∥005-106 北海の大決闘・メイキングその二
#前回のあらすじ:KAIJYUプロレス制作秘話、開始
[マル視点]
ヘレンちゃんの口から、現在、ぼくらが巻き込まれている諸々の問題を解決する『秘策』を聞かされた後。
ぼくはその計画に、全面的に乗る事にした。
手始めとして、犬養家所有の保養施設にて残りの面子へ、ヘレンちゃんから聞かされた内容を説明。
無事、彼等の協力を取り付けたぼくが、次に向かったのは―――
「そういう訳で・・・。お金、貸してください!!!」
「ほう」
―――活動資金の無心だった。
諸々の説明後、平身低頭、文字通り床に額をこすり付けるぼく。
まごうこと無きDOGEZAである。
一方。
頼まれる側となる人物は椅子に腰かけたまま、表情をぴくりとも動かさずにこちらを凝ッ、と見つめている。
頭頂部らへん突き刺さる、無言の視線がむず痒い。
しん、と静まり返った室内には、目に見えぬ霧のように緊張が立ち込めている。
ぎし、と微かな音を立ててすらりと長い脚を組み替えると、『彼女』はしばし考え込むように瞑目した。
「・・・出してやらん事も無い」
「本当にっ!?」
「―――ただし」
長考の末、わずかにハスキーな声が響く。
思わず跳ね上げた視界の中で、ゆさり、と豊かな双丘が腕組みした動きにつられ、紺色のジャージの下で動いた。
いかにも重たげなその上下運動に、思わず視線が吸い寄せられそうになる―――ところを慌てて、ぼくは明後日の方向を向いた。
そんなこちらの様子には気付かず(もしくは気にしていない?)、彼女は淡々と言葉を紡ぐ。
「お前・・・忘れてないだろうな?前に貸した分の金、二割程度がまだ返済、残ってるんだが。借金完済を待たずに元値の倍どころか百倍以上の追加融資。―――返すアテはあるのか?」
「う"っ。そ、それは~~~・・・」
容赦のない事実の羅列に、おもわず呻き声を上げるぼく。
―――頼み事の相手は会取叶の双子の姉、明さんであった。
ぼくの【学園】における新たな友人の肉親であり、以前、何かと入用になった活動資金を都合してくれた相手でもある。
彼女はどうやら、【学園】内にて自ら商会を興しているらしい。
普段、寮の中で見かける際も発注書らしきものをしたためていたり、業者らしき人と真剣な面持ちで商談している姿が多い。
ヘレンちゃんが提示した『秘策』だが、その実行において少なくない人数を巻き込む必要があった。
どうにかして人を集める手段が必要になるのだが、ぼく個人の知己を頼ったところで、新人である自分ではたかが知れている。
そこで、ぼくは『緊急任務』を出す事を考え付いた訳だ。
―――『緊急任務』とは、主に人類の敵である【彼方よりのもの】による突発的な侵攻に対し、【イデア学園】が発行するものである。
ただし、任務の発行権は学園側に限られたものではなく、個人名義で出す事も出来る。
このルールを利用し、今回の事件に【学園】関係者を巻き込む仕組みを作り上げる事が可能なのだ。
発行する任務の内容は、片洲の沿岸地域において人類への敵対行動を取る『深泥族』及び、その首魁たる『泥艮』と交戦し、これを撃退すること。
問題となるのは、任務へ参加することへのメリットの提示だ。
―――ここで、今回の融資話が関係してくる。
通常、討伐対象の【彼方よりのもの】の肉体を構成する高次元物質から、【魂晶】を精製し、これが任務の報酬となる。
しかし、今回は相手が【彼方よりのもの】とは異なる為、討伐しても【魂晶】を得る事ができない。
つまり、何か別にメリットが無いと、タダ働きになってしまうのだ。
そこで、任務において活躍した者を対象に、数々の褒章を設定した。
参加者同士で競争させる為の『エサ』にする訳だ。
その総額なんと―――10万G。
【学園】内の相場と比較するなら、常に参加できる『常設任務』のうち、危険度の低いものでだいたい1回100G程度。
敵の侵攻が起きた時にしか受注できず、危険度の保証がおおまかにしか出来ない『緊急任務』でも、一番等級の低いもので500Gが報酬の相場である。
当然、ヘレンちゃんの予測により危険度が高いと判断された任務は、その分報酬も上乗せされる。
経費は別として、1回につき5000Gは稼げるような高ランク任務も存在するらしい。
―――が、その事を鑑みても、10万Gの報酬は破格だ。
【神候補】の主な活動経費として、使用頻度の高い【神力】回復アイテムの値段が70G。
これを1回使っても、最低ラインの任務で30Gは稼げる計算になる。
10万Gを用意するのがいかに大変か、想像もつくだろう。
今回の計画にあたって、【学園】内の事情に明るい犬養青年と相談を重ねた結果、この値段設定に落ち着いた。
計画に必要なだけのエキストラを集めるには、この位が最低ラインとなるらしい。
凄まじい額だが、個人ではなく組織であれば用立てる手段が無くもない。
―――と、いう事で。
最初の相談先として、勝手知ったる寮内の友人―――の姉に白羽の矢が立った訳だ。
回想、もとい現実逃避終わり。
目下、返済の目途を問われているぼくは、ヘビに睨まれたカエルの如くダラダラと脂汗を流しつつ、ぼそりと呟いた。
「い、いっぱい頑張ります・・・」
