∥005-105 北海の大決闘・メイキングその一
#前回のあらすじ:負けた!と思ったけど生きてた!?
[マル視点]
「―――プロレスを、やりましょう!」
「「「・・・プロレス?」」」
―――その一言が、全ての始まりだった。
それはぼくらが北陸の小さな港町、『片洲』へ到着して2日目。
海底洞窟を抜け、悠久の時の果てよりこの地の地下に存在した、『深泥族』の町を訪れた後のことだ。
犬養青年の熱のこもった演説に始まる、人と『深泥族』の融和の為の交渉は、力及ばず決裂。
ぼくらは失意のうちに犬養家所有の保養地へと帰還し、その後、しばし姿を消していたマルが再び現れた時の一言が、これである。
発言の意図がわからない、といった表情を浮かべる仲間達を前に、ぼくは身振り手振りを交え説明を始めた。
「そう、プロレス!四角いリングで行われるこの世で最もスリリングで、血沸き肉躍るエンターテイメント!男と男の真剣勝負、時間無制限、金網電流爆破デスマッチ!・・・ノ〇だけはガチ。そういう感じの、アレです」
「・・・いえ、私は聞きたかったのはそういう事ではなく―――」
何故か唐突に、格闘技の一ジャンルについて熱心に語り出したぼくを前に、困惑した様子で言葉を濁す青年。
その様子を後ろから指をくわえて見つめていた梓は、首を横にこてんと倒すと瞬きした後に、疑問の声を発した。
「・・・ねぇ先輩。何か、するつもりなの?」
「うん、ちょっとね。確かめたい事があって、それでさっきまで席を外してたんだ。・・・改めて、皆に聞きたいんだけれど。きょうの『深泥族』との話し合い、納得してる?」
「それは―――ッ!」
その言葉に、詰襟姿の青年は思わず口を開こうとし―――
しかし、すぐにかぶりを振るとむっつりと黙り込んでしまった。
先刻の交渉が失敗した後、地上へとの帰還を決めた彼であるが、その内心には忸怩たる思いがあった筈だ。
本当ならば、もう一度『片洲深都』へと赴いて説得を続けたい。
――ーと、いうのが、犬養青年の偽らざる本心である。
しかし同時に、直に触れた『深泥族』の思いに。
その決心の固さを前にして、意思が揺らいでしまったのである。
ぼくは犬養青年の様子からそのことを確かめると、一つ頷いた後に再び口を開いた。
「―――全てを解決する方法が、あると言ったら?」
「・・・えっ?」
「海底都市『深泥都邑』の放射能汚染。『深泥族』の排除を目論んでいるらしい、日本政府。・・・ついでに、厄介なオッサンに目を付けられたぼくらの事まで。全ての問題をまるっと解決できる、そんな手段があるかも知れないんです」
「まさか、そんな―――」
馬鹿な。
と、喉の所にまで出かけた言葉を、短髪の青年は止める。
無言のまま真正面から見つめる彼の視線に少しだけ見つめ返すと、ぼくはその場に居並ぶ全員の顔を見渡しながら続けた。
「結論から言えば―――可能だそうです。ぼくは今の今まで、それが実現可能な事なのかをヘレンちゃんに確かめていました」
「それじゃあ―――!」
「・・・ただし!これはどちらかというと邪道、一度しか通用しないペテンの類です。それでいいのなら、これから皆に計画の全容を話そうと思います。―――どうしますか?」
そこで言葉を切ると、ぼくは全員の顔をもう一度見渡す。
答えは―――
聞くまでも無かった。
・ ◆ ■ ◇ ・
―――少し、話を戻そう。
保養施設へ戻った直後、挨拶も早々にぼくはトイレへと直行していた。
その目的は、昨日の警察署の時と同じく、鏡越しにとある人物とコンタクトを取る為である。
『―――海底に溜まった核のゴミのお掃除、ですか?できますよー』
「おぉ・・・!!」
とある人物は上下さかさまの姿勢のまま、あっけらかんとそう答えた。
『片洲深都』からの帰り道、ずっと心の端にしこりとなって残されていた疑問。
それが解決可能とあっさり聞かされ、思わずぼくはガッツポーズを取ってしまう。
とある人物―――何を隠そう、ヘレンちゃんその人である。
やはり困ったときは彼女に頼るに限る、褐色幼女最高。
