∥005-96 集団戦・第二十六幕
#前回のあらすじ:国会議事堂の中には・・・!?
[アルナブ視点]
「―――やぁ、若人諸君!!よくぞ集まってくれたね!」
よく通る声が、屋上に響き渡る。
青年の前には、10名足らずの少年少女達が横一列にずらりと並んでいた。
年齢や背格好、性別、国籍に至るまで、彼等には何一つとして共通するところが無いように見える。
しかし唯一つ。
この時、この状況に至るまで、この戦場で生き残り続けたという一点のみが、彼等に共通していた。
そんな彼等を取り囲むように、その数倍もの群衆が周囲より、恐怖と期待を込めた視線を向けている。
その表情には一様に疲労が浮かび、同時に何かを待ちわびるような微かな光を瞳に宿らせていた。
更にその後ろには、木石混じりの泥の大地がサーチライトによって照らし出され、照明が届くその向こうにまで広がっている。
それらは全て『泥艮』の一撃によって沖から運ばれ、また引き波によって馴らされ、取り残された残骸達であった。
柔らかな砂と泥、あるいは一抱え程もある幹を中程からへし折られた大木、果ては小型トラック程もあろうかという石塊に至るまで。
濁流のすさまじいエネルギーを物語る証拠品の数々が、見下ろす景色いっぱいに広がっている。
それをちらりと横目で見やると、青年は再び少年少女達へと視線を戻した。
「―――きみたちを呼び出した当の本人は今、用事で動けないらしいからね。俺はその代理という訳だ。まあ、そう緊張せずに、楽にしてくれ」
「それはいいんだけど、その。アルナブさん―――」
「呼び捨てでいいよ!・・・若しくは親愛を込めて、『お兄さん』でも結構さ!」
「・・・じゃあアルナブ。その。アンタ何で―――服、着てないのよ?」
白い歯をみせながらの発言の後半部分は聞かなかったことにして、ベリーショートの少女はためらいがちに口を開いた。
その視線は、極力青年の姿を視界に収めないように横へと向けられている。
しかし、一瞬ちらりとその姿を盗み見ると、慌ててぐりんと擬音が付きそうな勢いでそっぽを向いてしまった。
少女の白い頬は傍目にはっきりわかる程に、朱色に染まっている。
その様子に一瞬、不思議そうな表情をうかべると、青年はああ、と裸の膝を叩いてから破顔して見せた。
そう―――青年は、衣服にあたるものを身に着けていなかった。
一切、下着に至るまで一枚残らず。
つまり、全裸であった。
よく日に焼け、がっしりと鍛え上げられた筋肉質な肉体が、惜しげも無く外気に晒されている。
周囲の視線はその見事なバルクと、腰の下でぶらぶらと風に揺れるものをガン見していた。
「それを語ると少々長くなるんだが、ね。―――俺の生まれはバラモン、今でいう僧侶の家系でね。その道を生きるにあたり、己に何か一つ苦行を課すことが定められていたのさ」
「つまり、宗教上の理由、ってコト・・・?」
「そう。『その身に一切の衣を纏わないこと』、それが己自身に課した苦行という訳さ。身を灼くような日差しにも、凍えるような極寒の風にも、その一切を己の身一つを以て立ち向かい、生涯を過ごす。これはそういう修行なんだよ」
「それは―――」
青年の語る内容に、耳を傾ける人々は思わず絶句する。
―――衣服とは、毛皮を持たぬヒトが発明した、己の身を守る為の鎧である。
熱帯から寒帯に至るまで、地球のいたる所に分布する人類が生活できているのは、ひとえに快適な住居と体温を保つ衣服があってこそだ。
その片方を取り払い、そのまま長い年月を過ごすというのは生命活動を保つだけでも、相当な困難を伴う行為の筈だ。
彼の祖国であるインドは温暖な地域ではあるが、日照りや乾燥による悪影響は、ともすれば生命を奪いかねない危険を孕む。
それを、一生。
その想像を絶する困難に、質問を発した少女もまた息を飲み、言葉を失う。
一方、当の本人はからりとした笑顔を浮かべると、再び口を開くのだった。
