∥005-86 集団戦・第十六幕
#前回のあらすじ:ゴリラ参戦!!!
[Elizabeth視点]
それは、人と呼ぶにはあまりに類人猿めいていた。
毛深く 堀りが深く、そしてバナナが似合っていた。
それはまさに―――
「ごっ・・・ゴリラですわーーーー!!???」
ゴリラだった。
静かな夜空に、令嬢の大声が木霊する。
ですわー、すわー、わー、と。
尾を引く残響がかき消えた、後。
ゆっくりとかぶりを振って、ゴリラは再び口を開いた。
『―――ゴリラではない』
「嘘おっしゃいませ!何処から見ても恥ずかしくない、完全無欠のゴリラっぷりでしてよ!貴方もそう思いませんですこと!?」
「えっ?・・・あ、あぁ」
「ほら!」
唐突にその場に現れ、得体の知れない力を振るい『フィアナ騎士団』とリズ達を助けた、ゴリラ。
その顔立ちはまごうことなく、今にも服を引きちぎり激しくドラミングを始めそうな位に、ゴリラであった。
その事実を興奮気味にまくし立てるリズであったが、即座にその言を否定したゴリラに対し、彼女は己の賛同者を増やすことを選んだ。
唐突に水を向けられ、やや引きつつではあるが、ニューフェイスゴリラがゴリラである事を認める団員。
その言葉に満面の笑みを浮かべると、金髪の令嬢はびしり、と白魚のような指先をゴリラに突き付けた。
一方。
ゴリラの方はやれやれ、といったふうにかぶりを振ると、再びおごそかな声で語り始めるのであった。
『何れにせよ―――人の子よ。我等が加勢したからには、お前達の勝利は確約されたようなものだ。今この時より、この場の『水』の支配権は我に在る。これより水滴の一粒に至るまで、お前達に水難を齎す術は無いと知れ』
『―――鎧ガ纏エヌ。同胞ニヨル呼ビカケニモ、応エヌ。ミドロノ戦士タチヨリ強キ力デ水ヲ縛リ、抑エテイルトイウノカ・・・』
強引に軌道修正したゴリラの言葉に、信じられないような声色でミドロの古兵が呟きを漏らす。
これまで突起だらけの体表を濁流のように這い回り、あらゆる攻撃を寄せ付けなかった流水の鎧は、今や巨兵の周囲に解け落ち、水溜まりを作っていた。
『彼』は幾度となく、足許の水溜まりへ向けて力を行使するが、一向に応える様子を見せない。
陣地の四方から迫り、騎士団の守りを圧し潰さんとしていた大波もまた、既に影も形も無い。
絶体絶命の窮地に陥っていた若者達は、たった一人のゲームチェンジャーの登場により、先程までとは正反対の状況に置かれていた。
思いがけぬ幸運にそっと息を吐きつつ、鎧姿の偉丈夫は異形の巨兵に愛剣を突き付ける。
「・・・どうやら、形勢逆転のようだな。今更だが、降参するつもりはあるか?」
『否。カエッテ気ガ楽ニナッタ。―――礼ヲ言ウゾ、異邦ノ巫ヨ。ココカラハ己ノ身一ツ、爪ト牙ト魂デモッテ相手サセテ貰オウ』
「ハッタリですわ!所詮は多勢に無勢、化けの皮はすぐに剥がれましてよ!!」
『ソウナルカドウカハ・・・直ニワカル』
Oscarの降伏勧告に対し、どこか清々しい様子でかぶりを振ってみせる異形の巨兵。
その言葉が虚勢であると断じたナイトドレスの令嬢に対し、力を封じられ、窮地に陥った筈の怪物は不敵に微笑んだ。
次の瞬間。
リズの隣で油断なく宝剣を構えていた騎士団の副長は、重い衝突音と共に周囲の盾手ごと消し飛んでいた。
―――否、彼等の姿は視界の端、巨兵が佇んでいた位置から反対側上空へと、一瞬の間にカチ上げられていた。
呆気に取られたように、夜空高く放物線を描く鎧姿の集団を、視線で追う団員達。
「「「・・・・・・!!?」」」
『シャアアアアアーーーーッッッ!!』
「こ、こいつ動きが急に・・・ごぼぁっ!?」
「ダグ!?て、てめえこのサカナ野郎・・・ぎゃあああ!!?」
副長含む集団を襲ったのが、巨兵による単純な物理攻撃―――
タックルとかち上げである事実に、周囲がようやく気付いた頃には、既に戦列は半ば崩壊していた。
奇声を上げ、巨大な輪郭がブレる程の速度で集団の間を縫い、犠牲者の山を築いて行く怪物。
光の橋に積もった屍の山がたちどころに弾け、菫色の粒子となって消えてゆく中。
黒鞭を握りしめた少女は敵の姿を目で追い切れず、思わずぎりりと奥歯を噛みしめた。
「くっ、この―――ちょこまかと!面倒ですわね・・・!」
『デハ、望ミ通リ脚ヲ止メテヤロウ。―――ソラ、行クゾ』
「・・・なっ!!?」
「うぁ・・・あああああ!?」
ようやく、リズが視界の中に巨兵の姿を収めたその時。
怪物の手中には、大木のような腕で吊り上げられ、苦し気にもがく鎧姿の若者の姿があった。
思わず驚きの声を上げ、振りかぶった黒鞭を止める令嬢。
そこに向け、かつぎ上げられた団員が砲弾のように放たれる。
咄嗟のことに反応できず、棒立ちとなったリズに向け、悲鳴を上げたまま迫る団員。
このままでは、ぶつかる―――!!
