∥005-90 集団戦・第二十幕
#前回のあらすじ:乗るしかない、このビッグウェーブ(天変地異クラス)に・・・!
[【学園】合同船団視点]
「潮位が下がって・・・ざ、座礁します!」
「全員!何かに掴まれェーーーッ!!!」
「「「う・・・わあああぁぁあ!?」」」
船員の誰かが叫んだ直後、木造船の船体を激しい衝撃が襲う。
忠告通り、マストやロープにしがみつき、必死に耐える船員達。
立っていられない程の衝撃に、辛くも転倒しただけで済んだ者も、悲鳴を上げながら真っ暗な海へと、あえなく落下した者も居た。
こうした光景はこの一隻だけではなく、【学園】側勢力の有する軍艦の全てで、同時に発生していた。
唐突にあたり一帯の潮位が下がり、航行中の船底と海底が接触した結果、大半の軍艦が座礁する事態に陥ったのだ。
この海域はいくらか遠浅とは言え、岸から数百mは離れたこの場においては、明かな異常事態だった。
甲板から放り出されかけ、辛くも外周に張られていたロープを掴んで難を逃れた船員の一人は、荒い息を付きつつ足元に広がる海へと目を向ける。
その足元には、白い砂底とまばらに生い茂る藻場がはっきりと見えていた。
海底まで水深1mにも満たないだろう、ほんのつい先程までは、こんな状況では無かった筈だ。
全てはあの怪神―――『泥艮』が動きを見せた時からだ。
ロープにしがみ付きつつ、遠くに見える小山のような巨体へと目を向ける。
その時、名も無き船員は己の視界に映った『モノ』に、呆然と呟きを漏らしていた。
「なんてこった、神よ・・・」
―――それは、『泥艮』の巨体よりもなお高く。
夜空を覆いつくす勢いで広がり、こちらへ覆いかぶさろうとしていた。
海神の権能により操られ、全体が意思を持ったようにうねり、突き進むもの。
それは途方もない量の、海水の塊であった。
「に、逃げ・・・」
「無理だ、あんなの助かりっこない・・・」
「「「う・・・うわぁあああああ!!?」」」
慌てて逃げ出そうとする者、一縷の望みを掛けて船にしがみ付く者、膝を突き絶望の呻きを上げる者。
三者三様の様相を見せる若者達は、ほぼ同時に濁流に呑み込まれ、菫色の粒子となって砕け散るのであった―――
・ ◇ ■ ◆ ・
[マル視点]
ぞわり。
遠目に見えていた船団が黒い山のようなものに呑まれて―――消えた。
その様子を見つめていたぼくの背筋に、冷たいものが通り過ぎる。
『伏龍の盤』に表示されていた味方側の光点は、『それ』の通過ルートを示すように、次々と消失していた。
それは明らかに、敵による新手の攻撃だった。
遠目からは把握しづらいが、味方が巻き込まれるペースから見るに、その速度は相当のものであろう。
―――程無くして、ここにまでまで到達することは想像に難くない。
もはや、一刻の猶予も無かった。
「―――叶くん!さっきの障壁、もう一度陣地の前に張れる!?」
「えっ?・・・で、出来ます、けど。『桟橋』の維持コストがあるから、そこまで大規模なのは―――」
急に顔を上げ、声を張り上げたぼくに、ぱちくり、と紅い瞳が瞬きを返す。
藪から棒な質問に戸惑いつつも、ちらりと水平線の彼方を見つめ思案を始める叶くん。
その先には、夜の海を分かつようにして真っすぐ伸びる、幻想的な光のビロードが続いていた。
現在、【学園】側の前線戦力はその大半が、あの上に陣取っている。
全長1km程もある光の桟橋は、前線戦力にとっての土台であり、生命線そのものだ。
それを維持しつつ、各地との連携をも同時に可能とする。
彼の能力は正しく、凄まじいの一言に尽きる。
だけど―――
「容量の問題があるんだね?それなら一旦消して、張りなおそう。そうすれば十分に、敵の攻撃を受け止められるハズだよ」
「でっ・・・でも!それじゃ、あそこに居る人達が―――」
「・・・諦めよう」
「そんな!」
無情なその一言に、悲鳴のような声が上がる。
急に言い争いを始めたぼくらに、周囲から戸惑うような視線が集まり出した。
・・・ぼくだって、好きでこんな事言ってるワケじゃない。
視界の端に映る不安げな顔をあえて意識の外に追い出すと、ぼくは努めて平静を保ちつつ、ぽつりと呟いた。
「・・・それに、もう手遅れだよ」
「あっ・・・?」
「騎士団の、光点が―――!」
