∥005-100 決着に向けて
#前回のあらすじ:首の皮一枚で助かった!
[マル視点]
『グオォ・・・ッ!?』
「やった!あのデカブツを吹き飛ばした―――!!」
『泥艮』の巨体が泥の海に倒れ、どどう、と大音響と共に膨大な量の飛沫が立ち上がる。
地響きの残響が残る中、コックピット内の皆の視線は、この快挙の立役者―――ぼくの後輩こと、梓の元へと集っていた。
「やるやなかか!大したもんばい!!」
「今のは正に、間一髪でした・・・。しかし梓君。その弓は、一体―――?」
「あ、コレ?これはねえ、えーっと・・・。なんか、来てくれたみたい?」
「みたいて」
注目が集まる中、当の本人は、よくわかっていない様子で普段通りにのほほんとしていた。
マイペースな彼女にぼくが苦笑を浮かべる傍ら、犬養青年はその腕に収まる一張の弓に目を留めていた。
彼が気にするのも無理はない、つい先程までこんな代物は、この室内に存在していなかったからだ。
至極当然な疑問に対し、後輩の答えは実にふわっとしたものだった。
恐らく―――彼女自身、なぜそうなったかを理解していないのだろう。
ぼくの後輩は基本、ノリと直感で生きている。
今となっては慣れたものだが、彼女との付き合いが始まった当初はそれこそ毎日のように驚かされたものだ。(今でもたまに)
―――しかし、あの梓弓。
記憶が定かであれば、片洲で過ごした夜にも同じものを見た筈だ。
それ以降、とんと見かけなかったからすっかり忘れていたが、これまで何処かに仕舞われていたのだろうか?
まさか、用途に合わせて何処からともなくにょっきり生えてきている、だとか―――
一瞬、恐ろしい想像をしそうになったぼくは頭を振ってそれを打ち消すと、モニターの中で立ち上がりつつある異形の巨人へと意識を集中させた。
決して、現実逃避の為などでは無い。
「さて―――仕切り直しですね。互いに手札を出し切った今、ここから先は長引くか、逆に一瞬で決着が付くかの何れかでしょう」
「ど、どういう事ですか・・・?」
「『デモクラシア』と『泥艮』。両者の力量は重量と、単純な出力ではこちら。技量では向こうが上、と言った所でしょう。『深泥族』の武術は恐ろしいものですが、梓君がいる限り、あちらもうかつに攻め込む事はできません。先程の弓鳴りをまともに喰らえば、決定的な隙を晒す事になりますからね」
開戦当初、両者の激突で力負けしたのは『泥艮』の方であった。
しかし、その後巧みな体裁きでもって、戦を有利に進めたのもまた、『泥艮』であった。
いくら力で勝っても、巨体を十全に操る技量ではあちら側に軍配が上がる。
その差を埋めるのが、梓の『鳴弦』による強制的なダウン攻撃だ。
真剣勝負の最中に転倒し、決定的な隙を晒す事になればいかな異形の巨人とて、無事で済むとは限らないのだ。
「互いにある程度拮抗する以上、このまま続ければ待つのは消耗戦です。その末の粘り勝ちを狙いたい所ではありますが―――まだ、何か切り札を隠している可能性は否めませんね」
「そぎゃんしたら短期決戦、先に虎ん子ば叩き込んだ方が勝ち、ちゅう事でごわす!」
「わふっ!」
「まさかぁ、そんな事ある訳―――げっ」
必殺技の打ち合いによる、一瞬の決着。
そんな可能性を示唆され、ぼくはそれを一笑に付す。
―――が、次の瞬間モニターの中に見えたものを目にして、思わずうめき声をあげてしまった。
「彼奴の周りの泥が、浮き上がって・・・!?」
「見て見て、泥の塊から色が抜けてってるみたい!」
『泥艮』の周囲の地面が沸き立ち、そこから無数の黒々とした球状の物体が浮き上がってくる。
それは付近を覆う、多量に水分を含む泥の塊であった。
―――海の民である『深泥族』は生来、水を操る異能を持つ。
それ故に策を講じ、陸の上へと『泥艮』を引っ張り出し、そのお陰でこれまで戦いを有利に進められていた。
しかし、『水』そのものはこの場にも、形を変えて存在していたのだ。
そして、異変はそれだけに留まらなかった。
泥の玉の下部から水気を失い、乾燥した土がぱらぱらと落下してゆく。
それに反比例するように、徐々に黒々とした球体から色が抜け落ちてゆく。
後に残されていたのは、無色透明の澄んだ水の塊であった。
「やられた。・・・海水ば、沪しとりよったばい!!」
「そんな!折角海から引きはがしたってのに・・・!!」
『泥艮』は水を操る異能を使い、泥から不純物を排出して海水を取り出したのだ。
今や、異形の巨人の周囲には無数の水塊が群れを成し、宙を漂っていた。
それが一点、水かきのある掌の前へと集ってゆく。
「な、なんかヤバい雰囲気なんですけど・・・!?」
「うむ―――。座視するにはあまりに剣呑。かくなる上は、此方も切り札を抜かざるをえません!」
「『デモクラシア』の、切り札・・・!?」
異常な【神力】を集中させ、多量の水を集め始めた異形の巨人。
十中八九、隠していた切り札を今、まさに切ろうとしているのだろう。
絶体絶命、このまま無策では即、敗北に繋がりかねない状況。
この窮地に、我等がリーダーは如何なる動きを見せるのか?
慌てて声を掛けたぼくの目の前で、精悍な顔立ちの青年はゆっくりと頷く。
そして、絆の巨人が持つ最大の『力』を解放すると、高らかに言い放ったのだ―――!
今週はここまで。




