∥005-107 北海の大決闘・メイキングその三
#前回のあらすじ:スポンサー契約締結!
[マル視点]
そして―――運命の最終日。
ぼくは単身、『深泥族』の実質的トップであるコート姿の怪人こと、『玄華孫六』氏と対面していた。
ロケーションは薄暗い地下通路の中、件の核廃棄物処理場深くに存在する、隠し港からすぐの場所である。
目の前には、水棲生物めいた正体を現した『深泥族』の戦士達が数名。
そして、その中央に佇むコート姿がある。
今もぽたぽたと、海水混じりの水滴が滴る濡れすぼったコートをちらりと見ると、ぼくは勢いよく口火を切るのだった。
「―――玄華さん。お話が、あります」
「あらぁん、奇遇ねぇボーヤ。お友達はどうしたのかしら?・・・悪いんだけれど、アタクシ達今、忙しいの。お話はまた後にして貰えないかしらん?」
「・・・みんなは別の所で、準備を手伝って貰ってます。ぼくがここに来たのは、一族の指導者である貴女と直に、話を付ける為です。後とは言わず―――今、お願いします!」
『深泥族』達がこの場に現れたのは、十中八九、ここに囚われた同胞達を助け出す目的であろう。
しかし施設側も、度重なる襲撃に警戒心を募らせている。
このまま放置すれば、恐らく両者の全面衝突は免れない。
争いを回避し―――こちらの『計画』に巻き込むには、彼等に襲撃を一旦待ってもらう必要があった。
そんな思惑に対し、玄華の見せた反応は冷淡な物だった。
怪人は軽くかぶりを振ると、温度の感じられない声で告げる。
「その話はもう終わったのよ。アタクシ達はあくまで、アタクシ達のルールに則って動かせて貰うわぁ。そういう訳で―――悪いわねぇ」
『ゲッ!!』『ゲゲッ!!』
「・・・!!」
目配せすると共に、左右に陣取っていた異形の戦士達がぺたり、と前に進み出る。
それに気圧され、逆にぼくは一歩後ずさった。
一触即発の空気が流れる。
このままでは、まずい。
何とかしないと、と内心思いつつも、打開策が見つからず、ただ焦燥感のみが募る。
そんなぼくに向け更に一歩、包囲網が狭まり、思わず息を飲む。
その時―――!
『はいはーい、そこでストップです!埒が明かなそうなんで、ここらで口を挟ませて貰っちゃいますねー?』
『!?』『何者ダ・・・?』
あっけらかんとした少女の声が周囲に響くと同時に、ぼくのズボンのポケットから白い光が溢れ出した。
慌てて中のもの―――スマホを取り出す。
薄暗い通路は束の間、昼間のような明るさに包まれた。
眩さに戦士達が一瞬、怯んだその瞬間。
スマホの画面に指をかけ、「よっこいしょ」と可愛らしい掛け声と共に何者かが中空へと躍り出た。
―――周囲の視線が一挙に、そこへと集う。
健康的な褐色の肌と、対照的な純白のサマードレス。
ブラウンの瞳、肩口までのセミロングの黒髪、溌剌とした愛嬌のある貌。
ぼくが夢世界で幾度となく目にした、ヘレンちゃんの姿そのものであった。
一方、彼女の姿を初めて目にしする異形の戦士達は、突然の闖入者に警戒を露にしている。
彼等が距離を取って様子を伺う中、場違いに明るい声が通路に響き渡った。
『何者かと言えばそれは私、ヘレンちゃんです!どもども、お初にお目に掛かりますー。まあ、言うなればそこのお兄さんのボス的なカンジ?』
「何で疑問調・・・?ていうか、ここで出てくるって、段取りと違くない?」
『そこはまあ、高度に柔軟かつ現場に即した判断、という事でー。・・・それに、あのまま放っとけばバトル展開へ突入してたんじゃないです?今の』
「うっ、それはまあ・・・」
ぼくは若干、釈然としないものを感じつつも、助け舟に対し素直に「助かりました」とお礼を告げる。
それに対し、ミニマムサイズの胸を張ってふふん、とドヤりつつ、褐色少女は視線の少し上らへんをぷかぷか漂っていた。
その様子を、呆気に取られて眺める異形の戦士達。
一方、コート姿の怪人は一歩進み出ると、しげしげとヘレンちゃんの姿を眺め、合点が行ったようにひとつ頷くのだった。
「・・・アナタ、『大いなるもの』ね?」
『ピンポーン、正解です。よくわかりましたね?』
「身近に同じようなのが居るから、感覚的にねぇ。・・・ボウヤ達のこと、なんだかこの舞台にそぐわない子達だと思ってたけれど。とんでもないものが背後に控えてたものねぇ」
ぽつりぽつりと呟きつつ、顎に手を添え幾度となく頷く玄華。
その姿からは、先程までの威圧感は失われている。
・・・どうやら、突発的な衝突は回避することができたらしい。
しかし、新たな疑問がぼくの胸の内に沸き上がっていた。
見慣れたサマードレス姿を見上げると、恐る恐る問いかける。
「ヘレンちゃん、『大いなるもの』って・・・?」
『端的に説明すると、神を表す廃れた呼び方の一つです。【概念化】と【偏在化】を果たし、肉体のくびきから解き放たれた、真に偉大なる存在。―――故に『大いなるもの』。ざっくり言えば、すごい神様のコトですねー』