―――現在、ぼくらを取り巻く状況には、幾つか解決困難な『問題』が付きまとっている。
ぼくを含め多くの【神候補】が属する【イデア学園】。
それが、ぼくをきっかけとして政府組織に目を付けられてしまった事。
次に、片洲の山間に位置するとある施設。
密かに放射性廃棄物を処分するここに、夜な夜な『深泥族』が襲撃を繰り返しており、同時にその遠因として、施設産の核廃棄物が海底へ無断投棄されている事だ。
二つの問題は本来無関係であるが、ぼくらがこの場に居合わせることで、運悪く結びついてしまった。
今日、この難題のうち後者を何とかしようと、『深泥族』の拠点まで直接交渉に行った訳だが―――
結果、あえなく断られてしまった。
彼等は海底に蓄積した核のゴミが原因で、現在進行形で放射能汚染に苦しめられている。
そして、その解決策として地上へ出稼ぎに来た同胞が、施設の中に囚われてしまっている。
それを助け出すが為の襲撃だった訳だが、それが原因で日本政府は秘密裏に、彼等を闇に葬ることを決めてしまったらしい。
腹の中まで真っ黒な、我が国らしい暴挙である―――が、今はそんなことより解決策だ。
できるだけ穏便に、彼等にも事情があった事を政府側に報せる。
その上で、交渉による軟着陸を図るという犬養青年のプランは、今日、つい先程突っぱねられてしまった。
あくまで同胞を取り返し、汚染された故郷で最期の時を待つ。
そんな『深泥族』の意思は、どうやら変えられそうにない。
―――ならば、ここは視点を変えるべきだろう。
つまり、汚染された海底のほうをキレイにしてしまえばいいのだ。
『―――とは言いましたが。お兄さんから聞いた話を総合すると、それだけじゃ根本的な解決には至らないと思いますよー?』
「ですよねー・・・。海底都市が住めるようになっても、政府の御偉様方が『深泥族』を危険視する状況はなんにも変わらない訳で。むしろ丁度いいからって、新型爆弾の投下実験先にでもされかねないかも・・・?」
『全面戦争待ったなしですねえ』
「ついでにぼくも、あの猿顔のオッサンに今後もネチネチネチネチ、付きまとわれる事になりそうな予感・・・!」
『困りましたねえ』
「ほんとにねー、はぁ」
現状確認を終えてみると、改めて頭の痛くなるような事実の数々に、思わずため息が漏れる。
鏡の中から他人事のように笑っているヘレンちゃんが、今は恨めしい。
・・・本当に困った状況だが、何か、あと少しで全てを解決に導けそうなのだ。
しかし、その方策がどうしても浮かんでこない。
ぼくは首を何度もひねりつつ、ああでもないこうでもないと口の中で呟き続ける。
「何か・・・何かないのかな?―――そうだ、ちょっと話は変わるけれど。海底のお掃除、って一口に言っても、実際のところどうやるの?放射性廃棄物だなんて、世界中の国々が処分方法に困って押し付け合ってるような代物じゃない?」
『ああ、それはですねー。場所さえわかればこう、チョチョイっと座標をずらしてマントルに放り込めば、きれいさっぱり溶けしまってお終いです。次に地上に出てくる頃には、残らず放射能も消えてますよ?』
「・・・いやいやいや。さらっと言ってるけどそれ、大丈夫?お掃除が原因で火山が噴火したりとか、しない?」
『そりゃ少しくらいはあるかもですけどー、誤差の範囲ですねえ。コールドプリュームとホットプリューム、ってわかります?地殻の奥深くでは何万年もかけて、半液状のマントルが交互に、浅い所と深い所を行ったり来たりしてるんです。その沈み込む流れがコールドプリュームで、浮かび上がる流れがホットプリュームですねー』
「ほうほう」
『今回は時間を掛けて放射性物質の半減期を待つので、広範囲に分散させた上でコールドプリュームに乗せて、地球の核付近にまで旅してもらう訳です。それこそ何千、何万年もかかるので自然と放射能も消えますし、そもそも惑星の核付近は元から放射能ヤバいので、それ含めて誤差の範囲ですね。全体で見ればでとてつもない質量が動き続けてるので、その中にちょっと小石を放り込んだ程度じゃ何もしないのと同じって事です。わかりましたかー?』
