∥005-95 釣り上げろ!伝説の巨大海獣ダゴン!!
#前回のあらすじ:ビッグフィッシュ(推定50m以上)
[アルトリア視点]
私の名前はアルトリア=ジャーミン。
英国貴族ジャーミン家の血を引くコンゴの港町生まれ、19歳の乙女よ。
生前、ひょんなことから外見がゴリ・・・類人猿っぽくなる厄介な呪いに掛かった私は、呪いを解こうと奮闘したけれど力及ばず死亡。
そこへ空飛ぶ幼女に喚びかけられて、今度こそ人間の姿に戻る為に【イデア学園】の一員になったの。
それ以来、世界の各地へ飛んではへんてこな怪物と戦う日々を過ごしてたんだけれど―――
「それが!どうして!こうなってるのよーーーー!!!??」
「ぬおおおおお・・・お、重い!重いのであるぅぅぅ~~~!!」
「こっ、腰がミシミシ言ってるのですぞぉぉぉおお!!!」
・・・夜空に、私と兜姿の野郎二名の悲鳴が木霊する。
周囲のロケーションは深夜、立派な石造りの建造物の屋上。
四方を泥の海で囲まれたここでは、今、巨大な怪物『泥艮』を海から引きずり出す為の作戦が行われていた。
そのカギとなるのが、南太平洋に伝わる、何でも釣り上げるという魔法の釣り針。
持ち主である英雄マウイの協力を得て、見事、巨大な怪物を針に掛けることに成功したまでは良かった。
―――が、そう上手く話が進む筈も無く。
ほいと渡された長大な竿を握りしめ、私たちはとんでもない重量と戦う羽目になっていた・・・!
「も、も、もう無理ですぅ~~~!!」
「頑張ってエリー!コレを手放したらアタイ達にはもう、後は無いんだよ!?」
「はっはっは、お嬢さんそう無理は言いなさんな。人には人の役割というものがあるからね、こういう力仕事は然るべき者に任せてもバチは当たらないさ。ねっ、『蒼玉』」
『パオオーーン!!』
「そういうアンタは【神使】にまかせっきりじゃない、サボってんじゃないよ・・・!!」
「はっはっはっはっは」
少年少女、兜野郎に謎の類人猿から巨象に至るまで。
バリエーションに富んだチームが一丸となり、木竿に組みついている。
海に向かってぴんと張られた糸に引っ張られ、危険な程に竿は弓なりにしなっているが、不思議と折れる気配は感じられなかった。
むしろ、支える側にかかる重圧が問題だ。
ありていに言って、ヤバい。
全力を振り絞って引っ張っても、ビクともしないどころかとんでもない力で引っ張り返してくる。
そして背後からは、遠く聞こえる地響きのような音が次第に近づいてきており、今ではずしんどしんと怒号のような轟音と化していた。
最初は周囲から、私たちを応援していた観衆達も、海の方を指差し顔色を青くすると、一人また一人と後ずさり、逃げ出してしまった。
今となっては、屋上に残っているのは私たちだけだ。
「あー、もう!何時までこんな事続けりゃいいのよ!?」
「あとちょっと!」
「あとちょっと!って、さっきも言ってたじゃない!もういいんじゃないの・・・?これだけ引っ張ったんだから、そろそろ―――」
「・・・ああ、ダメダメ!あっちを向いたら最後、ぱちんと針が外れて折角の獲物は海にドボン、これまでの努力は水の泡さ!ここはオイラを信じて、もうちょっとだけ頑張ろうよ!」
「うっ。わかったわよ・・・」
無限に感じられる怪物との綱引きに、もう何度目かになる弱音が口から飛び出す。
それにからりと笑って答えると、ちりちり頭から毛先を指先にくるくると巻き付けながら、刺青の少年は私たちにエールを贈るのだった。
しかし―――限界はすぐに訪れる。
「もう、ダメ・・・!」
「エリー!?・・・くっ!」
「ぜぇ、ぜぇ。これ以上は指一本、動かせないですぞぉ・・・」
「ファイト・・・。いっぱつ、であるぅ・・・」
最初におさげ髪の少女が、続くように他の面々も次々と膝を折り、地面にうずくまってしまう。
今や竿を支えているのは、私と青い肌の象、それにベリーショートの金髪少女だけだ。
友人に声を掛けつつ頑張っていた彼女も、もう息も絶え絶えといった様子だ。
脱落者の分増した重量が、一気に両手に掛かってくる。
腕はもうパンパン、脚も腰もさっきからずっと悲鳴を上げていた。