盤上を注視していたメンバーから、小さな悲鳴が上がる。
ぼくたちの目の前で、『フィアナ騎士団』と『Wild tails』を示す光点が―――
消えた。
味方側の最大戦力でもある彼等が、何の抵抗も出来ず、敗北。
その事実を理解すると同時に、その場に居並ぶ面々の顔から一気に余裕の色が消えた。
しんと静まり返ったその場に、ぼくの声だけが冷たく響く。
「―――決断しよう。それも、今すぐに。選択肢は二つに一つ、全てを救おうとして全部取りこぼすか、ぼくらの全力を合わせて『あれ』を防ぎきるか」
もう一度、水平線の彼方へ視線を向ける。
黒く、全ての光を吸い込むかのような球体は、なおもそこにあった。
―――先程より、大きくなっている。
近づいているのだ。
『泥艮』の巨体を覆い隠し、着実にこちらへ迫りつつあるものを睨みつけ、ぼくは質問を重ねた。
「きみは―――どうしたい?」
「・・・ぼ、ボクは―――」
がっしと華奢な両肩を掴み、酷とも思える二者択一を迫る。
至近距離から見つめ返す真紅の瞳は、内心の迷いを表すようにゆらゆらと揺れていた。
元来、気弱で内向的な気性の彼には難しい決断かも知れない。
だが、今ここでモタモタしていると、後に待っているのは恐らく全滅という結果のみだ。
ぼくは少し思案すると、心優しい友人を覗き込むようにして一言、ぽつりと呟いた。
「・・・こんな時、きみのお姉さんならどうするの?」
「―――!!」
びくり、と掌を乗せた肩が跳ね上がる。
あえて引き合いに出したが、叶くんにとって彼女―――明さんは絶対に、無視できない名前の筈だ。
今、その姿は見えないが、彼女もまた聞いた話では、この場に来ている筈だった。
―――案外、近くからぼくらの様子を覗き見しているのかも知れない。
たった一人の肉親であり、ほとんど崇拝の対象でもあるお姉さん。
ぼくは以前、そんな彼女に恥じない自分でありたいと漏らす、彼の姿を目撃した事があったのだ。
今、この場の趨勢は一人の少年の小さな肩に掛かっている。
ほんの数時間前、この場に来るまでは、こんな展開になるとは予想すらしていなかった。
でも今は、彼の可能性に掛けるしかない。
内心の焦りをポーカーフェイスで必死に覆いつつ、ぼくは友人の顔をもう一度覗き込む。
―――逡巡する心につられ、それまで揺れていた紅い瞳が、ぴたりと静まっていた。
「『静寂の帳』を―――張りなおします。もうこれ以上、誰も傷つけさせたく・・・ありません!」
「よく言った!」
「わ、わわっ!?」
えらい!とばかりに強めに肩を叩くぼくに、再び目をぱちくりさせる叶くん。
どうやら、最初の関門はクリアできたようだ。
そうとなれば、話は早い。
赤目の少年と無言で頷き合うと、彼から一旦、視線を外す。
背後でてきぱきと行動を開始した彼を背に、ぼくはその場に居並ぶ面々へと向き直った。
随分と心配を掛けたのか、彼等の表情には戸惑いと焦りが色濃く浮かんでいる。
それを見渡すと、ぼくは努めて明るく声を張り上げるのだった。
「―――さあ!ここからは一分一秒も惜しいですからね、時間が無いですよ!!素早く決断して、行動していきましょう。さしあたって・・・何をしたらいいと思うかな?皆の意見も聞かせてよ!」
「・・・えっ?」
「何をしたら、って・・・。そんな、急に言われても、ねえ?」
唐突に水を向けられ、揃って困惑顔の面々。
叶くんに掛けたとは言え、彼一人にばかり頑張らせる訳にも行かない訳で。
ぼく含め、残る我々にも出来る事を出来る限り頑張る必要がある。
ここは全員野球、『チームイデア学園』でもって、難局を切り抜けるべき場面だ。
さしあたって、敵の攻撃を受け止める大役は既に配役済みなので、今は裏方として舞台を整えるスタッフが必要だ。
即席のスカウントマンとなったぼくは満面の笑みを浮かべ、質問を投げかける。
「えっ・・・と。確認だけれど、水が来るのよね?それも、さっきのよりもずっと沢山」
「恐らくは」
一人の少女がおずおずと手を上げ、口を開く。
それに端的に答えると、皆はあからさまに当惑の表情を浮かべた。
彼等の脳裏にあるのは、戦闘開始直後に陸地側を襲った、あの大波だろう。
しかも今度は、それすらも遥かに超える、天変地異クラスの可能性すらある。
