∥001-24 見知った背中
#前回のあらすじ:「ボクと契約s…」「します!」
[マル視点]
「―――はっ!?・・・ぼく、生きてる?」
視界の中、車体後部に開いた穴を埋めるように限界まで膨らんだ、コバルトブルーの水球が目に入る。
その姿を目にした瞬間、ぼくはこれまでどうしていたかをようやく思い出した。
ここはバスの車内、銀色の巨人によって破壊された最後尾の部分だ。
破損個所をカバーするべく、ぼくと【神使メルクリウス】はこの場所へ張り付いていた、筈だ。
だが―――
(確か、何か巨大なモノに圧し潰された、ような・・・?)
恐らくぼくはまた、『死んだ』。
そんな確信めいた認識が、ぼくの胸の奥に渦巻いている。
根拠がない癖に、やけに確信を伴って脳裏に忍び込んでくる既視感。
それはきっと、自分の身に起きた―――あるいは、これから起こること。
そんな理屈を超えた、予感めいたモノが、ぼくの奥底に囁きかけていた。
奇妙な感覚だが、一つだけ、こんな出来事が起こる原因になりそうなモノに心当たりがあった。
「ヘレンちゃん。まさかきみ、また何かやった―――?」
ぽつり。
そう一人ごちる呟きに応える声は、無い。
だがしかし、その代わりとばかりに前方より、メルの水球が展開されたあたりからごそり、と物音が響いた。
音につられ、自然と視線が上がる。
「物音?いったい何が・・・もがっ!?」
素早く左から右へ、巡らせる視界の中にきらりと、鈍色の光が見えた。
その正体を確かめようと、更に目を凝らそうした、次の瞬間。
視界を覆うナニカが突如として覆いかぶさり、ぼくの目の前は文字通り真っ暗になった。
「・・・!・・・!!?」
苦しい、息ができない。
それだけでなく、顔全体にべったりと張り付いたソレは、接触面からぼくの活力をぎゅんぎゅんと吸い上げていた。
得体の知れぬ襲撃者を引っぺがすべく、必死に続けられるぼくの抵抗。
それも、次第に力が萎えてしまい、ロクに爪すら立てられなくなってしまった。
(ダメだ・・・意識が・・・!)
遂には意識にまで、ぼんやりと白く霞が掛かり始める。
駄目押しとばかりに、全身にベタベタと追加の襲撃者が吸い付いた。
その感触と共に、ぼくの意識はぷつりと途切れ―――
びぃん!
『~~~~!!!??』
「ぶはっ・・・はあっはあっはあっ!」
弓鳴り。
清涼なる調べが辺りを満たし、何かに弾かれるようにして襲撃者達が四方へと飛び散る。
ほぼ同時に意識を取り戻し、ぼくは崩れ落ちそうになる身体を賢明に支えつつ、荒い息をついた。
―――何が起きた?
それを理解するのに、酸素が欠乏した脳は数秒を擁した。
足元に転がり、ぴくぴくと痙攣する銀色の円盤。
それを目撃したまま、ぼくはそれが意味するものを理解できずに一度、目をこすった。
そして―――唐突に、素っ頓狂な叫びを上げた。
「・・・『UFO型シング』!!何でここに―――?」
「車体と泡の壁の隙間を、ムリヤリ潜りぬけてきたようです。危ない所でしたね―――と、言うには少々手遅れな気もしますが。とにかく無事で安心しました」
「・・・犬養さん!」
ぼくの疑問に簡潔に答えてくれたのは、白の詰襟に身を包んだ偉丈夫、犬養青年だった。
彼は『シム』を操ると、床の上で伸びているUFO達にトドメを差して回る。
そうして菫色の粒子が空中に溶けて消える様を見守った後、ぼくは改めて疑問の声を上げた。
「さっきの妙な感覚といい、外から聞こえた音といい。一体、何が起きてるんでしょうか・・・?」
「うむ。君の疑問の答えになるかは判りませんが・・・これを見てください。つい先程現れた、我々にとっての助っ人です」
「・・・あれは!?」
青年は一つ頷くと、ぼくに宙に浮かぶ四角形のパネルを示した。
淡く輝くそれは、先程も目にした犬養青年の能力の一端だ。
周囲の光景を映し出す小窓を通し、バスの天井に立つ一人の少女が映る。
学校指定のセーラー服、比較的長身な細身は簡素な梓弓を携え、眼前に立ちはだかる銀色の巨人と対峙していた。
その後ろ姿が、たなびくポニーテールが、ぼくにある少女の名を想起させる。
「・・・あーちゃん!?」
「お知り合いですか?」
「えっと、はい。ぼくの後輩で―――確か、さっきまでそこに居た筈なのに・・・」
居ない。
犬養青年とやりとりしつつ、視線を移した先に見知った姿は無かった。
学生鞄をぽつんと残し、バスの後部座席はもぬけの殻となっている。
先程の妙な感覚、あれはぼくの時と同じく、彼女―――羽生梓を、ヘレンが誘った影響なのだろうか?
そう考えると、色々と辻褄が合う。
つまり――ー今の彼女は、ぼくと同じ成りたての【神候補】として、この戦場へ降り立ったという事だ。
不安と期待がない交ぜになった胸中のまま、ぼくはパネルの中の後輩を見守る。
役者は揃った。
幾つもの想定外を経て、戦いはいよいよ最終局面へと突入する。
決戦の火ぶたは、今、まさに切って落とされた―――!
※2023/12/25 文章改定