「頑張る、で個人がどうにか出来る額を超えてる認識はあるか?私も商売上いろんな客を見ているが、学園生主催のギャンブルに嵌って、借金で首が回らなくなるような話はごまんとあるんだ。知らないようなら言っておくが、活動資金すら捻出出来なくなったら終わりだぞ、お前」
「ううっ」
知っている。
たまに手伝いに行く【学園】北部の農場で、「確率は必ず収束する」だの、「流れが来てる」だの、会うたびに熱っぽく語るダメなお兄さんが居るのだ。
所謂ギャンブル依存症なのだが、ぼくも同じように見られているのだろうか。
―――見られてるんだろうなぁ。
そこまで仲が良い訳でも無い、唯の弟の友人が会いに来て早々「10万貸してくれ」だなんて、ぼくでも多分部屋から叩き出す。
こうして訥々と忠告してくれている分、かなり温情のある対応なのだろう。
こちらの顔から視線を外さぬまま、若き商家の主は言葉を続ける。
「・・・まあ、私は融資する場合利子は取らないんだが、それは何時までもダラダラ返済を伸ばす事とイコールじゃない。返させる時は何があろうと返させるし、強制執行だろうとタコ部屋送りだろうと、やる。・・・それを聞いた上で、お前はどうする?」
「ぼくは―――」
改めて、そっと正面の少女の顔を伺う。
抜けるように白い肌に、くせのない亜麻色の長髪。
鼻筋から口元のラインは、あの絶世の美少女―――違う、美少年である叶君の肉親だけあって、非常に整っている。
しかし、目元の輪郭を丸ごと覆い隠してしまう野暮ったい瓶底眼鏡のせいで、その容貌はいまいち美醜の判別が付けられないものとなっていた。
―――思えば、似ていない姉弟である。
性格も、性別も、体格すらまったく異なる。
触れれば壊れてしまいそうな印象の叶君に対し、彼女は細身ながらすらりとした長身で、身体能力も高い。
そんな彼女をどう説得したものか、ぼくは灰色の頭脳をフル回転させた。
学園生のネットワークで、色々と怖い噂の流れてくる人物ではある。
―――が、実際の彼女は案外、優しい人なのかも知れない。
こうして無下に断らず、弁明の機会を与えてくれているのだ、それに乗らない手はない。
「ぼくだって後には引けません、・・・引けない事情があるんです。何より、解決できるかもしれない方法があるのに、ただ指をくわえて見てるだけだなんて―――ぼくには無理です」
「・・・さっき言ってた話か。確かに、何もしなけりゃ酷い事になるだろうな。だが―――所詮は、他人事だろう?お前が動く理由も、私がそれに協力する道理も、無い筈だ。違うか?」
「違わないかもですけれど!・・・だって、ムカつくじゃないですか!!」
「・・・え?」
咄嗟に立ち上がり、彼女と視線を合わせる。
偽らざる胸の内の熱を伝えるべく、ぼくは身振り手振りを加え、口火を切った。
「なんか色々諦めちゃってる感じの『深泥族』の人達も!ニヤケ顔が気持ち悪い猿顔のオッサンも!何より―――何もできず、ただ見ているだけのぼく自身に!ムカついてるんです!・・・不満だらけなんです!!だから!・・・だから、全てをぶち壊してハッピーエンドにしてやる位、夢見たっていいでしょうが!!」
「・・・その為に、自ら莫大な借金を背負うのか?」
「そうです!・・・正直、メッチャ怖いし、返すアテなんて無いですけれど。何でもやりますので・・・お願いします!!」
口から飛び出したのは、言ったその瞬間まで自覚していなかった『憤り』だった。
そうだ、ぼくはずっとムカついていた。
夜の町をわけもわからず逃げまどったあの時も、汚い大人に翻弄される自分にも、片洲の地下で無力感に打ちひしがれる仲間達の姿にも。
なんで上手く行かないんだろう、みんな幸せになれないんだろう、と、ずっと考えていた。
急に大声を出したせいで、喉が痛む。
けほ、と小さく咳をするぼくを無言のまま見つめ、数舜考えた後に少女はぽつりと呟いた。
「わかった」
「へっ?」
「『明峰商店』として、この話に一枚嚙ませて貰おう。無論、スポンサーになるからは色々と口を出す事になるが、それは構わないな?」
「え?はい、それは勿論。でも・・・言っといてなんですけど、本当に?」
「何だ、煮え切らない奴だな。ついさっきの啖呵はハッタリか?」
「ち、誓って本当ですってば。その、ありが・・・とう?」
「どういたしまして」
きょとん、と狐につままれたような顔のまま彼女を見つめる。
ぼくの返すお礼に素っ気なく応じる彼女の素顔は、レンズの照り返しで見えぬままだ。
―――が、どこか笑っているように見えた。
さて、と呟くと立ち上がり、小ぶりなテーブルの上を片付け始める明。
まっさらになった卓上には一枚の白紙が置かれ、部屋の片隅からは客用の椅子が引っ張り出される。
どうぞ、と目の前に置かれた客用椅子へ勧められるままに着席すると、少女はテーブルの向かい側でイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ、続いて細かい部分を詰めて行こうか。ここからは楽しい楽しい商談の時間だ、よろしく頼むよ―――お客様」
「お、お手柔らかに・・・」
どうやら、大変なのはまだまだここかららしい。
魚顔の集団に夜の町で追い回されるよりも、余程キツい目に遭う予感をひしひしと感じつつ、ぼくは引きつった顔でそう答えるのだった―――
今回はここまで。




