∥005-110 北海の大決闘・メイキングその六
#前回のあらすじ:俺達は既にニセモノだったんだよ!!!
[マル視点]
『はい!という事で補足解説のヘレンちゃんです。先程も説明した『β粒子』、これは高次元世界から流入した物質です。コレには情報を保存・構造を変化させる特性があって、あれこれすると色んなモノの偽物を造れちゃいます。固体や液体、肉体や魂に至るまでですねー。そうやって造ったお兄さんのニセモノがこちらになります』
「・・・うわ、なにこれ!これぼく?気持ち悪っ」
「へぇ、よく出来てるじゃなぁい?」
―――引き続き、某施設地下の通路にて。
『深泥族』とそれを率いるコート姿の怪人を相手に、ヘレンちゃんによるプレゼンテーションが続く。
可愛らしい掛け声と共に現れたのは、1/1スケールで再現された、ぼくこと丸海人の立像だ。
立像―――とは言えど、質感から重さまで全てが同じ。
実物を忠実に再現した、肉体の複製品とでも呼ぶべき代物である。
鏡の中ではなく、手が触れられるほど間近に自分と寸分違わぬ姿が現れ、物言わず佇んでいる様子に、何だか妙な居心地の悪さを感じてしまう。
そんなぼくの肩越しに、遠巻きに立像をしげしげと観察している『深泥族』ご一行達も、その精巧さに舌を巻いているようだ。
それに気をよくしたのか、褐色少女は指を一振りすると、更なるデモンストレーションを始めるのだった。
『まあ、これだけなら唯の置物なんです・・・が!肉体との間につながりを持たせると、こんな事も出来ちゃいます。―――それっ』
「へっ?急に景色が・・・」
「!?」
再び響いた掛け声と同時に、映画のコマを切り替えるようにぼくの視界が一変した。
それまで、視界の端にチラ見えしていたヘレンちゃんが見えなくなり、代わりにぼくの後ろに居た玄華達が、正面へと移動している。
・・・違う、移動したんじゃなくて、視点が変わったんだ。
ぼくは両手でぺたぺたと自分の顔を撫でると、信じられないようにぽつりと呟いた。
「これ・・・まさか、肉体が入れ替わった?」
『正解!今のお兄さんの肉体は、既に粒子製の偽物ですからこうして主観の切替も可能なんです。更には・・・はい、どーん!!』
「うひゃぁ!?」
「!?」
ぼくの反応に、頭上にふわりと漂ってきたヘレンちゃんがニヤリと悪戯っぽく微笑む。
三度。
少女の声が上がると同時に、再び視点が切り替わる。
次の瞬間、ぼくの視界に飛び込んできたのは、巨大なハンマー(ご丁寧に「100t」と書いてある)によってぺしゃんこになった、偽物のぼくだった。
上から綺麗に平らに圧し潰された肉体は、あっという間に菫色の粒子へ変わると、空中へ溶けて消えてしまう。
驚きのあまり変な声を出してしまったぼくを尻目に、女教師ルックのヘレンちゃんは教鞭を振りつつノリノリで解説を続けた。
『・・・と、いう具合に。意識が宿ってるボディが破損しても、即座に主観を切り替えればノータイムで復活できちゃうんです!』
「ちょっと!?ぼく死んだんだけど!!」
『大丈夫、死んでも生きられます!・・・ほんとは死ぬほど痛いですけど、感覚をシャットアウトしてありますから全然、痛くなかったでしょ?』
「いや、まあ、そうだけど・・・。そうじゃなくてね?」
あまりの所業に、思わず文句を言いだすぼくにあっけらかんと応じる褐色少女。
彼女の言の通り、つい先程まで宿っていた肉体が破壊されても、ぼく自身は痛み一つ感じることは無かった。
恐怖を感じる間も無く、全ては一瞬で終わるので一度死んだという実感すら無い。
・・・それはそれとして、色々と言いたいことがあるのだが。
じろりと睨みつけるぼくの視線を受け止めると、彼女は落ち着いた口調で釈明を始めた。
『・・・それもこれも、『深泥族』の皆さんへわかりやすく説明する為です。実際、ニセの身体で死を偽装する計画について、今のでよりイメージしやすくなったでしょ?』
「むぅ。た、確かに・・・」