「ひょっとすると大したことないかもだけれど、ひょっとすると全滅するかも知れない。答えが出るまであと数分も無いと思うから、それまでに出来る事を考えとかないと、ね」
「なら―――高台に避難する、っていうのはどう?」
「・・・いいね!それ、採用!!」
ナイスなアイディアを提供してくれた彼女にOKサインを送る。
高潮被害に高所への避難は、基本中の基本だ。
そんなやりとりを戸惑い半分に眺めていた周囲からも、ぽつりぽつりと一足遅れに意見が集まり始める。
「オレ達にも何か出来ないか?例えば、あの波を防ぐのを手伝う、とか・・・」
「生半可な障壁じゃ、かえって邪魔にならない?」
「そうか・・・、そうだよな・・・」
「一口に高い所と言ってもさ、そんなの一体何処にあるってんだよ?」
「あるじゃない、そこに。やたら目立つ謎の建築物が」
「・・・ああ!国会議事堂!」
率先して焚きつけた甲斐もあってか、ようやく本拠地にて活発な意見交換の場が開催された。
その場の全員による、忌憚のない意見が飛び交い始める。
ぼくはじっとそれに聞き入りつつ、頭の中で一つにまとめ上げていった。
皆をゆっくり見渡しつつ、もう一度口を開く。
「―――つまるところ。
・防衛は叶くんに任せる
・ぼくたちは皆で国会議事堂の上に避難する
・・・と、まずはそんなカンジでいいのかな?」
「「「うんうん」」」
「ぱっと見2,30mはあると思うし。上に登れれば・・・。登れ―――?」
議論に参加していたうちの一人が、石造りの建物を見上げて嘆息する。
灰色の建造物は、よじ登るにはあまりに―――高かった。
「・・・これ、どうやって登るんだ?」
「「「・・・それなー・・・」」」
がっしりとして大波にもビクともしなさそうではあるが、その外壁はほぼ垂直で、取っ掛かりも多くは無い。
フリークライミングの達人ならともかく、運動の苦手なメンバーも居るぼくらでは難儀しそうだ。
新たに立ち塞がった難題に、ぼくらは揃って首を傾げる。
「波の直撃は防げても増水はするだろうし・・・。あの高さなら、水が引くまでの避難先として丁度いいんだよなぁ」
「かもね。昇降手段については、うーん・・・」
「何か、ないかな―――?」
国会議事堂めいた建築物を前に、わいのわいのと議論を始めるぼくら。
壁をぺたぺたと触ってみたり、助走を付けてよじ登れないか試したり。
十人十色の動きを見せる若者達の上に、唐突に、よく通る声が振ってきた。
「―――話は聞かせてもらった!!」
「「「!?」」」
その場の全員がぎょっとして振り返る。
視線の先にはメガホン片手に国会議事堂の上に立つ、短髪の青年の姿があった。
よく見知ったその顔に、ぼくは思わず小さく叫びを上げる。
「・・・犬養総理!?」
「まだ総理ではないよ。いずれ、とは思っているが、ね。―――それはともかく、いいアイディアだ。これよりここを、臨時の【学園】本部、兼・関係者避難所としよう!」
「・・・えええええ!?」
高らかに拳を突き上げ、青年の美声が夜空に再び響く。
それに呼応するようにして、ぼくらの周囲から光の柱が無数に立ち上った。
思わず周囲を見回す面々の前で、光柱の中から小型犬ほどのデフォルメされた人型が現れ、整列を始める。
統率された動きを見せる半透明の小人達は、揃って議事堂の上に立つ人物へと敬礼したまま、直立不動の姿勢を取った。
素っ頓狂な声を上げるぼくの頭上で三度、夜空にイケボが木霊する。
「傾注!これより、議事堂外部へのスロープ敷設工事を開始する!総員駆け足にて行動ォ―――開始ィ!!」
『!!!』
「こ、小人たちが一斉に動き始めた・・・!?」
犬養青年の一声を皮切りに、無数の小人たちが一斉に動き始める。
ある者は虚空からブロックを取り出し積み上げ、ある者はそれをひょいと抱えあげ、わっせわっせと運んで行く。
見る見るうちに国会議事堂めいた建築物の前にはブロックの山が築かれ、それはあっと言う間に湾曲したアーチを持つ、地上と建物の屋上を繋ぐスロープへと様変わりしていった。
・・・ものの2分と経たず、スロープは完成していた。
それを前に満足げに頷くと、光の柱を残して一斉に消える小人たち。
後に残されたのは、出来立てホヤホヤのスロープと、あんぐり口を開けてそれを見つめるぼくらだった―――
今週はここまで。




