∥005-103 決着の時
#前回のあらすじ:とっつげきー!!
[マル視点]
『デモクラシア』と『泥艮』。
両者の距離は、石造りの巨人が歩みを進める度、一歩、また一歩と近づきつつある。
それと共に、激突の瞬間もまた、その間際にまで近づきつつあった。
石造りの巨人が八双に構える、白亜の長剣―――『闘兵剣』。
異形の巨人が掌に浮かべる、絶対切断の円刃―――『深淵刃』。
互いに、一撃必殺の秘剣。
それを携えた上で、互いに面と向かっての一騎打ちである。
両者の戦力はおおよそ五分と五分、力ではこちらが上、技量ではあちらが上。
敵の一撃を凌いだ上での反撃―――と、いうのが難しい現状。
狙うはただ一点、先制攻撃のみだ。
白兵戦武器を携えたこちらとしては、リーチで勝る点だけは好材料と言えるのだが―――
(・・・いかにも投げてきそうだよなぁ、アレ)
ちらり、とモニターに映る水の円刃に視線を向ける。
恐らく―――というかほぼ確実に、戦輪よろしく投げつけて使うタイプの武器であろう。
となれば、見た目のリーチ差は当てにはならず、こちらはひたすら敵がいつ得物を投げ放つか警戒せざるをえなくなる。
「マズイよなぁ・・・。せめて、遠距離から牽制の一つでもできりゃ良いのに」
「・・・けんせー?すればいいんだ?んじゃ、いっくよー!―――ちにゃ!!」
「あーちゃんっ!!?」
ぼそり。
と、ついつい口の端から零れた一言を聞きつけたのか、隣に座る後輩はおもむろに梓弓を引き絞る。
座ったままながらに見事な射形で、モニター奥へ狙いを付けると、矢をつがえぬままに撃ち放った。
少々気の抜ける掛け声と共に、びぃん、と硬質の弦音がコックピット内に響く。
―――絆の巨人は搭乗者の異能を増幅する。
少女の意思はコックピットより巨人の内部を伝わり、その頭部へ変化となって現れた。
疾走中の巨人が、おもむろに大きく口を開く。
かぱっ、と開かれた口蓋の奥からは、次の瞬間、まばゆい白光が放たれていた。
闇夜を裂いて飛来した閃光はあっという間に両者間の距離を0にする。
突然のことに反応が送れた異形の巨人はそれを避けそこね、白光は肩口を鋭く貫いた!
『グ・・・オォッ!??』
「やったか・・・!?」
「いえ―――来ます!」
『・・・シャアアアアァ――――ッ!!』
皮膚を貫き、肉を焼き焦がす光に思わず一瞬、『泥艮』がよろめく。
思わぬ好機に思わずガッツポーズが出かけるが、犬養青年の鋭い声に慌ててモニターの中に視線を戻した。
体勢を崩したかに見えた、異形の巨人。
しかし、すぐさま水気を失った泥地をぐっと踏みしめると、掌中でひときわ回転を強める円刃を一挙動で投げ放った―――!