「なあに、そう気にすることは無いさ。あくま俺という一個人がそういう生き方を選んだだけのこと。・・・それにね、修行の日々を過ごすうちに良い事にも気付けたんだ」
「そ、それは・・・?」
「生まれたままの姿を見られるのって。すごく興奮するんだなぁ・・・。って」
「・・・やっぱり変態なんじゃねーか!!!!!」
「はっはっはっはっはっは」
うっとりと恍惚とした表情で呟く青年に、思い切りドン引きした表情で怒鳴りつける少女。
変態が変態である事実を自白したところで、話題は次へと進む。
ひとしきりからからと笑い声を立てた後、アルカイックな笑みを浮かべたまま全裸の変態はこう続けるのであった。
「・・・と、まあ。場の空気も綻んだところで本題へ入ろうか。色々あったが辛くも生き残った俺達だが、このままじゃあ埒が明かない。ここらで一つ、乾坤一擲の策を以て戦局をひっくり返す必要がある訳だ。だが幸いなことに、ことづてを預かったあの若者にはそれがあるようでね、俺達はその準備に駆り出されたという訳さ」
「さ、策、ですか・・・?それは一体―――?」
「それはまだ秘密さ、おさげ髪のお嬢さん。ただ、それを使おうにも、『敵』が陣地に引きこもったままだと都合が悪いらしいんだ。それをどうにかしようというのが、俺達の役割という訳だね」
「という訳で、とは言うけどさ―――」
朗らかに語る青年の視線は、水平線の彼方に黒雲のようにわだかまる巨大な影―――
『泥艮』を見据えていた。
あれが次に動けば、この場所も無事では済まされないだろう。
四方から迫る濁流を防いだ防壁も、今となっては失われている。
守りの要となる白髪の少年も、未だ力を使い果たし眠りに就いたまま。
状況はまさに絶体絶命の一言だ。
それを覆す秘策がある、という青年の言に、訝し気に首を傾げつつフード姿の女性(?)は疑問の声を上げた。
「あんなの一体、どうする気なのよ?」
「はっはっは。尤もな疑問だね、逞しき毛並みのお嬢さん。普通なら無理にも程がある話だが、幸い、此処には頼れる仲間が沢山居る。餅は餅屋、と昔から言われるように、各々が得意とする分野で力を尽くせば、どうにかならない事態なんてそうそうありはしないのさ」
「はあ―――」
当然の疑問を問うたフード姿の人物に対し、鷹揚に笑って見せる全裸の変態。
皆が訝し気な表情を浮かべる一方、青年はぱちりとウインクをすると、日に焼けた手を屋上の一角へ向け、再び口を開くのだった。
「という訳で、この場は『島釣りの英雄』にお任せするとしましょうか。―――先生!出番ですよ!!」
「んん・・・?ふぁ~~~~~~・・・」
青年が示した先には、天井の上に寝転がっていびきを立てる、一人の若者の姿があった。
年は十代後半、浅黒い肌は程よく引き締まっており、見る者に活発そうな印象を与える。
その上半身には、夜空に浮かぶ月と波間に浮かぶ島々を象った、見事なタトゥーが彫り込まれていた。
恐る恐る様子を伺う聴衆の前で、うーんと伸びをした少年はぱちりと目を開くと、勢いよくがばりと起き上がった。
「あ~~~~よく寝た!・・・あ、ようやくオイラの出番?待ちくたびれちゃったよ」
「だ、誰ですか―――?」
「オイラかい?オイラはマウイさ」
「マウイ・・・?」「今、確かにそう―――」「それって、あの『英霊マウイ』・・・」
唐突にスポットが当たった先で、少年は眠たげな眼を擦りながらぼんやりと佇んでいる。
彼自ら口にしたその名に、周囲で事の推移を見守っていた群衆からぽつりぽつりと、どよめきが広がった。
その姿は、開戦当初の様子を密かに覗き見していた奇怪な老人、真調が目撃し、一際警戒を露にした若者の姿と同じ。
若者達に混じる、『警戒すべき強者』として名指しされたその人が、今、目の前に佇んでいた。
そんな事は露知らず、当の少年はもう一度伸びをすると、人目はばからずに大きな欠伸をするのだった―――
今週はここまで。