(もう、諦めたほうが―――)
脳裏にちらりと、弱気な思考が掠める。
それを聞きつけたかのように、しわがれた老人の声がそっと、私の耳朶へ忍び込んできた。
『ヒヒヒヒッ、根気のねぇ小娘だ・・・。感謝しろよぉ?このフィリップ様が手助けしてやる―――』
「その声、まさかクソ爺―――もがっ!?」
「おや―――?」
「へぇ」
脳天から尾てい骨にまで貫くように、電流のような刺激が全身に走る。
びくん、と身体を硬直させると同時に、私の瞳はぐるんと裏返り白目を剥いた。
―――視界の端に、ニヤニヤとほくそ笑む類人猿めいた老人の姿を見た、気がした。
一方。
私の異変に気付いた皆が顔を上げ、心配そうに覗き込んでくる。
その中で、褐色の偉丈夫と刺青の少年の二人は、私ではなくその背後に視線を送った。
片や怪訝そうな表情を浮かべ、残る一人はどこか楽し気な表情を浮かべる。
―――イメージが流れ込んでくる。
悠久の時を超え、暗黒の大地で生きながらえ続けた、恐るべき竜の末裔。
数多の敵を退け、血に染まりし角の数は三つ。
化石の時代よりも旧く、最も新しい伝説。
その存在と、『私』は一つになっていた。
ぱさり、と目深に被っていたローブがめくれ、剛毛に覆われた肌が露になる。
周囲の視線がそこへと集まり、驚きの声に変じた。
「「「ご、ゴリラ―――!?」」」
「いや―――それだけではないのである!頭上に何か、おぼろげな像が・・・」
「トリケラ、トプス・・・!!?」
それは、正しくゴリラであった。
彫りがむやみに深く、剛毛で、はち切れんばかりの筋肉により、ローブが内側より押し上げられている。
周囲の目を恐れ、厚手のローブでひた隠しにしていたその正体が、今、衆目に晒されていた。
その頭上に背負うのは、暗黒大陸に伝わる伝説の怪物。
川を堰き止めるもの、象を突き殺すもの、数多の異名を持つ、暴虐の化身。
全長10mにも及ぶ、巨大な三本角を有する四足歩行の竜の幻影が、燃え盛る炎のような瞳に闘志を宿し、若者達を見下ろしていた。
『・・・・・キャオラァッッッッッ!!!!!』
ぱん、と音を立てて、ローブの袖が弾け飛ぶ。
丈夫な布地を突き破り、黒々とした剛毛に覆われた見事な力こぶが姿を現していた。
推定1tをゆうに超える握力に、魔法の木竿がぎしぎしと悲鳴を上げる。
ぐん、と竿をしならせると、筋肉の化身と化したゴリラはとてつもない力で糸を引っ張り始めた。
呆気に取られ、その様子を眺めていた周囲の者たちも慌てて駆け寄り、一緒になって怪物との綱引きを始める。
『キャオッ!!キャオラァッッ!!!キャオラアッッッ!!!!!』
『オォ・・・オオオオオ!!?』
「か、怪獣大決戦・・・!!」
「あとちょっとだよ!おいらも応援してるから、みんな頑張れー!!」
ずん、ずん、と地響きを上げて屋上を踏みしめ、ゴリラは三度雄叫びを上げる。
その度に、背後からは巨人がもがく様子が地響きと共に伝わり、若者達の足元を揺らした。
もう―――ゴールは目の前だ。
「・・・そこまで!!みんなお疲れ、もういいよー!」
「ぶはぁっ・・・!!」
「う、腕がひっこ抜けるかと思った・・・!」
刺青の少年が頭の上で大きく腕を振り、皆に終了を告げる。
と、同時に竿を手放すと、参加者の面々はそろってばたばたと倒れ伏した。
仰向けになり、荒い息をつく若者達。
その傍ら、持ち手を失った竿は屋上に転がったまま、ぴくりとも動かない。
怪物との引っ張り合いが無事、終了した証拠だ。
人心地付いた参加者たちがのろのろと起き上がり、笑い合う一方。
頭上の憑依霊が抜けた私は、うつ伏せに突っ伏したまま昏倒し、ピクリとも動けずにいた。
「もう、振り返ってもいいでござる―――ぎぃええええっ!!?」
その様子を伺おうと、恐る恐る皆が私の周囲に集まる傍ら。
己の成果が気になった兜の若者はよっこらしょと立ち上がると、海の方角へふらふらと駆け寄る。
そして―――
国会議事堂めいた建造物の間際にまで迫った、『泥艮』の巨体を目にすると、素っ頓狂な声を夜空に響かせるのであった―――!
今週はここまで。