掌の上から、瞬時にかき消える水のバズソー。
そして次の瞬間には、円刃はこちらの目と鼻の先にまで肉薄していた。
だが―――その時既に、石造の巨人は天高く頭上へと跳躍していた。
「ふう!・・・間一髪、ですね」
「ですね。―――って!犬養さん、脚、あし!取り残されてます!!」
「・・・!?」
危いところをジャンプで躱し、危機を脱したかに見えた『デモクラシア』。
だがしかし、円刃のスピードは予想をはるかに超え、巨人の右大腿部から下をすっぱり切り落としていた。
巨人の右脚は股の辺りからごっそりと欠落し、泣き別れとなった脚部は泥の海の上にぽつんと置き去りになっていた。
上空から見下ろす、鋭利すぎるその切断面に、思わずぞっと背筋が冷たくなる。
「あ、危なかった・・・!」
「ですが、これで敵にもう攻撃手段はありません!西郷さん、このまま攻め切りますよ―――!!」
「応ともよッ!!」
「わおーんっ」
今度はこちらの手番、とばかりに空中より、大上段に剣を振りかぶった石造の巨人が襲い来る。
片足は失ったが、未だ残る三肢は健在。
レンガ造りの両腕で白亜の大剣をしっかと握り、頭上より渾身の一撃を見舞わんと、『デモクラシア』はその瞬間に備える。
しかし―――
『接近警報 高速飛翔体』
「「・・・!?」」
「あ!先輩先輩、輪っかが戻ってきてるみたい!」
「なんだって―――!?」
突如、コックピット内にサイレンが鳴り響く。
回転灯が室内を赤く染める中、何事かと周りを見回す搭乗員のうち、一早く梓だけが異変の正体に気付いた。
彼女が指差す先、モニターの映す後部カメラの中心にこちらに迫る水の円刃を見つけ、ぼくは思わず小さく叫ぶ。
異形の巨人は投擲を外した後、異能で再び円刃を操り、『デモクラシア』を後ろから狙っていたのだ。
あの速度では、ジャンプ切りを決める前に背後から真っ二つにされてしまう。
空中では回避は不能。
そして、絶対切断の刃の前では分厚い装甲も役には立たない。
まさしく、万事休す。
「いけません!このままでは・・・!」
「あっちいけー!ぺよ~~~んっ!!」
「駄目だ、勢いが止まらない・・・!」
この状況にてすかさず、円刃に『鳴弦』を叩き込む後輩。
咄嗟の判断であったが、しかし。
破邪の調べも、海神の力を結集した刃の前にはわずかに勢いを減じたのみで、行く手を阻むには至らない。
それを目にしたぼくは、ほとんど無意識のうちに己が半身へと呼びかけていた。
「【神使】メルクリウス―――!!」
『・・・!!』
(何とか間に合った!でも―――)
一瞬、コバルトブルーに輝く水塊が像を結び、それは瞬く間に巨大化して水の防壁へと化した。
だが―――
これでは、足りない。
同じ水に関わる異能を使う身として、マルは『泥艮』との絶対的な力量差を自覚していた。
幾ら『デモクラシア』の力で増幅したとしても、元来の力と技量で完全に負けている以上、このままでは結果は見えている。
何か―――何か無いのか?
刹那の攻防の間、目まぐるしく思考を回転させる。
力量差を埋め、この危機的状況を脱する為の『何か』。
―――【神力】の行使において、大切なのはイメージだ。
確かそう、ヘレンちゃんは言っていた。
イメージ、イメージ、刃を退け、危機を脱する為に必要なもの。
『バブルシールド』は決して破れない泡の盾。
だが、あの刃はそれを圧倒的なパワーで超えてくる。
それなら、真正面から争わずうまくいなすのが肝心な筈、だ。
刃を逸らす、水―――そして、盾。
視界がチカチカする程の集中の中、朧げなイメージがようやく像を結ぶ。
その瞬間、ぼくは脳裏に浮かんだ言葉を、力の限りに叫んでいた。
「す ・ べ ・ れェーーーッ!!!」
「・・・マル君っ!?」
『―――バカナ!?』
周囲から驚きの声が上がる中。
水の防壁が強く、碧い閃光を放つ。
そこへ衝突した水の円刃は、勢いのままにそれを断ち切る―――には、至らず。
蒼の輝きに触れた切っ先は、つるりとその方向を変え、巨人の頭部をわずかに掠めて飛び去ってゆく。
そして―――次の瞬間。
「感謝します!いざ、御覚悟―――!」
「ちぃえすとぉぉぉ!!!」
犬養と西郷、二者の叫びが重なる。
それと同時に絆の巨人は渾身の力を込め、白亜の剣を振り下ろした。
一方。
必殺の刃が反らされた事実を前に、異形の巨人は驚愕の表情を浮かべたまま、頭頂から唐竹割りに刃を受けた。
周囲に光が溢れ、静寂を保ったまま世界は白く染まる―――
今週はここまで。




