∥005-88 集団戦・第十八幕
#前回のあらすじ:左翼側船団、戦線復帰!
[寅吉視点]
「はっはっはぁー!我等『鉄血機甲師団』所属、聖十字鉄甲船団にこの場は任せるのだ!ものども、一番から五番まで【魂晶砲】発射用意ィーーーッ!!」
「発射準備、ヨシ!」
「発射ァーーーッ!!!」
威勢のいい掛け声と共に、表面を鋼鉄の装甲板で覆われた軍艦より無数の砲弾が放たれる。
菫色の光を纏わせ、真っ黒な海面へと突き刺さったそれは数秒の間を置き、巨大な水柱を夜空に向かって作り出していた。
飛び散る水しぶきに紛れ、幾つもの人影が光の粒子となって消えてゆく。
比較的水面に近い位置より、光の桟橋の上に陣取る『フィアナ騎士団』へ攻撃を加えていた『深泥族』の戦士達である。
その様子を呆気に取られ眺めていた団員達であったが、一早く我に返った数人の若者が、鋼鉄船の後から続々と現れる船団を指さし、大きな声を上げた。
「あれは『鉄血機甲師団』の・・・!他の連中も居るぞ!」
「だが―――何故だ?後方からの報せだと、あいつらは一切、身動き取れなくなってたんじゃ―――」
『先刻言ったはずだ・・・。我の目の届く限り、一切の水難を許さぬ―――と』
訝し気に首を傾げる団員達の背後から、ぬっ、と腕組みした姿勢の人物が姿を表す。
その袖口から見える腕は毛深いと呼ぶにはあまりに毛深く、すでに毛皮であった。
そして、そのフードの下の顔も―――まさしくゴリラ。
「あ、貴女は・・・先程の、親切なゴリラさん!?」
『ゴリラではない』
その容姿を的確に言い表した令嬢の一言を、ゴリラらしきものはぴしゃりと否定する。
そして、尊大なしぐさで暗夜をゆく船団を指差した。
『彼女』が差し示す方向。
その先にあるのは先刻、ここより陸地側の海域にて、『深泥族』の侵攻部隊と刃を交えたばかりの船団だった。
船上にまで攻め込まれつつも、善戦していた筈の彼等であるが、騎士団がやられたように半固体化した海水で櫂を覆われ、操舵不能となっていた。
更には、オールや外輪までもが固められ、完全に航行機能を奪われてしまったのだ。
イカダ同然となった船団は漂流を始め、果てには敵の手によりまとめて海岸線まで打ち上げられてしまった。
そこへ、通りがかったゴリラ―――もとい。
水神『流れを堰き止めるもの』を降霊させたArturia=Jermynの手により、術を解除されていたのだ。
航行機能が復活したことを喜び、親切なゴリラへ礼を言いつつ我先にと前線へと向かい始めた船団。
そんな一幕をよそに、一足先に船上から姿を消していた寅吉は単身前線へとたどり着き、先程の巨兵との戦いに参戦した、という訳であった。
「全体主義者どもに遅れを取るな!我々、『オルレアン解放戦線』連合艦隊がこの戦場で最も栄光に近い事を証明するのだ!!」
「全砲門、発射―――!!」
『ギャアアアーーーッ!!!』
先を争うようにして、次々と放たれる砲弾が異形の戦士達を仕留めてゆく。
『フィアナ騎士団』を狙い、防護壁を囲んでいた彼等は側面からの攻撃をもろに受ける形となり、あっと言う間に散り散りとなってしまった。
そこを狙い、僅かに残された射手隊、魔導士隊による火線が騎士団陣地より放たれる。
陣形が崩れ、孤立した者から空を切る魔弾や火石の奔流に貫かれてゆき、漆黒の海に光の粒子となり消えて行く。
―――『深泥族』の戦士団が壊滅に至るまで、ものの十分とかからなかった。
「これはもう残党狩りでござるな。やれやれ、戦場の倣いとはいえ、惨いものでござるよ」
『―――貴様ハ参加センノカ?』
「死体蹴りは、趣味ではござらん」
『ソウカ』
一方。
騎士団陣地の只中では、光の桟橋の上にどっかと腰を下ろした巨兵と、猫面の被り物男という奇妙な二人がその様子を眺めていた。