「―――【猫女神の盾】!」
「―――現し筆・墨牛招来!!」
『ブモォォォォオオォ!!!!!』
『ヌゥ・・・ッ!?』
眼前に迫る鎧姿に、リズが思わず目をつぶった、その時。
聞き覚えのある声がふたつ、ほぼ同時に響くと共に、猫を象ったレリーフで飾られた石造りの盾が3枚、空中に現れる。
それは、意識を失った団員の身体を砕けながらも受け止め、それと呼応するようにして突如、横合いから漆黒の巨牛が現れ雄叫びを上げた。
放り投げた団員を目隠しに、その身もろとも貫こうと接近していた巨兵は不意を突かれ、巨牛のタックルを受けてしまう。
辛うじて突き出された双角は避けたものの、1t近い超重量による肉弾は流石に堪えたのか、巨兵は苦し気に表情をしかめた。
一方。
危機を脱したリズはゆっくりと目を開くと、頭上に巡る石畳の回廊に見知った顔を見つけ、思わずその顔をほころばせた。
「・・・Maryam!ショウコ!無事でしたのね!!」
「ん、リズも無事でなにより」
「ま、間に合って良かったでございます・・・!」
『援軍、トイウ訳カ。―――ダガコノ程度デハ、覆エセヌゾ』
『ブモォッ!?』
フード姿の少女が無表情に頷き、和装の少女が安堵に胸を撫でおろす。
いつもと変わらぬ親友たちの姿に、ほっと息をつくリズ。
しかし、巨牛の首を瞬時に捻り、その息の根を止めた怪物は爪先にこびり付いた墨汁を振り飛ばすと、ゆっくりと周囲を睨め回した。
事も無げに行われた所業に、思わず息をのむ若者達。
目に見えぬその『圧』に、彼等は無意識に押されるように一歩、退いてしまう。
『サア、陸ノ兵タチヨ。・・・ドウスル?』
「くぅっ・・・!」
「・・・化物め!!」
穏やかな口調とは裏腹に、肌を刺すような殺気が怪物を中心に、びりびりと放たれる。
その姿を前にして、『フィアナ騎士団』とリズの仲間達は誰一人そこへ近寄れずにいた。
皆が、理屈ではなく、本能で理解していた。
―――そこから先へ一歩でも踏み込んだら、死ぬ、と。
騎士も、令嬢も、筆によって命を吹き込まれた仮初の生命でさえも、巨兵の周囲には立ち入れない。
そこにはぽっかりと、円の形に空白地帯が出来上がっていた。
周囲を静けさが満たす中、【学園】と『ミドロ』、両者による睨み合いは続く。
―――その上を、まあるい影がひとつ、ゆっくりと横切った。
「・・・ニョホホホホ。何時までもお見合いを続けるというのなら、拙者が先にツバを付けてしまうでござるよ?」
「!?」
『・・・ソコダ!』
出し抜けに、上空より猫のような、奇妙な笑い声が降ってくる。
声の出どころがわからず、きょろきょろと周囲を見回し始める団員達。
それをよそに、一早く背後に迫る気配を感じ取った異形の巨兵。
『彼』は振り返りざまに鉤爪を振るう―――が、しかし。
『―――ナニッ!?』
『ケケケケケケ・・・!』
人間であれば、身体の中心にあたるであろう位置へと突き出された右手には、しかし何の手応えも感じられなかった。
空を切った腕の上には、円錐形に広がる柿色の物体がくるくると回りつつ、長い舌を出してけらけらと笑い転げている。
―――それは傘化け、あるいは唐笠お化けと呼ばれる、古典的な日本の妖怪の姿であった。
しかし、その胴体部分にあるべき傘の柄は今、ここには無い。
音も無く怪物の反対側へと降り立ち、先程の一部始終へ視線を送る者。
その手中に、それは在った。
『陽動―――ダガ、遅イ!!』
「「「危ない・・・!?」」」
「そうでも―――無い、でござるよ」
右手を空ぶらされたと気付いた瞬間、怪物は左手の鉤爪をぎらりと翻し、腰の回転だけで背後を薙いでいた。
体重の乗らぬ、小手先の一撃なれど、それは鋭い鉤爪と丸太のような腕の重量から、常人相手ならば十分なだけの殺傷能力を持っていた。
が、背後よりの襲撃者―――寅吉は、更にその下を行った。
地を這うような低姿勢での疾走、その頭上スレスレを風切り音を上げて剛腕が掠り、着物の襟から繊維の切れ端を舞い上げる。
そして腰だめに構えた日本刀を抜き放つと、逆袈裟切りに振り上げ―――両者が交差した。
『・・・見事。ダガ、ソノ刀デハ―――』
「その体躯相手に、骨まで断つにはちと不足。故に、筋を削がせて貰ったでござるよ。・・・ニョホホホホ」
『ヌ・・・。力ガ、入ラヌ―――!』
二度、巨兵の虚を付いた末の攻防。
その結末は、左脚のかかとから大量に出血し、怪物が自重を支えきれずに片膝を突くことで決した。
崩れ落ちる巨兵の背後で、血ぶりをくれた刀を携えた男が、ゆっくりと振り返る。
「身体の構造が似通っていて助かったでござるよ。名付けて、我流―――地摺り仰月」
―――寅吉は、最初からアキレス腱に狙いを定め、地面スレスレの位置からそこを切り裂いたのだ。
高い生命力を持つという『深泥族』の特性を踏まえ、肉ごと削ぎ落すようにして腱を断つことで、その機動力を奪ったのである。
戦いを見守っていた面々の間にどよめきが走る中、ついにこの規格外の怪物に、明確なダメージが刻まれたのであった―――
今週はここまで。




