∥005-94 島釣りの英雄
#前回のあらすじ:オイラがマウイさ!
[アルトリア視点]
「ほ、本当にやるの・・・?」
「アッハッハ!まさか、もう怖気づいたのかい?」
「そ、そんな訳無いでしょ!やるわよ・・・やったろうじゃない!!」
ローブを目深に被った乙女が吠える。
刺青のある少年はけらけらと笑い声を上げると、携えた木製の竿をびょう、と一振りさせて水平線の彼方へ視線を向けた。
その行く手には、サーチライトに照らされ白くきらめく海原と、光源の届かぬ闇の奥深くに佇む、人型の闇が待ち受けていた。
数kmは離れたこの場所からも、その巨体は圧倒的な威圧感を伴い、見る者に畏怖を抱かせる。
水棲生物の特徴を持つ神話生物、『深泥族』。
その祖霊である、巨大な怪物―――『泥艮』だ。
その威容を目の当たりにして、その場に居る者たちが思わず息を飲む中。
なおも不敵に微笑む刺青の英雄は、獲物をしっかと握りしめると、いかにも楽し気に声を上げた。
「いやーしっかし、本当にでっっっかいなあ!あれだけの大物は、太陽の16本脚にかけてオイラの人生でも初めてだ!ワクワクしてきた~~~!!」
「はっはっは、やる気に溢れているようで何よりだね。・・・それじゃあ先生、そろそろ始めてもらっても?」
「どんとこいだ!」
アルナブの問いかけに、瞳を煌めかせ水平線の向こうを見つめていた少年は、やる気十分といった様子で逞しい胸を叩く。
そして木の竿を振りかぶると、海目掛けて勢いよく振り下ろすのだった。
「それじゃあ・・・いっくぞーーーーーっ!!!」
・ ◆ ■ ◇ ・
―――冒頭の場面から数分前。
国会議事堂の屋上に集められたメンバーは、自分達の役割を褐色の偉丈夫、アルナブから聞かされていた。
「・・・という訳で、この計画のキモは先生ことマウイの力に掛かってる、という事だね。ここまでで何か質問はあるかい?」
「あるというか・・・。本気なの?あの巨人―――『泥艮』を釣り上げる、だなんて」
その計画の驚くべき内容に、一同は揃って驚愕の声を上げる。
いたって単純ではあるが、問題なのはその内容。
英霊マウイの持つ魔法の釣竿を用いて、『泥艮』を陸の上まで引きずり出し、叩く。
そんなバカげた作戦が、【学園】最後の切り札なのであった。
まるでおとぎ話か法螺話のような内容であるが、そのキーとなる人物は、南太平洋に広くその名を轟かせる偉大なる英霊、マウイその人である。
「まっかせてよ!島よりでかくなけりゃ何だって釣り上げて見せるさ!」
「だってさ」
「えぇ・・・?」
団子っ鼻を人差し指でこすりながら、ニシシと笑って見せる少年。
その屈託のない様子に、ベリーショートの金髪少女は思わず怪訝な表情を浮かべる。
しかし反対しようにも、対案を出せる者はこの場にはおらず、一見無茶なその作戦は決行に踏み切られるのだった―――
・ ◇ □ ◆ ・
―――そして、再び現在。
振り下ろされた竿の先端より、きらりと煌めく釣り針が空の彼方へ向かって飛ぶ。
その軌道はゆるやかに上昇した後、落ちる事無くどこまでも遠く、遠くへと伸び続けている。
既にそれは視界から外れ、遥か地平線の向こうに届かんという距離にまで到達していた。
無論―――その端に括られた釣り糸も一緒に、である。
完全に物理法則を無視した、ありえない挙動であった。
始めは半信半疑で様子を見ていた者達も、今では一様に、唖然とした表情で空を見上げている。
―――やがて、どこまでも続くと思われたその時間も、終わりを迎える刻が訪れた。
重力を無視して飛び続けていた釣り針は、次第にその高度を下げると、ある一点目掛け落下を始める。
その先―――巨大な怪物の脚の上へぽとりと落ちると、鋭利な針先はその分厚い皮膚にがっしと喰いこんだ。
『ム・・・?』
「あらぁん、どうかしたのかしら、ベイビーちゃん?」
『イヤ、一瞬何カガ―――』
ほんの一瞬、ちくりと微かな痛みを覚えた巨人は、違和感に周囲を見回し始める。
息子の異変に玄華は声を上げるが、この時二人は結局、違和感の正体に気付くことができなかった。
自らも肩の上から異変の正体を探すが、結局見つからず、顔を見合わせる親子。
しかし―――時すでに遅し。
「よーし、それじゃあ・・・フィーーーーッシュ!!!!!」
『ヌ・・・オオオオオッ!!?』
「ベ、ベイビーちゃん!?」
ぺろりと唇を舐めると、愛用の釣り竿を握りしめるマウイ。
勢いよくアワセたその瞬間、得体の知れぬ力により姿勢を崩され、巨人は勢いよく水しぶきを上げ、どうと後ろ向きに倒れる。
轟音と、周囲に降り注ぐ飛沫の中。
巨体へ必死にしがみ付きながら、コート姿の人物は短く悲鳴を上げた。
―――そして、一方。
【学園】側本拠地。
こちらでもまた、めまぐるしく状況は動きつつあった。
「乗った!・・・それじゃあオイラはここで見てるから、後、よろしく!」
「うんうん。そういう訳だから君達、頑張ろうか!はい、これ、持って」
「えっ。・・・えっ?」
「やったろうじゃない!女は度胸ぉ・・・おおおおもいいいいい!!?」
フッキングを確認した褐色の少年から、はい、と手渡された釣り竿を受け取るフード姿の人物。
見た目軽そうなそれを握りしめた途端、凄まじい重量が手元に掛かり、危く取り落としそうになる。
慌てて周囲の者達が手を伸ばし、辛うじて彼等の生命線は保たれた。
しかし―――まだまだ戦いは始まったばかりであった。
「よーし、それじゃそのままよく聞いて!竿は握ってれば勝手に糸が縮むから、手を離しさえしなきゃ勝手に釣り上げられるよ!でも、この魔法は獲物を見ると解けちゃうから、絶対に海の方を見ないように踏ん張るんだ!」
「り、陸の方を向いてればいいんですか・・・!?」
「ちょっと男子!アンタ達も手伝いなさいよ!?」
「こ・・・これは男らしさを見せるチャンス到来でござるか!?」
「日頃鍛えた筋肉でイイ所、見せるのである・・・!!」
女3人、文字通り姦しく竿を握って踏ん張り始めたところで、叱責に追い立てられるように男性陣もそれに加わる。
せーの、どっこいしょと掛け声を合わせながら引き絞られる糸の向こう側では、更に引力を増した得体の知れぬ力に、仰向けのまま巨人はなおも抗っていた。
しかし力及ばず、右脚を始点に陸へ向かってぐいぐいと引っ張り上げられてゆく。
轍のように引き波を残し、『泥艮』の巨体は凄まじいスピードで陸地へと移動を開始するのであった―――
今週はここまで。
今回から作中の表記を一部変更しています。




