∥001-22 とある異次元実体の吐露
#前回のあらすじ:今だけは、背中を預けてあげましてよ!
[???視点]
―――『彼』は苛立っていた。
見上げるような巨体、鈍色に輝く銀のボディ、膨れ上がった人型の四肢と頭部。
上位種である『彼』が手ずから造り上げた、精気収集用のボディだ。
その能力は原生生物どものそれを遥かに凌駕し、気まぐれに振るわれる暴力を前に、何者も抗う事は出来ない。
―――その、筈であった。
事のきっかけは、ほんの些細な出来事だった。
満目荒涼たる不毛の地―――【彼方】。
恵みの乏しいこの世界において発生した生命は、自然と他者から奪い、時として共食いを繰り返す生態を獲得していた。
齢を重ね、存在を拡大させた個体は他を圧倒し、若く弱い個体を気まぐれに踏みつぶし、その血肉を喰らうようになる。
一方、強者の影に怯える弱者たちは糧を得る手段を求め、しばしば『下』の世界へと進出していた。
【彼方】の構成要素たる、霧状の粒子。
次元を超え、情報を保持する性質を持つそれを他の次元世界へと送り込み、獲物となる存在を探すのだ。
そうした幼生体達のふるまいを遠巻きに眺めつつ、『彼』は怠惰な日々を送っていた。
そんなある時のことだ。
『彼』は気まぐれに、幼生体達が行う『狩り』を覗き見していた。
時空間連続体に連なる無数の世界には、多種多様な生命体が存在する。
岩の身体を持つ強壮なる種族、生ける火、星間宇宙を何億年もの時を掛けて旅するエーテル生命体。
その中でも、近頃とみに幼生体がちょっかいを掛けているのが、脆弱な外皮を纏った棒状の部位と、体節を持つ生命。
―――ヒト、と呼ばれる種族であった。
彼奴等が目を付けられた理由は単純。
のろまで、楽に豊富なエネルギーを得られるからだ。
ヒトが属する世界は、【彼方】と位相が大きく異なる。
故にまず、此方側の構成要素を注入し、【彼方】と『ヒトの世界』の中間に属する狩場を生成する。
生成された狩場は上位次元の要素で満たされ、故にその中では、下位次元の生命体は時間の流れを認識できない。
その場において、ヒトは抵抗の術を一切持たないのだ。
どれだけ喰い散らかそうが、狩りの終焉まで時計の針は一つとして動く事は無く。
結果、全てが終わった痕には生命力を吸われ終えた、残骸のみが残される訳だ。
だが―――その時は違った。
狩りへ向かった幼生体からの緊急信号。
『彼』がそのサインに気付いたのは、ほんの偶然であった。
時空の壁を越え届けられたそれを前に、『彼』は気まぐれに狩場へと己の構成要素を送り込んだ。
外世界への侵攻において、【彼方】の生命達は直接、下界の地を踏むことは無い。
情報を保持する性質を持つ高次元粒子を通じ自らの写し身を生成し、狩場へと送り込むのだ。
写し身と共有された感覚を通し、『彼』は幾万年ぶりに地球の地へと降り立ち―――信じられないものを見た。
餌が動いていた。
それどころか、幼生体を追い散らかし、あと一歩で全滅という所にまで追いつめていた。
ありえない。
『彼』は驚愕した。
周囲に残る同族の残骸より、素早く情報収集を行う。
結果、それが霊的な進化を遂げたヒトの【覚醒】個体であることを理解した。
ごく稀なことだが、突如として属する世界のくびきを越え、活動を始める。
そういう、例外的な存在が発生することがあるのだ。
ならば、どうするのか?
―――簡単だ。
潰してしまえばよい。
・ ◇ □ ◆ ・
―――『彼』は苛立っていた。
はじまりは、幼生体から届いた緊急信号だった。
気まぐれにおもむいた先には、『敵』が待ち構えていた。
『敵』―――そう、『敵』だ。
のろまで、脆弱で、飢餓感を満たす以外に用途の無い。
そんなヒトという種にあって、ありうべからざる程に。
眼前で飛び回る彼等は―――『敵』であった。
攻撃が当たらない。
そのくせ矮小な体躯から放たれる攻撃の一つ一つは、しっかりと『彼』に痛痒を与えてくる。
少しずつではあるが、この世界における存在要素を削り取られている。
今はまだ問題無いが、このまま続けば存在を保つ事すら困難となるであろう。
餌が詰まった函を狙おうにも、その周囲は頑丈な殻で覆われており幼生体の攻撃では手も足も出ない。
更にその外側にも、幾重にも薄っぺらな板切れが取り巻いており、砕いても砕いても再生されてしまう。
不快にも程がある。
溜まりに溜まったうっぷんを晴らすべく、手勢を招いてけし掛けてみた―――が。
そのことごとくを弾かれ、いなされ、結果耐えきられてしまった。
―――不愉快だ。
最初に送り込んだ写し身も、形状を保てぬ程に損壊され、一度、構成要素を纏めて送り込み直さねばならなくなった。
お陰でイレギュラー共の意表を突けたようだが、函を潰すチャンスを得られても、貧弱な泡に弾かれ機会を逸してしまった。
不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。不愉快だ。
だが―――気付いた。
函の中に居座るイレギュラーの一方。
他の個体と比べ気配が弱い。
おそらくだが、こいつだけ『成りたて』なのだろう。
認めよう、『彼』は負ける。
だが―――
ただで負けてやる義理など無い。
この溜まりに溜まった不快感を晴らすには、丁度いい獲物がいるではないか―――
※2023/12/11 文章改定