「ヘレナちゃんが、その・・・?」
『ですです。―――さてさて、話は変わりますが私、ヘレンちゃんがこうして現れたのは、みなさんへお話しに乗る場合のメリットと、リスクを提示する為です。話というのは勿論、先程お兄さんが瞬殺された提案の事ですねー』
「し、瞬殺じゃなかったし・・・!」
疑問に答えるついでに、先程の体たらくをちくりと刺され、ぼくは呻くように抗弁する。
―――が、当のヘレンちゃんはけらけらと笑いつつ、こちらの事なぞお構いなしにくるくると横回転しながら器用に宙を漂っていた。
くそう。
「そ、それだけなら別に、態々ヘレンちゃんが出張ってくるまでも無かったんじゃあ・・・?」
『違いますー、全然違いまーす。こうして直に『説得力』の下地、つまり私が超スゴイ神様だって見せる事で、ここから話す内容に信頼感が産まれる訳です!交渉事ってこういう、ハッタリがモノをいう場面って多いんですよー?』
「・・・そうねぇ、それはアタクシも、はっきりと感じてるわぁ。―――それで、貴女は我々にどんなメリットを提示できるのかしらぁ?」
『・・・ミドロの都の完全浄化と、被爆した全ての同胞の治癒』
「―――!!」
『何ダト・・・?』『本当カ?』『ワカラン・・・。ダガ、ゲンゲハ話ヲ聞クヨウダ』
―――異形の戦士達の間に、戸惑いと驚きが走る。
少女が提示したのは、正しく彼等が心の底から望むものだったからだ。
興味をそそられつつ、戸惑うように戦士達が互いに顔を見合わせる一方。
交渉の矢面に立つコート姿の怪人は、内心の動揺をおくびにも出さず、淡々と疑問を投げかける。
「・・・流石に、鵜呑みにはできないわねぇ。それだけの芸当、いくら真なる神であろうと容易くは実現できない筈よぉ?」
『それは勿論。数年から数十年のスパンで、徐々に片付けるつもりですよー。特に、海底のお掃除は規模が規模なんで、当分かかると思います。逆に治癒の方は、すぐにでも可能ですねー。丁度いい機会ですし、貴女からまず手始めにやっちゃいますか?』
「まさか、本当に?・・・いえ、それでも―――」
放射能に汚染された海底の浄化と、今もなお被爆に苦しむ水底の民。
その両方を、時間はかかるが一挙に解決してしまおうという。
圧倒的なメリットの提示に、『深泥族』の面々は興味を示しつつもむしろ、困惑が先に立っているようだ。
―――話がうますぎる、と。
そんな彼等の様子を観察しつつ、ヘレンは更なる一手を打つ。
『深泥族』側の指導者たる怪人を相手に、実際に治療をして見せると言うのだ。
周囲の視線が、たった今、選択を突き付けられた張本人へと集う。
今や、会話の主導権は完全にヘレンが握っていた。
『受ケテオケ』
「・・・同胞。でも、アタクシだけでは―――」
被爆により変貌した肉体が、不可思議な働きにより逆転した性が、元に戻るかも知れない。
狂おしい程の渇望を感じつつも、玄華はそれを胸の内に押し込もうとしていた。
今の自分は一族の指導者、決して我欲のみで動いてはならない。
そう、自らに言い聞かせ、決意を口に出そうとした瞬間。
そっと肩に添えられた手の感触に、怪人は背後を振り返った。
『ゲンゲ、頑張ッテル』『我等ノ誰モ、異ヲ唱エハシナイダロウ』
「そんな―――。・・・いや、そうね。ここは素直にありがとう、と言っておくべきかしら」
仲間達の言葉が、年老いた母親の背中を押した。
ふっ、と肩の力を抜いたように、穏やかな笑みを浮かべる(ように見えた)玄華。
それを肯定ととらえ、ミニサイズの褐色少女は空を舞うと、コート姿の前にふわりと静止した。
『同意とみなしてよろしいですかー?では、じっとしててくださいねー。リラックスして・・・私を、受け入れてください。ここと・・・。ここと、ここと、こことこことここ!・・・はい、どーん!!』
「「「・・・!?」」」
『こ、これは・・・!?』
一瞬、眩い光が弾け、再び通路を白く塗り替える。
反射的に眼を瞑ったぼくが、恐る恐る眼を開くと―――皆の視線が集う先ではコート姿の怪人が、自分の顔をぺたぺたと触っていた。
・・・特に何も、変わった様子はない。
一方、『深泥族』の面々が見せた反応は劇的だった。
『同胞・・・!!』
「まさか・・・アタクシ、女に戻ってるわ!ねえ見て、この美しい身体・・・!!」
「えっ」
『オオ・・・!』『見違エルヨウダ・・!!』
「まさかこんな事が起こるだなんて・・・♪速く、ベイビーちゃんにも見せてあげたいわぁ」
「・・・えっ??」
・・・どうやら今、目の前では感動的な光景が繰り広げられているらしい。
だがしかし。
ぼくの眼には寸胴体型の半魚人が、しなをつくってセクシーポーズを取っているようにしか見えなかった。
見た目では全ッッッ然区別が付かないのだが。
確かに、『彼』は『彼女』へ戻った―――らしい。
本当に?