胡乱な話題を続ける二人を遠巻きに眺め、警戒体勢の団員達がそれをちらちらと気にしている。
足を奪ったとはいえ、つい先刻まで大暴れしていた怪物の脅威は、彼等の脳裏にありありと刻まれていた。
今は大人しくしているとはいえ、気になって仕方がないのだろう。
「―――して。貴殿はいつまでそうしている気でござるか?片足がいかれたとは言え、その程度で諦めるタマにはとても思えぬのだが」
『フム』
寅吉自身、この怪物の動向が気がかりであったのだろう。
彼が何かと理由を付けて戦線に戻らず、この場に居残ったのはそれが理由であった。
そして、ずばりその魂胆を問うた彼の言葉に、ミドロの英雄はぺたりと突起物だらけの顎を撫でると、にんまりと意地の悪い笑顔を浮かべた。
『我ハナ、順番ヲ譲ッタマデヨ』
「順番・・・?」
『コチラノ手番ハ何カ一ツ、明確ナ有効打ヲ貰ウマデ。後ハ若イ衆ニ任セ、老兵ハコウシテスッ込ンデオッタトイウ訳ダ』
「待て、それではまるで―――」
『茶番ヨナ』
まさかの言葉に、愕然とした声を漏らす寅吉。
対する巨兵は実に楽しそうに、男の猫面とその背後で決死の戦いを繰り広げる、同胞達とを交互に眺めた。
―――ミドロの古兵の独白は続く。
『ダガ、我モ久方ブリニ血ガ沸キ立ツ心持チデアッタ。死線ヲ超エル経験コソガ、強兵ヲ育テル唯一無二ノ土壌ダ。同胞達モコノ戦イニテ掴ンダモノヲ、次ニ活イシテクレルト信ジテオル』
「何だと・・・?」
『トコロデ―――良イノカ?』
何かを知っているかのような古兵の口ぶりに、それを聞く面々が怪訝な表情浮かべた、その時。
海の彼方より轟いた雷鳴のような音に、その場に居た全員が同時に、音のした方へと振り向いた。
突然の事に浮足立つ陣地の中、事の推移を把握していた怪物は一人、ほくそ笑む。
―――事の発端は、今より数分前に遡る。
奇襲を受けてその大半を失い、潰走を始めた『深泥族』に対し、【学園】側艦隊は執拗に追撃を繰り返していた。
一方。
功に逸る艦隊の一部―――鋼板に覆われた鉄の軍艦は、単独、敵の本陣深くへと向かっていた。
「はーっはっはっは!雑兵の首なぞいくらでもくれてやるわ、我等『鉄血機甲師団』は単独、敵首魁を狙う!!」
「流石は船長、目の付け所が違いやすぜ!!」「いよっ、世界一!!」
「くくく・・・まあ、そう褒めるな。おべっかは目的を果たすまで取っておくものだ―――」
周囲の船員達によるヨイショに気を良くしつつ、提督帽を目深に被った青年はニヤリと笑う。
その視界の中心にあったのは、小山程の高さを誇る巨大な神像―――否。
巌のように佇む、異教の神そのものであった。
「目標、『泥艮』!収束徹甲【魂晶砲弾】、全砲装填完了!いつでも撃てます!!」
「戦場の華は我等の手に!全弾発射ァーーーッッ!!!」
「・・・発射!!」
菫色の燐光が、夜の闇を一直線に引き裂く。
轟音と共に放たれ、亜音速で飛来する砲弾は吸い込まれるようにして、怪物の巨体へと―――
「やったか!?」
「全弾、着弾・・・いえ、これは!?」
船長が一早くガッツポーズを決める一方、観測手は望遠鏡の中の光景に目を見開く。
―――そして、場面は現在へ。
振り向いた団員達が目にしたのは、船体の殆どが消し飛び、轟沈する『鉄血機甲師団』の鋼鉄船。
そして、その奥に佇む真なる神であった。
その姿に満足そうに頷き、ミドロの古兵は嘯く。
「砲弾を、投げ返した―――!?」
『祖霊ヘノ"神化"ヲ果タシタ時点デ、アノ若者ハ全テノミドロノ頂点ヘ立ッタ。若イ衆ノ順番ハコレニテ終イ、次ナル手番ハ我等ガ『最強』ノモノヨ。サア、陸ノ兵タチヨ―――ドウスル?』
今週はここまで。




