∥005-91 集団戦・第二十一幕
#前回のあらすじ:坂道できた!
[避難民視点]
―――地上と、国会議事堂めいた建物の屋上とを繋ぐスロープが完成してより、1分足らず。
【イデア学園】本拠地前には今や、黒山の人だかりが出来上がっていた。
周囲に目を走らせれば入ってくる、おびただしい数の人、人、人。
これらは全て、スロープの端で順番待ちをする避難民達であった。
彼等は皆、左右防衛ラインと本拠地付近に待機していた【学園】側人員である。
自陣に攻め入った『深泥族』を辛くも撃退した後、水平線の彼方より迫る巨大な水壁を目にした若者達は、一目散にこの地を目指したのだ。
当然―――渋滞が起こる。
見渡す限り、背の低い草むらと砂しかないこの辺りに、水害から逃れられそうな高台などここしか無いからだ。
「まだ進まないのか!?」「お、押すなって!」
「こんな所でチンタラやってる場合じゃないってのに・・・!」
灰白色の坂道をゆっくり登る人の列を前に、苛立った様子の群衆がじりじりと列がはけるのを見守る。
今の所均衡が保たれてはいるが、我先にと列を無視する者が増え始めれば、パニックに至るのも時間の問題だった。
そんな彼等の耳に、地鳴りのように低く重い音が届く。
顔を上げ、不安そうに視線をさ迷わせる人々。
その背後で、列へ合流しようと海岸線を移動する集団の一つが立ち止まり、呆然と海の彼方を指差した。
「あれは―――!?」
「海が、空を覆い隠して・・・」
―――音の正体は、真っ黒な海の向こうから来ていた。
戦場を照らすべく、国会議事堂の上から照射されたサーチライト。
その光は現在、海神の『攻撃』を防ぐべく展開された、巨大な半円状のフィールドによって遮られている。
今や青い月の光と、星の煌めきだけが僅かに海の彼方を照らしていた。
そんな乏しい視界の中、輪郭だけとなった海の端は高く、不気味に盛り上がり続けている。
進むにつれ、星明りをかき消してゆくそれは、まるで天をも呑み尽くさんとしているかのようであった。
一方。
国会議事堂めいた建造物の前には、叶少年が再構成した防御フィールドが張り巡らされていた。
『静寂の帳』―――空間を固定することにより、物理的な影響をシャットアウトする光の幕。
その強度は、戦端が開かれた直後、『深泥族』による大波をびくともせず受け止めた事からも確かである。
それが今や一点集中、雨傘のように海に向かって半円状に展開することで、更に強度を増している。
順当に行けば、今度も問題なく防ぎきれる―――筈。
その筈―――だった。
「光のヴェールと黒い塊が、ぶつかる―――!?」
「間に合わない・・・。まだ、避難している人だって居るのに!」
『―――オオオォオオオオオオ!!!』
ずずん、と。
未だかつて耳にしたことも無いような、重く、不気味な響きが大地を揺るがす。
避難の完了を待たずして、途方も無い質量の塊と光壁は接触を果たしていた。
―――と、同時に水平線の彼方より、海神の咆哮が上がる。
それまで、ただゆっくりと陸地を目指していた水塊。
しかしそれは、途端に生命を吹き込まれたかのごとく、目まぐるしく形状を変え始めた。
渦を巻き、引き絞るように、小さく、小さく、小さく―――
「黒い塊が・・・小さくなった!?」
「何だ・・・この音は」
「見ろ!光のヴェールの色が変わって―――」
周辺海域から集めたありったけの海水を、更に凝集、超高圧化し一点にぶつける。
怪物が取ったのは、至ってシンプルな戦法であった。
インパクトの瞬間に収束し、途方も無い圧力となった水弾の一撃は『静寂の帳』と接触し、せめぎ合いを始める。
ぎちぎちと、何かが捻れてゆくような音と共に、ゆっくりと光の帳は純白から、赤みを帯びた色へと変じつつあった。
―――空間そのものを固定する事により、無敵の盾と化す『静寂の帳』。
しかしそれも、空間を歪ませる程の超エネルギーの前には意味を為さない。
新雪のような純白のヴェールは、今や悲鳴のような音と共に赤く染まりきっていた。
もはや、破られるのも時間の問題。
―――誰もがそう思ったその時、誰かが視界の端に、黄金の煌めきを見た。
何処からともなく飛来した一本の槍が、漆黒の水弾へと吸い込まれる。
次の瞬間、雷鳴のような轟音と共に、それは弾け飛んでいた。
加重から解放され、崩壊の危機から脱する光のヴェール。
一方、凝集していた膨大な量の海水は一挙に元の体積へと戻り、渦巻く濁流となって周辺一帯へと拡散を始める。
その先には、未だ国会議事堂を目指し、避難を続ける人々の列が続いていた―――
今週はここまで。




