∥005-93 集団戦・第二十三幕
#前回のあらすじ:攻撃の余波だけで拠点がヤバい
[Arnav視点]
「お前達気張れ!ここを抜かれたらもう後がないぞ!!!」
「ぐぅ・・・ッ、あああああ!!」
轟音が響く中、十数名からなる『壁』役が国会議事堂の屋上に立ち並んでいる。
彼等の目の前には明滅する半透明の障壁と、その向こう側で荒れ狂う濁流があった。
―――ここ、現・本拠地の東側では今、『泥艮』による攻撃の余波を防ぐ為の、『もう一つの戦い』が繰り広げられていた。
先刻。
光のヴェールによって防がれた超圧縮された水弾は、圧縮から解放されると同時に本来の濁流へと姿を取り戻し、本拠地周囲へと解き放たれていた。
建物正面側は光のヴェールによって遮られ無事だったものの、ヴェールに覆われていない両側面、そして後背には大洪水と見紛うばかりの激流が押し寄せていた。
建物の屋上をも越えて、生存者へと襲い掛かろうとする大波から身を守るべく、今、屋上に居る【学園】側勢力の中から、防御系の異能を持つ者が急遽、この場へとかき集められられていたのだ。
(なんて重圧だ・・・!目がかすむ、今にも、意識が飛びそうだ・・・)
「おい、しっかりしろ!負けるな・・・!俺達よりも、もっと絶望的な状況で頑張ってる奴も居るんだぞ・・・!!」
「裏側のアイツは・・・」
「凄い、一人でこの重さを支えてるってのか・・・」
急造の防壁部隊は刻一刻と、精神力と【神力】を削られつつ、倒れそうになりながらも懸命に激流をせき止め続ける。
その一方。
建物の裏側―――海とは逆方向の面では、たった一人、とある人物が『壁』となって押し寄せる波を止めていた。
―――浅黒い肌に、鍛え上げられた肉体。
アーリア民族特有の彫りが深い美貌に、穏やかな笑顔を湛えた、男性。
そして―――彼はその身に、一切の衣服を身に着けていなかった。
その後ろ姿を見つめる若者たちの心の声が、綺麗に一致する。
(何て凄い男だ・・・全裸なのに)
彼の名はArnav。
生前はヨガの行者として、その生涯を苦行と善行に捧げた男である。
水神ヴァルナを奉じ、過酷な修行の末異能の力に目覚めた彼は、死後、ヘレンの呼びかけに応えて【イデア学園】の一員となった。
その性質は鷹揚にて朗らか、【学園】においては力なき民の支援者を標榜し、自ら先に立って施し、彼等の生活の場を築いてきた。
【彼方よりのもの】との戦闘が推奨される【学園】において、戦いに向かない者にとっては救いの神とも言える存在である。
そして今。
荒れ狂う濁流を前にして、彼は結跏趺坐の姿勢のままに瞑目していた。
ちっぽけな男の身体など、枯れ葉のように吹き飛ばしてしまいそうな荒波は、しかし、その手前でぴたりと凍り付いたかのように動きを止める。
若者達が決死の覚悟で押しとどめている東側と比べ、倍以上の面積をたった一人で、しかも汗一つ流さずにArnavはカバーし切っていた。
その事実はそのまま両者の、慄然たる力の差を明確に表していた。
(子供達はこのままでも、何とか持ちそうだねえ。後数分、堪えきればこの波も収まってくれそうだ。でも、西側は―――)
瞑目していた瞳をうっすらと開き、ちらりと男は自らの右手側へと視線を送る。
その先、建物の西側でも同様にして、若者達による決死の防壁が作動している筈だった。
しかし―――
建物の西側、かつての左翼防衛ラインのあった辺りからは、『泥艮』の攻撃が到達した時点で未だ、避難中の人の列が途切れる事無く続いていた。
『白き死神』達によって封鎖され、早々に敵が引き上げた右翼側と違い、最後まで『深泥族』侵攻部隊との戦闘が繰り広げられたからだ。
西側を担当する防壁部隊は波が到達する直前、ギリギリまで避難民の受け入れを続けるか、それとも防壁を締め切り、登ってこようとする彼等を見捨てるかの二択を迫られていた。
そして―――現在。
建物の屋上西側へと集結した若者達は、驚愕に眼を見開きながらその光景に見入っていた。
渦を巻き、地を這う虫けらどもを飲み込まんと荒れ狂う濁流。
それを地面から生えた木造の壁が幾重にも重なり、ぎしぎしと軋みを上げながら受け止めている。
その前には一人の、目も覚めるような群青色のチャイナドレスを身に纏った麗人が立っていた。
果たしてこの場で何が起きたのか、事の次第は数分前へと遡る―――
今週はここまで。