不承不承といった様子ではあるが、矛を収めるぼく。
ムリヤリ気味ではあるものの、彼女の語る『理由』はどこか腑に落ちるものだった。
たった今、自分の目で自分が死ぬ所を目の当たりにしたことで、死んでもすぐに肉体を乗り換えられる事に実感が沸いたからだろう。
それに代わり、宙に浮かぶヘレンへ声を掛ける者がいた。
「ねえ。今の、アタクシでもやって貰えないかしらぁ?」
『同胞・・・!?』
「検証の為よぉ。危険はないみたいだし、ものは試しって事で。・・・いいわよね?」
『おっけーですよー。ではまず、こちらがゲンゲさんの偽のボディになりまーす』
『オォ・・・!』
「へぇ」
『続いて乗り換えまーす。はいどーん!!』
『『!?』』
自分の肉体を実験台にする、と言い出すコート姿の怪人に、ミドロの戦士達が驚きの声を上げる。
それを手を上げて制止すると、静かな覚悟を滲ませる声で、彼女はヘレンちゃんへ語り掛けた。
それを快諾した少女は、瞬く間にコート姿の立像を本物の真正面へと創り出す。
海の賓客一同が思わず驚きの声を上げる―――間も無く。
今度は玄華の肉体が、超重量のハンマーによって叩き潰されていた。
立て続けに起きた出来事に、その場の全員が言葉を失う一方。
つい先程まで、物言わず立ち尽くしていたコート姿の立像は、きょろきょろと自分の身体を眺めまわすと、首を傾げながらぽつりと呟いた。
「・・・死ぬのって、こんな感じなのかしら?なんだか実感無いわねぇ」
『まあ、ほんとに死んでる訳じゃないですからねー。それはそれとして・・・。我々【学園】の計画。肉体の死を隠れ蓑にして姿を晦ます方法について、ご理解いただけましたか?』
「えぇ。・・・仮の肉体を捨てた後、アタクシ達全員を逃がす算段は付いているのかしら?」
『一時的にですが、【イデア学園】に来ていただきます。ただし、【学園】の所在は精神世界・・・【夢世界】の一角です。ですが、神話生物の皆さんなら生身での移動が可能です』
「・・・ふつうの生き物だとそれ、どうなるの?」
『文字通り、肉体を捨てて精神だけで移動するハメになりますねー。放浪の王の故事を引用するまでもなく、【夢世界】への永住の代償は死、そのものですから』
「ヒエッ」
『計画』の最終段階、二勢力による争いが終局したその後へ話題が移る。
―――【学園】と『深泥族』は互いに争い、少なくとも『深泥族』は全滅する(と見せかける)。
その後の彼等がどうなるかと言うと、ヒトの集合的無意識の領域である、【夢世界】へ逃げようというのである。
現実世界と【夢世界】は物理的に完全に断絶しており、通常の手段で行き来することは不可能。
正しく、絶対安全な高跳び先と言える。
この時のぼくは知らなかったが、【深きもの】を始めとした半霊半物質的存在―――
『神話生物』の中には、現実世界と【夢世界】の行き来を可能とするモノが居る。
『屍食鬼』を始めとした彼等は、生身のままで眠りの大神の門を潜ることが許されているのだ。
【深きもの】は彼等とは異なる種族ではあるが、ヘレンによる調整を加える事でそれを可能としていた。
『長くなりましたが、これが私達に用意できる手段のすべてです。ここまでを聞いた上で、改めて教えてください。『深泥族』の矜持に従うか、一時の恥を呑んで一族の未来と、故郷の復活を望むか―――』
「答えるまでもないわぁ」
『常ニ、ミドロハ深キ泥底ノ都ト共ニ』『魂ノ還ル地ノ浄化ハ、我等ノ命ヨリモ優先サレル』
「受けましょ、その話。アタクシ達の苦労で故郷を救えるのなら、それに越したことは無いもの」
互いに目配せし合うと、海の一族は深く首を垂れる。
ヘレンの語るリスクとメリット。
一時とは言え死を偽装する屈辱よりも、在りし日の故郷を取り戻す事を、彼等は選んだ。
今、この時を以て、【学園】と『深泥族』の両者は後に続く同盟関係を締結する事となる。
そして、舞台はエンディングの向こうへ―――
今週はここまで。