うん、全然わからん。
多少、科学の授業で習った部分に触れた内容だった気がするが、応用問題に過ぎるので半分も理解できなかった。
・・・とりあえず、彼女の言を信じるなら環境なんかへの影響については、心配いらないらしい。
彼女は見た目十一歳くらいの少女なのだが、どうやら相当に頭が良いようだ。
いわゆる天才少女という奴だろうか、普段ののほほんとした雰囲気からは想像もできない。
ヘレンちゃんに対する認識をまた一つ改めつつ、ぼくは何度も頷いた。
「・・・えーっ、と。よくはわからないけれど、問題は無いって事だよね?あ、ついでになんだけどさ。同じようにして、『深泥族』の皆さんもどこかに雲隠れさせちゃう、というのはどうかな?御偉様方が諦めるまでの間でいいからさ、・・・駄目かな?」
『まあ、出来ますけどー。一体何処に、彼等を行かせる気なんです?きょうび、人目の無い所なんてほとんどありませんよ?』
「それは・・・確かに。むむむむむ」
ひとまず汚染の事が何とかなりそうなので、お次は、ということで残る問題へと思考を移す。
政府の抹殺リストに入ってしまったという『深泥族』達。
このまま放置すれば、いずれ彼等は窮地に陥ってしまうであろう。
最悪、刺客としてぼくら【イデア学園】が差し向けられる、そんな事態も十分にありうる。
そうなる前に、政府の目から彼等を隠してしまうのが良いだろう。
そう思いつきで提案してみたのだが、即座にヘレンちゃんから駄目出しされてしまった。
言われてみれば確かに、科学万能の現代において、山奥や僻地に隠れたぐらいじゃ完全に行方をくらますには足りないだろう。
どこか遠い海の底に隠れる手もあるかも知れないが、海洋はそれこそ真っ先に探されるであろうロケーションである。
何かいい手はないだろうか、と無い頭を振り絞って唸るぼくを、不思議なものを見るような様子でヘレンちゃんはじっと見つめていた。
『・・・何で、そんなに必死なんですか?彼等とは知り合って間もない、増してや同じ人間ですら無いのに』
「必死、という程でも無いかなあ?ぼくだって現在進行形で困ってるところだし、こちらの問題を解決するついでに困ってる者同士、何か助けになれる事が無いか考えてるだけだよ」
『普通―――余裕が無くなれば、ストレスのはけ口代わりに、喚いたり周囲にあたり散らしたりするものでは?』
やがて、ぽつりと呟かれる一言。
はっとして見返した彼女の表情からは、普段の朗らかさが嘘のように、表情が抜け落ちていた。
普段見る事のない彼女の『素顔』に、驚きを感じつつもどこか、それに納得している自分が居る。
きっと、普段見せているおちゃらけた顔は、彼女が纏う『仮面』の一つなのだろう。
それを脱ぎ捨てた事の意味を考えつつ、ぼくもまた自分の中の偽らざる言葉を伝えることにした。
「それだと、後で余計にみじめになるだけじゃん。そういう『普通』は、ぼくには当てはまらないかな?どうせやるなら、後で気分よく振り返れる事がいいよ。そう思うからこそ、こうして悩んでるんだし、こうしてきみに相談してるのさ。・・・まあ、ヘレンちゃんに頼りっきりなのが痛い所ではあるんだけどね」
『そうですねー。お兄さんクソザコナメクジなので、私がいないとてんで役に立たないですからねー』
「にゃにおう」
ちょっとした本音トークの後、二人で軽口の応酬を交わす。
ちらりと覗き見た彼女は普段通り、小悪魔めいた微笑みを浮かべていた。
その事にそっと、心の中で安堵の息をつく。
『・・・どうせやるのなら、徹底的にやる方がいいです。後で難癖付けられないように、それこそ死を偽装して、相手からは手も足も届かない所に雲隠れする―――。その位はしないと、最終的に禍根を残す結果になるかも知れませんから』
「それは・・・、確かにそうだけど。そんな事可能なの?」
『可能です。―――私に、いい考えがあります』
彼女が口にした提案に、思わずぼくは疑問の声を上げる。
そんなぼくに対し自身あり気に微笑むと、ヘレンちゃんはとっておきの『秘策』を語り始めるのであった―――
今週はここまで。




