∥005-89 集団戦・第十九幕
#前回のあらすじ:エピソードボスがついに動いた!
[泥艮視点]
『同胞ガ―――!』
「落ち着きなさぁい」
ここまで苦楽を共にしてきた同胞―――『深泥族』の戦士達が、次々と斃れてゆく。
水上を走る人族の乗り物から放たれた飛礫が、爆裂し、仲間達もろともを巻き込み巨大な水柱を立てる。
敵を一手に引き受け、多くの人族を屠った英雄も、ついには虚を突かれてその膝を突いた。
その全てを―――『彼』はこの場所から見続けていた。
『泥艮』は一族の象徴。
故に、軽々しく動くべきではない。
そう、戦いが始まった時点でいい聞かされ、ここまで『彼』は沈黙を守り続けてきた。
しかしそれでも、その胸の内を焦がす憤りまでは隠せない。
そんな内心を見通したのか、肩の上より聞き慣れた声が『彼』を引き留めた。
『母上。シカシ・・・』
「・・・優しい子ね。でも、心配することは無いわぁ。今回に限っては、諸々の損失をどうにかする手立てがあるのよ。アタクシ達ミドロも人間達も、これ以上、奪われる心配は無いってこと。だから安心なさぁい?」
『ソンナ、手立テガ本当ニ・・・!?』
産みの親であり、その知恵で一族内でも一目置かれる母の言葉に、巨人は思わず閉じる事の無い両目を見開く。
その反応が期待通りだったのか、小さく肩を震わせたコート姿の人物は片手を上げ、海の向こうを指差した。
「本当よぉ。ベイビーちゃんの心配はわかるけれど、今は何も言わずアタクシを信じてちょうだい。ちゃぁんと、後で事情は説明してあげるから、ね。・・・それよりも、お客さんが来たみたいねぇ?」
『アレハ、同胞ヲ爆撃シタ―――!』
母の指差す方向を見やると、人族の乗り物のうち一隻が群れを離れ、こちら目掛けて真っすぐに進んでくる。
黒光りする金属板に覆われたその甲板からは、爆裂する飛礫を打ち出す筒が何本もこちらを目掛け、狙いを定めていた。
―――向こうは、やるつもりのようだ。
「ここらで一つ、アタクシ達の力を見せてあげましょうか。ベイビーちゃん、行けるわねぇん?」
『御意・・・!!』
肩の上からぽんと表皮を叩く母に、『彼』は大きく頷く。
それと同時に鋼鉄の乗り物から菫色の光が弾け、無数の飛礫が放たれた。
無言のまま水面の上に巨大な掌をかざすと、巨人はさっと弧を描くように振るう。
次の瞬間。
亜音速で飛来した砲弾は巨体の中心へと吸い込まれ―――ない。
砲弾は命中する寸前に、『何か』によって遮られていた。
それは、膨大な量の海水であった。
海神の権能によって生じた水壁はその内部に海流を有し、直撃コースを取っていた砲弾のベクトルを変える。
先程の腕の動きと同じく弧を描くようにして、巨人の周囲に生じた水壁内部を、反時計回りに導かれてゆく砲弾。
ついには海流の勢いそのままに、空中へと放り出されてしまう。
―――その行く手には、鉄の戦艦の横っ腹が広がっていた。
「アラ、素敵な花火ねぇ?」
『マズハ、一ツ・・・!』
水壁により方向を狂わされた砲弾は、自らを発射した母船へと逆戻りする形で着弾していた。
巨大な水柱が上がる。
残骸となった鉄の船はゆっくりと沈み―――菫色の光となって消えた。
それを確かめた巨人の視界には、続いてこちらへ向かい、集結しつつある人族の船団が映る。
彼等と死闘を繰り広げていた同胞達は、既にあらかた倒されてしまったようだ。
「次はもっと、派手に行きましょうか」
『デハ・・・全力デ』
「ギョフフ。一体どうなっちゃうのかしらぁん?」
そんなやりとりを挟み、もう一度、水面に掌をかざす。
今度は、両手で。
ありったけの神力を込めて。
―――最初、その変化は目に見える形では現れなかった。
唯一。
低く、うなるような音が遠方より、巨人を中心としてゆっくりと、近づいてくる。
やがて、ついに敵の大ボスを攻略せんと再集結した船団は、『深泥族』本陣を目指し舵を切り―――
『それ』を目撃した。
最初、あの巨人―――『泥艮』が忽然と姿を消した、ように見えた。
しかし、すぐにそうではないことに気付く。
『深泥族』本陣があったであろう場所。
その手前には、巨大な―――
あまりにも巨大な、水壁が生じていたのだ。
それは、小山のような『泥艮』の巨体を完全に覆い隠し、なおも見上げる程の高さへと成長していた。
そう、成長していたのだ。
今も。
遠くに見える、陸地側の岸からは完全に水が引き、海底が露出してしまっている。
海岸線であった場所はすべて剥き出しの地肌へと変貌し、伝承にある大海嘯の先ぶれの如く、不気味な光景が広がっていた。
一方。
周辺海域、見渡す限りの全てを掌握し、真なる神は己の周囲へ海水を集め続けていた。
既に空にも届かんという高さにまで達した水壁の前に、両掌を再びかざす。
『オォ・・・オオオオオオオオオ!!!』
地響きのような吠え声が上がる。
両腕を振るい、その動きにつられるように水壁はぶるりと震え、姿を変えた。
冗談のような巨大質量が怪神の動きと呼応し、その背後へと集う。
―――その高さは、数百mにも及んだ。
再び雄叫びが上がり、振り下ろされる両腕。
集っていた全質量が一挙に解放される。
怪物の巨体を追い越し、頭上を飛び越え途方もない水塊は陸地を目掛け、進軍を開始した。
渦巻き、うなりを上げて突き進む海神の一撃。
それは開戦直後の大波すら霞む程の巨大津波、正しく天変地異の再現であった。
超・超巨大質量による圧倒的破壊が、【学園】側本陣へと迫る―――!
今週はここまで。




