?」
管理人室・兼、会取家姉弟の自室へ足を踏み入れると、先に部屋で待っていた明さんの声が響く。
そちらへ目を向けると、木製のテーブルに山盛りの封筒が積まれているのが目に入った。
何事かと、声を掛けられた相手―――叶くんの方を見る。
彼はおろおろと困ったように視線をさ迷わせると、何故かすぐに俯いてしまった。
一つ首を傾げると、説明を求めるように明さんへ視線を送る。
彼女はとんとん、と封蝋のされた白い封筒を指先で叩くと、呆れたように頬杖をつき、事の次第を話し出すのだった。
「例の緊急任務で、コイツがMVPを取っただろう?」
「ああ、『深泥族』とプロレス―――もとい、筋書きのあるエンターテイメントを演じた時のやつですね。そりゃまあ、八面六臂の大活躍でしたから」
「・・・呼称はともかく、客寄せ目的で設定したMVP報酬は、見事うちの愚弟がゲットした訳だ。当然、注目の的となる。どこの有力クランにも属していない、完全ノーマークの期待の新人だからな」
「あぁ~~~・・・」
つい先日までの大騒動、そのクライマックスとなる北海の大決戦において、叶くんが果たした功績は凄まじいものだった。
開幕早々の全滅の危機から味方陣地を守り、更に敵陣深くへ通じる橋頭保を作成。
更には敵大将である『泥艮』による味方本陣への直接攻撃を、一度限りとは言え防ぎ切ったのだ。
『泥艮』との最終決戦における戦果は無かったとは言え、彼が居なければ、恐らく【学園】側の勝利は無かっただろう。
そりゃあ、注目が集まろうという話である。
ちなみに、賞金となる10万Gは管理の名目で明さんが巻き上げて行ったらしい。
ひどい。
「マル達が行方不明だった間の後始末を片付けてた数日間、うちにはひっきりなしに各クランからスカウトマンが来てたんだよ。面倒なんでOK出すまで書面のみ寄こせ、って通告したから、今はこうなってる訳だ」
「その結果がこの、ラブレターの山な訳ですね?」
「そうだな」
「ううっ・・・!」
事情を把握すると、ぼく達二人(+1匹)は揃って白髪の少年へと視線を送る。
それを避けるように両手を顔の前に広げると、叶くんは呻くように情けない声を漏らした。
あの夜見せた雄姿は何処に行ったのか、すっかり元の臆病な小動物へ戻ってしまっている。
そんな友人の姿に一つ嘆息すると、ぼくは彼の側に歩み寄りぽん、と肩を叩いた。
「不安を感じるのは仕方がないけれど、何時までも逃げてばかりじゃ相手に悪いよ。一度くらい、きちんとお話ししてみれば?」
「で、でも・・・。何を言われるのか、とか。怒鳴られたりしないか、とか・・・。不安でしょうがないんです」
「ないない。向こうは、きみをスカウトしに来てるんだよ?良く思われようとすればこそ、悪印象を持たれるような真似なんてする訳が無いよ」
「ほ、本当に・・・?」
「まあ、世の中にはスカウト相手へ高圧的に出たがる、マウント大好きスカウトマンだとか、圧迫面接なんて物も実在する訳だが」
「ひぃ!」
「ちょっとー・・・??」
溢れんばかりの才能を持つけど、気性のせいでそれを発揮できていない叶くん。
彼が【学園】の中で生きていく上で、このチャンスを逃す手はない筈だ。
そう思ってなだめ始めたところへ、実の姉からチャチャが入った。
ぼくの後ろに隠れてしまった叶くんの姿に、流石に非難の視線を送る。
一方、口を挟んだ張本人はと言えば何食わぬ顔のまま、意地悪そうに微笑みながらこう嘯くのであった。
「実際、書面での内容やスカウトマンの様子を見た限り、怪しい連中は居たんだよ。あちらも新人として採る以上、ナメられる訳には行かないからな。初っ端からピシリと現実を突きつけて、気を引き締めさせようって肚だろう。そんな輩は何処にでも居るし、至極普通の話だ。しかし―――」
「叶くんの場合、それで萎縮しちゃうと尾を引きそうだしねえ。う~ん・・・」
「・・・?」
「にゅ~~~・・・?」
どうやら、ぼくの居ない間に高圧的な雰囲気のスカウトには既に出会っていたらしい。
期待のルーキーとは言え、チヤホヤするばかりでは宝の持ち腐れになりかねない。
加入早々に修羅場へ叩き込んで根性を付ける、だなんて話は部活やスポーツクラブではよく聞く話である。
だがしかし、人は十人十色、誰にでも通用する手法なんてものは存在しないのだ。
特に、叶くんのような風が吹けば折れてしまいそうな人柄だと、折れたまま再起不能になりかねない。
彼に人生経験を積ませつつ、厄介な手合いを回避する良い方策は無いものだろうか?
右斜め45度に傾きつつ、首を捻ってじっと考え込む。
その様子を叶くんが不思議そうに眺め、興味を持ったりんがぼくの真似っ子を始めた、その時。
脳裏にひらめいた名案に、ぼくは思わずその場でぴょんと飛び上がるのだった。
「―――そうだ!こちらも向こうの事を試験すれば良いんだ!」
「・・・どういう意味だ?」
「スカウトに前段階を設けるんですよ。どんな人がスカウトに来るのかわからないなら、互いに交流する為の試験期間としてこの寮へ住んでもらうんです。あーちゃんがやってるみたいに、開いてる部屋を使って」
「ふむ。一度こちらのフィールドへ引き入れて、周囲の目もある状況下で人となりを見る訳か。応募多数につき・・・とか、名目を付ければ行けなくはない、か」
目には目を、歯には歯を。
向こうがスカウトに来るというのなら、こちらも相手を採用試験してしまえば良いのだ。
その為の場として、【揺籃寮】を使う案を出したところ、明さんはしばし考え込んだ後に大きく頷いた。
「わかった。この話は一旦、私の方で預からせて貰う」
「やった!叶くん、頑張ろうね?」
「う・・・。ど、努力しますぅ・・・」
ジャージ姿の少女がゆっくりと頷いた姿に、ぼくは思わずガッツポーズを取る。
そのまま手を取ってぶんぶんと上下に振ると、対面の叶くんは困惑混じりの引きつった笑顔を浮かべた。
この様子では前途多難そうだが、それでも確かな一歩の筈だ。
トントン拍子に話が進めば、この寮に新たな住人が増える事になるかも知れない。
そんな未来予想図を胸に描きつつ、ぼくはにっこりと破顔するのであった―――
今週はここまで。