「あの~~~。・・・ヘレンちゃん?」
『しーっ。お静かに!人には、口に出してはいけないコトがあるんですよー?・・・まあ、見た目わかんないのは私も同じですけれど。治療は確かに成功した筈です、一応』
「まじかー」
マジだった。
眼前では、魚顔の集団が感動のハグを繰り返し、大いに盛り上がっている。
虚ろな表情で拍手を送るぼく。
・・・あ、こっち来た。
ついでのハグを要求する集団に、陽気な観光客を受け入れるマインドで、ぼくは黙って両手を広げる。
すると、意外に筋肉質な腕が背中に回された。
ちょっとしっとりしてる。
そんな感じに場もひとしきり盛り上がったところで、空気を変えるようにぱちぱちと手を叩きつつ、褐色少女が周囲を見渡す。
あくまでこれはデモンストレーション、肝心なのはここからなのだ。
『・・・はい!皆さん喜ぶお気持ちもわかりますが、ここは一旦落ち着いてくださいねー?ミドロの皆さんを治療出来るという事は、たった今、実演して見せた通りです。海底のお掃除の方は、また次の機会に証明して見せるという事で、よござんすか?』
『ア、アア・・・』『素晴ラシイ、力ダ』
『どもども。とりあえず、一定の信用は得られたと思いますのでー。残りのお話しについても続けさせて貰いますが、よろしいですかー?』
「あら、ごめんなさい・・・。アタクシったら駄目ね、トシ取ると感動屋になっちゃって。貴女の事は、信頼することにするわ。是非ともお話し、聞かせてちょうだい?」
どうやら、『深泥族』の信用を得る事に成功したらしい。
二人の会話を聞きつつ、ほっと胸を撫でおろす。
そんなぼくを尻目に、褐色少女は宙を漂いつつくすりと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
『あら、いいんですかー?私はまだリスクの部分を話してませんし、何か企んでるかも知れませんよー?』
「少なくとも、貴女はこうして力と、誠意を見せてくれたわ。それだけで信ずるには十分。―――無論、この信頼を裏切らない限りは、だけれどねぇ」
「ヒェッ・・・」
和解の証とばかりに、軽口を叩き合う二人。
・・・かと思えば、最後、ドスの聞いた低音を耳にしてしまう。
ぼくは驚きのあまり、思わずその場で数cm飛び上がってしまった。
やはり甘くはないというか、相手はこちらが何か企んでいたら全力でブン殴りにくるつもりのようだ。
一方のヘレンちゃんはと言うと、たった今浴びせられた威圧など無かったかのようにのほほんと微笑んでいる。
こちらはこちらで、役者が違うらしい。
『同意が得られたということでー、続きをお話ししちゃいますね!さてさて、私からみなさんに提示する『リスク』。それは―――』
「・・・(ゴクリ)」
『2012年12月21日から12月23日の間。世界が区切りを迎える時に到来する、【彼方】の大侵攻へ立ち向かって欲しいのです。私たち―――【イデア学園】と一緒に』
「【彼方】の―――」
『大侵攻・・・!?』
『ですです』
世界の区切り、そして【彼方】の大侵攻。
突然飛び出してきた聞き慣れないワードに、ぼくと玄華さんは揃ってオウム返しにその単語を呟く。
それにニッコリと微笑むと、ヘレンちゃんはいよいよ話の核心となる部分へ言及を始めるのであった―――
今週はここまで。




