∥005-111 北海の大決闘・カーテンコール一
#前回のあらすじ:交渉成立!
[マル視点]
【学園】と、『深泥族』。
ヒトの超越者と、海に棲まう民の同盟は、成った。
密約の下に二つの勢力は相争い、両者は死闘の果てにほぼ共倒れ―――
と、いう演技の末に、密かに逃走。
最初の密約は即座に履行され、日本政府の手の届かない【夢世界】へと逃れ、海の一族はその命脈を繋いだ。
一方その頃、ぼくはと言うと―――
「・・・やってくれましたねぇ」
「お、お前は・・・」
「真調―――っ!!」
聞き覚えのある声に振り向いたぼくらの前には、皺だらけの背広を身に纏った、みすぼらしい中年男が佇んでいた。
骨と皮ばかりの矮躯、対照的に落ちくぼんだ眼窩から放たれる、鋭い眼光。
政府所属の異能者機関、その使者を名乗る奇怪な老人―――真調である。
突如、姿を現した男を前に、事前の予想通りとはいえ一同の間に緊張が走った。
『泥艮』との決戦後、役目を終えた石造の巨人、『デモクラシア』の巨体が光の粒子となり消えてゆくさまを見送った、その直後の出来事である。
感情を感じさせない平坦な声で、類人猿めいた異相の男の呟きが朝の空気を震わせる。
「―――いえ、ここはよくぞやってくれた、と言うべきでしょうか?まさか、あなた達だけで『深泥族』を全て殺し尽くすだなんて!予想外ですねぇ・・・キヒヒヒヒヒ!!」
「予想外も何も、アンタがやれって言った事じゃないですか・・・!」
「そうでしたっけ?いやぁ、忘れてました。でも・・・、良かったんですかぁ?」
「・・・?」
軋り上げるような奇妙な笑い声を上げる老人に、溜まらず噛み付いたぼく。
鋭い叫びなどどこ吹く風といった様子で、真調は抜け抜けとそう答える。
しかし、ニタリとすぐに底意地の悪い笑みを浮かべると、男はひそひそと囁くように続けた。
「彼等とはオトモダチになりたくて、皆さん方々手を尽くしてらしたじゃありませんか?でもそれが、まさか!こんな結果になるだなんて・・・!!ヨヨ、涙が出ちゃいますねぇ。辛いですねぇ、悲しいですねぇ。今、どんなお気持ちですかぁ・・・?ねえ―――マルくぅん」
「この・・・っ!!」
「そこまでにして頂きたい!・・・マル君はあくまで、私の我儘に付き合ってくれた善意の協力者。あまり、虐めないで貰いましょうか。責めも誹りも、全てはこの私―――犬養剛史が背負うと、そうお見知りおき願いましょう」
「ほう?」
集中口撃を受け始めたぼくをかばうように、さっとその前に立ちはだかったのは詰襟短髪の好青年、犬養剛史その人だった。
新たな役者の登場に、ぴくりと片眉を持ち上げると老人は小さく呟きを漏らす。
その貌をじろりと睨みつつ、よく通る声で青年は続けるのだった。
「故郷を追われ、流れに流れて遠く、地上にて私利私欲に弄ばれた彼等。『深泥族』と友誼を交わそうと提案したのは、そもそもこの私です。しかし交渉は決裂し、彼等の凶行を止めざるを得なくなった。全てはひとえに、私の力不足に依るものでしょう」
「犬養さん・・・」
「ですが―――そもそも、欲に塗れた人間が居なければ。政府の権力が無慈悲に振るわれなければ、此度の一件はまた、違った結末を迎えていたでしょう。忘れないで頂きたい、我々ヒトが改めない限り、第二・第三の彼等が現れるであろうと―――!」
「・・・覚えておきましょう」
血で血を洗う凄惨な結末を迎えた(ように見える)、この地を巡る騒動。
その元凶は、私欲を優先し海洋を汚染し続けた、人間の傲慢であった。
その事実を、鋭い口調で突き付ける青年に対し、意外な程素直に老人は頷きを返す。
そうしてゆっくりと背を向けると、真調は砂利道に止められた黒のセダンに向けて歩き出した。
その小さな後ろ姿を見送ると、ぼくは人知れず大きく息を吐き出す。
「ふぅ・・・やっと帰ってくれた」
「お疲れ様でした。あの御仁の相手はつくづく、神経がすり減りますね」
「ホントにね。でもこれで一件落着かな?・・・あ、おーい!こっちこっち!!」
互いに顔を見合わせてくすりと笑うと、ぼくは遠目に見える高級車のシルエットに向けて勢いよく手を振る。
黒のセダンと入れ違いに砂利道へ入ってきたのは、犬養家所有の車を操る執事、保科さんと、助手席で眠りこける我が後輩の姿であった。
後部座席には、シートにちょこんと座る柴犬のツンと、シートからはみ出そうな西郷どんの巨体も見える。
二手に分かれ、車を呼びに戻って貰っていた彼等とこうして、合流を果たす事ができた。
こちら側のゴタゴタも片付いた事だし、これでようやく胸を張って家に帰れるというものだ。
「う~~~ん・・・!それにしても、二日続けてほとんど徹夜だったからなぁ。今から家のベッドが恋しくなってきちゃった」
「ふふ。・・・ですがマル君、それよりも前に済ませておく事がありませんか?」
「えっ?」
「電話です。早く声を聞かせて、ご家族を安心させてあげてください」
「・・・あ!!」
大きくのびをした後、あくびを噛み殺すぼくの姿に小さく笑みを漏らす青年。
もうすっかり終わった気分になっていたところに、彼の言葉が今の今まで、忘れていた事実を突きつける。
―――朝の通学中、オッサン二人組に連行され、一路、東北の地へ。
夜間の襲撃から命からがら逃げ延び、犬養家所有の保養所で一晩を明かし、二日目。
片洲の地下深くへ潜り、夜には『深泥族』との最終決戦を経て、今日。
実に丸二日の間、ぼくとあーちゃんの二名は世間的に、行方知れずのままだったのだ。
慌てて取り出したスマホは電池切れになっていた。
どうりで着信が来ない筈である。
恐らくだが、着信履歴が酷い事になっているであろう。
「え、えらいこっちゃ・・・!」
「犬養どんーっ!マルどーん!お待たせしたでごわす!!」
「わおーんっ!」
さっと顔色を青くするぼくに、ドアミラーを開けて手を振る西郷どん(プラス1匹)の声が届く。
しかし、ぼくは今それどころでは無かった。
家で帰りを待つであろう父と、心配しているであろう級友たち。
彼等にこれまでの経緯をどう説明すべきか、無い頭を絞り出して必死に考える。
此処へ来て、北陸の地最大の試練が、ぼくの身に降りかかろうとしていた―――
今週はここまで。




