∥005-99 一縷の望み
#前回のあらすじ:バカな・・・無〇波はかわした筈だ!
[マル視点]
「・・・!・・・・!!」
(気持ち悪い、頭がガンガン鳴ってるみたいだ―――)
朦朧とする意識の中。
靄がかかったような視界で、誰かが叫んでいる。
涙を目の端に浮かべる少女は、知っている顔のような、気がした。
―――が、思い出せない、考えがまとまらない。
キーン、と耳鳴りの音だけが周囲を満たす。
ぼくを中心に、ぐるぐると世界が回っているかのようだ。
しかし、鳴り続けていた甲高い音は次第に収まると、その代わりに聞き覚えのある声が少しづつ、意識の中に入り込んできた。
「―――輩、せんぱい・・・!お願いだからしっかりしてよぉ!!」
「あー・・・、ちゃん?」
「!?・・・そうだよ、あたし!よかったー!先輩生きてたー!!」
うわ言のように零した一言を聞きつけたのか、後輩の顔にぱっと安どの色が浮かぶ。
どうやら、大分心配させてしまったようだ。
安心させようと身体を起こす―――が、いまいち力が入らず上手く行かない。
未だ平衡感覚の喪失した身体を操縦することを諦め、ぼくはシートに体重を預けたまま、視線だけで周囲を伺った。
ロケーションは室内。
無数の計器と、一面に並ぶモニターだらけの場所だ。
ここは見覚えがある。
石造りの巨人―――『デモクラシア』の頭部に位置する、コックピットの中だ。
更に視線を動かすと、必死の形相で操縦桿を握る巨漢の少年と、額に脂汗を浮かせ強張った表情を浮かべる詰襟姿の青年が目に入った。
「そうだ―――あの怪物の攻撃を喰らって。ぼくは・・・気を失ってたのか!あれから、時間は・・・!?」
「1分も経っていませんよ。ご無事のようで、何よりです。―――が、状況は全くもって芳しくありません、残念ながら」
「なんの・・・!まだまだこれからばい!がっはっはっはっは!!」
「くぅん・・・」
ぼくが意識を取り戻したことに気付いたのか、犬養青年、西郷どんの二人が揃ってこちらへ顔を向ける。
二人へ向けて軽く手を上げると、続いて視線を正面側―――無数に並ぶモニターへと向けた。
しかし、威勢の良い西郷どんの言葉とは裏腹に、視界に飛び込んできた光景は惨憺たるものだった。
「ぐ・・・ぬぉっ・・・!!!」
『甘イ!左肩、貰ッタゾ―――!!』
―――モニターに映るのは、異形の巨人との一騎打ちの場面。
目まぐるしく移り変わる光景の中、石造りの巨椀と巨大な鉤爪が幾度となくぶつかり、轟音と共に火花を散らす。
目で追うのもやっとの速度で繰り返されるやり取りの狭間、僅かな隙を鉤爪がこじ開け、巨人の左肩を抉った。
再び上がる轟音。
明滅し、激しく揺れるコックピット。
石造の巨人の肩に据え付けられていたサーチライトの一つが脱落し、足元の泥の海に向かって落ちてゆく。
視界を確保していた光源が減り、わずかに狭まった視野の中。
モニターの中央に捉えていた異形の巨人の姿が、わずかにブレたかと思えば―――次の瞬間にはかき消えていた。
「き、消えた―――!?」
「西郷さん、左です!!」
「こんわろ、明かりん消えた所へ―――!!」
突然の出来事に皆が動揺する中、詰襟姿の青年だけは敵の狙いを正しく見抜いていた。
異形の巨人は最初から、真夜中に視界を保つ為のライトに狙いを付け、視野が狭まったその瞬間に動いたのだ。
数舜遅れ、犬養青年の言葉に応じモニター内の光景が左へと巡る。
そこでは、巨椀を振りかぶり、今まさにこちらへと襲い掛かろうとする『泥艮』の姿があった―――!
「やらせん!!」
『殺ッタ―――!!』
「間に、合わない・・・!?」
咄嗟に両腕を上げ、防御態勢を取る『デモクラシア』。
だが、相手もそれは想定の内。
ガードを掻い潜るように細く、鋭く突き出された貫き手の一撃が頭部へ、コックピットへと迫る―――!!
万事休す。
モニター一杯に広がる巨大な鉤爪を前に、ぼくはその事実へ直面していた。
でも何か、何か手はないのか・・・!?
「ぺよ~~~んっ!!」
「・・・あーちゃん!?」
『ヌゥ・・・!?身体ガ、押シ戻サレル―――!!」
若干気の抜ける声がした方へ目を向ける。
そこでは、何処からともなく簡素な梓弓を呼び出した後輩が、矢をつがえぬままに弓の弦を掻きならしていた。
古来より日本に伝わる邪気払いの儀式―――『鳴弦』である。
『深泥族』が地上へと溢れたあの夜。
この目で目撃したとおり、【神候補】として覚醒した彼女が奏でる調べは、異形の者達を退け、無力化させる力を持つのだ。
『デモクラシア』によって増幅され、肩のスピーカーを通して放たれた破邪の波動は、コックピット目前にまで迫っていた爪先を寸前の所で止める。
そして更には、波動に押し出されるようにして、異形の巨人の身体ごと後方へと弾き飛ばすのだった―――!
今週はここまで。




